異世界の洗礼②-3-2
「ひぇっ! ひ、こんなっ、こんなデタラメがあるか! なんなんだ! 君は一体、何者なんだ!?」
バラバラになった精霊騎士の欠片のその先で、突風により吹き飛ばされ尻餅をついた金髪少年が、怯えすぎだろと突っ込みたくなるような顔芸を晒している。
服にワインがついてどうこうとクレームを付けてきた少年は、もんどり打って転がった為今や泥だらけである。なのに服についた土を払う事も無く、彼は腰が抜けて力の入らないその身体を懸命に動かして必死に後ずさろうとしていた。
何をしているんだ。そんなことをしたら服がもっと汚れてしまうではないか。ワインの汚れどころではないぞ。
などと思いつつも、私はあえて、まだ光を失っていない左手を彼に向けて掲げてみせる。
「何者って、守護天使だろう? お前達はそう言っていたじゃないか」
「こんな出鱈目な! こんな力! こんなもの! 守護天使にあるわけないだろっ! 君は何だ! なんなんだ! 一体、何者なんだ!!」
「守護天使の他はなんだ、村人だったか? それとも私の名前を聞いているのか? ふむ、確かにお前には自己紹介をしていなかったな。よかろう。私の名はルベリウス=ヴェリサリウス。……とは言っても、どうせお前だって知らないのだろ? いいんだわかってるみなまでいうな。かつてこの名は、銀河で知らぬ者がいない程轟いていたのだがなぁ」
全く聞いたことないよなんて思われるのも地味に寂しいものだ。
指揮官としてデビューしたばかりの頃はともかく、最近だと「あの人こわもてだけど実はすっごく優しいんです」みたいな感じで結構フレンドリーにやらせてもらっていただけに、怖いイメージって言われるよりも数段へこむ。芸能人とかでもあるというじゃないか、いつもはファンに囲まれると「うざい」とか言っているのにいざ誰も近くに来なくなったら途端にソワソワしだす的な話が。今まさにそんな感じだ。私だってそんな風に思うことくらいあるんだよ。私はかの有名な映画・星戦争の敵役のモデルにもなったことがあるのだよ、って誰にも聞かれてないのに自分語り始めちゃいそうになるくらいには。
「ルベリウス……ヴェリサリウスだと?」
少年が呻くように声を絞り出す。
そんな奴は知らない。聞いた事もない。っていうのがバリバリ伝わってくる。悲しい。ふて寝したい。
「どうした? お前の中では私は薄汚いリモージュ家の犬なのだろう? ならば私も犬らしく、主人に尻尾を振らなければな。今までしてきたアンジェリカへの愚弄、その対価、その身で支払うがいい」
「まま、待ってくれ! 謝罪する! 君に対する非礼を詫びよう! 今後一切君には手出ししないと約束する! だから――」
「いや結構だ。それにお前が謝るべきは私ではなく、うちのご主人様にだろうよ」
「わ、わかった! 謝る! リモージュ君にも謝る――」
「謝罪はいらぬ。命惜しさの謝意に如何程の価値があるというのだ。謝るくらいなら最初からするな。行動したならその責任を取れ。真に償いたいというなら、ここで死んで詫びるのだな。さぁ懺悔をしろ。いや、確か辞世の句を詠むのだったか」
私は少年の懇願を無視して淡々と言葉を重ねる。押さえた低い声にわかりやすい殺意をのせて。許す気など微塵も感じられない――そう思わせるべく。
「待ってくれ! どうか! 何でもする! 命を助けてくれるなら望む額をやろう!」
「対価など――いや、逆に私が与えてやろう。お前は幸運だぞ。偶然にも私は地元の教会の神父の資格も持っていてな。略式ではあるが、この世を旅立つお前に祝福を授けてやる」
「待てっ! そうだ! 僕が君の後ろ盾になってやってもいい! 僕は王太子だっ! 僕についたほうが君も――」
「《|さぁ《―Jetzt geht's los―》、|神に《―Sie müssen Gott》|祈りなさい《um Ihr Leben bitten―》》」
「ッ!」
少年の言葉が詰まる。
見えない力に首を絞められたからだ。
土下座し必死に命乞いをしていた少年が徐々に、何かに釣り上げられているかのように体を起こし始める。
その動きは、右手で少年の首をつかむようなジェスチャーをしている私の動きに同期している。
周りには私が何かをしているように見えるだろう。実際、私が覇力で掴んでいるのだが。
「ガタガタ騒ぐな蛮人。王族だというなら散り際を汚すな。まぁ折角だ、一度死んでみろ。見事果てて見せるがいい。イジメをするくらいなのだから当然自分が死ぬ覚悟もできているのだろう? 後でお前の仲間も送ってやる」
その言葉をきっかけに周囲がザワリとした。
そうそう初見にはこの念力による脅しがかなり効くのだ。
あちこちで短い悲鳴が上がる。大方金髪少年の近しい仲間らだろう。心当たりのある輩は卒倒寸前かもしれない。
――おいおいつれないじゃないか。お前たちもこの少年の仲間だろ? 見捨てるなんてするなよ? 悲しいから。
私は左手に残る輝きを離す事無く握り締め腰を落とす。そして周囲に視線を投げる。
その気配を感じ取ったのか、金髪少年は死を覚悟し声にならない悲鳴を上げ頭を抱えた。
彼らを取り巻く群衆からも複数の大きな悲鳴が上がる。
「先に黄泉で待っていろ。――《|お別れです《―Gute Reise―》》」
金髪少年を正面に捉えた姿勢のまま、私が次の一撃を振るわんとしたまさにその時。
『お願い! もうやめて!』
聞き覚えのある少女の声――切羽詰まったアンジェリカの私への必死の呼びかけが、その場に響き渡った。




