異世界の洗礼②-2-2
「まぁ、袖で顔をぬぐうなんてなんてはしたない! 所詮は村人ね」
少し離れたところから女の声がした。
見ればそこには悦に入った笑みを浮かべる巻き髪の少女がいる。
その姿には見覚えがあった。確かメンヘラ少女ご主人様を馬鹿にしていた女集団の中心人物だ。
――これはまた、どういう趣向だ?
私は立ち上がり、目の前に立つ金髪少年の顔を見たまま後ろを指差し示す。
「私が転んだのはあいつらのせいだ。お前には見えていただろう?」
「さぁ。僕には君が、無様に自分でふらつき転倒したようにしか見えなかったが?」
金髪少年は悪びれず大げさな芝居口調でそう言うと「なぁ? みんな?」と周りに同調を求める。
その言葉に彼の回りにいた生徒達が一斉に頷いた。
――……ふむ。これはもしかすると、三流時代劇でよく見るやつか?
どうやら私は彼らなりの歓迎を受けているらしい。
ならばこちらとしても最低限お答えしなければ失礼というものか。せっかくのおもてなしだ。
「それじゃあ仕方がないな。ぶつかってすまなかった」
「すまなかった? それは謝っているつもりなのかい? これだから村人は。身の程を知らない華族が呼び出しただけの事はあるというところか。口の聞き方に気をつけたまえ」
――身の程を知らない華族? ……あぁ、あの女の事か。
謝罪を受け隠す事無く低俗でいやらしい笑みを浮かべている少年を見ながら、私は記憶を手繰り寄せる。
そうそうあのメンヘラは自分のことを貴族だと言っていた。周りの言を勘案すれば、落ちぶれた貴族という理解が妥当なのだろう。
ならばその笑みには、この場にいない少女への侮蔑と優越感も含まれていると。
――なるほど? この洗礼は、メンヘラ女へのいじめの延長か。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというproverbがあったなどこの星系のだったかは忘れたが。まぁ絵に描いたような三流ドラマの王道筋書だが、その心意気は評価できる。あの糞生意気女は疎まれてしかるべきだろう。
ただ、私をキャスティングしたのだけはいただけない。
私は俳優ではなく軍人だ。役者に求められる資質には欠く。
「早くやり直したまえ。……どうしたのかね?」
「…………」
「何だい? どう言えばいいかわからないかな? じゃあ薄汚いリモージュ家の犬にも覚えられるよう簡単な言葉にして僕が教えてあげよう。まずはこうだ「愚かな私めの不注意でご迷惑をお掛けし申し訳ございません。お怪我はございませんでしたでしょうか」ここまで。さぁ、言ってみたまえ」
「愚かな私めの不注意でご迷惑をお掛けし申し訳ございません。お怪我はございませんでしたでしょうか」
「うんうん。それでいい。じゃあ次は――」
「おや、これは大変だ。お怪我をされているではありませんか」
「え? なに、どこだ?」
「ここですここ」
私はこめかみを人差し指で指しつつ言い放つ。
「早くお医者様に診てもらってください。お前の凡愚な頭をな」
その一言で周りが一気に凍りついた。
にやにや薄ら笑みを浮かべていた外野連中から、さーっと笑みが消えていく。
ありゃ。下手だったか。
だがさもありなん。私には芝居の心得などない。ずぶの素人を無理やり舞台に上げればこうなるのは当たり前ではないか。
そもそも君ら、帝国の大貴族たる私の目の前でイジメをやってのけるなど言語道断であるよ。警察官の前で堂々と犯罪をやってのけるような暴挙だ。と、今更内心で責任転嫁をしてみたり。
正直、私としてはあのメンヘラがどうなろうと知ったことでは無い。むしろアレに降りかかる災いなら静観を決め込みたいくらいだ。が――しかし。
やはり人間種が同じ人間種の尊厳を認めず、大勢で一人のソレを脅かすという民度の低さを見せつけられるのはあまり気分の良いものではない。
度し難い。看過しがたい。目の前で当然とばかりに行われる集団によるイジメには、あの心の病んだ女に対してであっても不快を感じた。
――ゆえにお前たちには少し灸を据えてやろう。
なに、前途ある若者らへの教育だ、惜しむほどの労ではない。あまり惑星原住民の民度が低すぎると、本当に蛮族殲滅という惑星規模の掃除をさせられかねないからな。それに比べれば些事である。
「……どうやら君は、貴族への敬いが足りないようだね」
少年は一度苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたものの、周りの目を気にしたのかすぐに取り繕う。そのまま余裕を装った態度で両手のひらを上にし、わかりやすく肩をすくめてみせる。
「ほう。お前に敬われる点があったとは。私も目をやられたか?」
「……ふむ。いやぁ何、君の場合医者の手を煩わせる事はないよ。村人の教育は貴族の務めでもある。僕が特別に、君に見せてあげようじゃないか。貴族が敬われる理由というものをね」
彼は身をひるがえし私についてくるよう告げる。するとすぐに私は後ろから二人の少年に腕を掴まれた。
一瞬その乱暴で雑な対応に僅かばかり苛立ったが、ここで抵抗し彼らのシナリオを壊すのも無粋かと反撃を思い直す。
――いや待て。いっそここは、この子供らを利用しあのメスガキを立てる従順な部下を演じ点数を稼ぐ、というのも一興か。
そうだそれがいい。
我が筐体に浸潤しているご主人様たるメンヘラ少女――アンジェリカの魔法、スティグマだのガラなにがしだのという力だけは今もって脅威である。
だがアオイ中将が漏洩させた軍の情報で、魔法が忌避しなければならない絶対的脅威というわけではないこともわかっている。
他の有象無象はともかく、あの女とだけは、まだしばらく友好関係でいなければならない。ここで恩を売っておくのは悪くない手であろう。
そう思いついただけで、俄然やる気が湧いてきた私である。




