異世界の洗礼②-1-1
誘拐されてから丸一日以上私は寝ていたらしい。
アップグレードをしたことによってそのあたりのログが消えてしまっているので確認できなかったが、彼女がそう言うならそうなのだろう。まぁそれはいい。
問題は、与えられ、指示されるままに着てはみたこの衣服だ。
「この首の環の部分、少しごわつくな。まるで首輪のようだ」
「そうだけど?」
「…………?」
それを許してしまったのは害意が感じられなかったからだ。
一瞬の事だ。彼女の手が私の首にかかったかと思ったら、金具がかみ合うような音がした。
何をされたのか理解するまでに数秒を要した。要した時間は正確には、彼女の意図を理解できず困惑した時間である。
「今、ロックしたか?」
「ええ」
「……何故、これを?」
「ペットだから?」
「…………」
うむ。
言葉は理解できる。
だがそうじゃない。
私が知りたかったのは彼女の行動の意図である。
「…………」
「…………」
次の句が返ってくるかと待っていたが、彼女はそれ以上を答えない。
私は重ねて問う。
「私は人間だが」
「そう。それが?」
二人の間に沈黙したまま睨み合うという時間が流れる。
それが? ってなんだろう。
そこ割と重要なところだよね。ぶん投げて終わらせちゃダメなところだぞ。
えっと。ヒントを出さないとわからないのかな?
「……もしかすると、これは、ファッションなのかね?」
「どこにそんなファッションがあるというの」
確かチョーカーという名前ではなかったか。などとどこかの惑星のおしゃれという概念を思い出し試しに言ってみたものの、彼女はそれを否定した。
それどころかあんたバカなんじゃないの、と言わんばかりに目を細めている。いわゆる『逆切れ』という構図だ。なにこの子こわい。
「では、どんな意味が?」
「あなたは首輪の用途すら知らないの? それは飼い主がいると示すものよ」
「……私は人間だといったはずだが」
「それが?」
「つまりペットではないという意味だ」
「…………」
「なんだその目は。私は人間だ。わかるだろうか。ペットではない、という意味で――」「姿を隠す事の出来ない守護天使はペットと同じ扱いになるのよ。殺されたくなければ外さない事ね。あ、そうだ。ちょっとここで待っていなさい?」
私に背を向け隣の部屋へ行く少女。
しばらくして戻ってきた彼女の手には赤いロープが握られていた。
私の前に立った彼女は再び私の首輪に手をかける。カチカチと音を鳴らしながら、彼女はロープの先端についている金具を私の首輪に取り付けた。
「ふふ」
首輪に紐をつけたことで彼女の心情に何か変化が起きたようだ。小さく笑い声を洩らしたその口端がゆがんでいる。
その表情には暗い喜びが見て取れた。
気のせいだろうか。今軽く恐怖心が湧いた。
これはあくまで私のただの憶測だが、この子ってばもしかすると、精神を病んでいたりするのではなかろうか。
少なくともその振る舞いには、私に対して一ミリの好意も抱いていないことがよく示されていた。
「ふふふ」
満足そうな笑みを浮かべながら、少女は軽くその場でロープを引く。
「っ……何の真似だ」
「授業に行くのよ」
今度はやや強く首輪が引っ張られる。
――なっ!?
状況が飲み込めずよろける私を見て、彼女は満足そうに頬を緩める。
コイツは何をしてくれているのか。
そして今の状況のどこに機嫌をよくする要素があったというのか。
もはやサスペンスだ。
「この首輪、外してもらえないだろうか。出来れば可及的速やかに」
「ダメよ。村人と区別がつかなくなるわ。そうしたら殺されても文句は言えないもの」
「歩いているだけで殺されると?」
「そうよ? だってここは華族の敷地だもの。村人が入るのはご法度よ。それを知らない人間はいないわ。いるとしたら村人に化けた魔物くらいなものかしら。だいたい本当に気がつかないような頭の村人なら、死んでも大した問題にはならないでしょ?」
平然と、当たり前だと言わんばかりの少女。
頭が悪ければ殺されても仕方がないとは果たして理屈として耐えうるものなのか。
それとも何かの隠語か。そうでないなら――もしそのままの意味だとするなら――それはまるで、未開の地の蛮族たらん振る舞いではないか。
そもそも魔物とは何だ。私の記憶が確かならば、魔物とは心に巣食う邪心を指す言葉であったはずだ。それを彼女は、まるで動物かなにかのように言っているようにみえる。
――いや待て、ここは魔法の存在する世界だったか。であればもしかすると、彼女の言う魔物とは本来の意味ではなく、例えば魔法の動物、略して魔物、と、言っているのかもしれない。




