幕間① 悪役令嬢
マルレーネ=ツード=ヴィンディッシュは転生者である。
彼女いわく、この世界は株式会社栄光技研が作った乙女ゲーム【遥かなる時空の歪みでシリーズ・ノブナのアトリエ】である。
彼女は自分の事を乙女ゲームの敵役、悪役令嬢と認識してからというもの運命に抗うために奔走してきた。自分に降りかかるであろうBADENDを回避するために正ヒロインたるアンジェリカ=リモージュの居場所を奪い、彼女が将来攻略する対象男性らとの縁を深めてきた。
全ては自分を守るために、前世の不幸を新たに与えられた今世で取り返さんがために、彼女はなりふり構わず今日まで動いてきたのだ。
「なんなのよあれ! どういう事なのよ!」
マルレーネには意味がわからなかった。
ルベリウスはどう見ても村の牧人である。笛を吹き羊と遊んで暮して来ただろう変声期すら迎えていない成人前の少年である。にもかかわらずアレはとんでもない異能を示した。
マルレーネの転生者特典――〈鑑定〉――で確認したルベリウスのレベルは七十五。それは世界魔術協会の定める等級制度でいう三級――第八深層をやや上回る値、つまり魔神や神の使徒らなどと同等の存在ということだ。
それらはゲームの最終障害として設定されているボスエネミーの上を行く存在であり、いわゆるやりつくし系ゲーマー用のお楽しみコンテンツのボス並。そのような存在が何故この場に現れたのか。
――そもそも守護天使はあんなに強くはなかったわ! 設定で全盛期の力は凄かったみたいなことは書いてたけど……。
彼女は前世で【ノブナのアトリエ】をクリアしてはいるが、そこまでやりこんでいたわけではない。ライトユーザーであった彼女にはキャラクターの背景を含む詳細な情報はない。それでも、彼女は懸命に、前世の記憶を掘り起こさんと意識を集中した。
人型の守護天使とは、本来王子と主人公の愛が実る卒業イベントで降臨した愛の祝福者である。二人は愛の結晶たる守護天使の力により大陸で大暴れする赫眼の紅竜を滅ぼし、国を発展させ平和を築く。それが乙女ゲーム【遥かなる時空の歪みでシリーズ・ノブナのアトリエ】のトゥルーエンドだ。
そして物語の構造上、人型の守護天使は個人の使い魔としては存在できない。
人間型守護天使の正体は愛の精霊である。一人ではなく、愛し合う二人があって初めて生まれる存在だ。故に個人の使い魔として顕現してしまうのは、作品世界の設定を無視しているといえる。
――本当に守護天使なの? 偽物なんじゃないかしら?
偽物なら倒せるのではないだろうか。マルレーネは考察する。
――倒す――どうやって? 正面から挑むのは無謀ね。
主人公には古の聖女の血を引く超越者という設定があり、攻略対象男性の勇者や守護聖らと同じくレベル五十まで成長できる。アンジェリカならば攻略対象男性ら共々レベルを最大まで上げアイテムをそろえるなど入念に準備をすれば勝てるかもしれない。いかに裏ボスと言えども、倒せる存在であるからこそお楽しみコンテンツのボスとして成立するのだ。
しかし悪役令嬢たるマルレーネは、大貴族としての設定であるレベル四十までは成長するがそこが限界だ。お楽しみコンテンツでは足を引っ張る存在でしかない。つまり、自分には無理だ。
――それにもう王子とアンジェリカが結ばれることなんてありえない。今更どう頑張ってもアンジェリカにアレを討伐させることは不可能だわ。
ルージア王国王子エンデルク=トゥエ=ルージアの寵愛はすでに奪っている。アンジェリカが今更何をしたところで彼が彼女を選ぶことはないとマルレーネは思う。彼の自分に対する好感度はMAXなのだ。フラグを立てられるイベントは全て立て残らず回収している。付け入られる隙などない、と。
とはいえそれも絶対ではない。何故ならこの世界には、歴史の修正力と呼ぶべき謎の力があるからだ。修正力とは、本来定められている運命へと人々を動かすためアクシデントを発生させる不自然な偶然である。
いつも念入りに掃除されているはずの廊下にどうしてか小石が落ちていて、それに躓いた女性が意中の殿方の胸に受けとめられ、それをきっかけに恋仲に発展するなどといったいわゆるラッキースケベに代表されるご都合イベントを発生させるアレである。
守護天使を語る謎の存在を排除するために二人の仲を一時的に回復させるという手も考えてみるが、彼女はすぐに頭を振る。歴史の修正力を利用するのはリスキーすぎる。それで似非守護天使を倒せても、その先自分がシナリオ通りに破滅してしまったら本末転倒だ。
――多分あれは正規の守護天使じゃない。でも放っておいてよい存在でもないわ。
彼女は今回呼び出された守護天使と原作守護天使との設定の乖離について検証する。
守護天使が自由意志を持ち召喚者に逆らうなど原作にはなかった。そもそもあれは本当にアンジェリカ=リモージュの制御下にあるのだろうか。マルレーネには、アレは召喚者であるアンジェリカ=リモージュの制御から離れているように見えた。
召喚者の制御が効かないという事実は、裏を返せば召喚者からの魔力の供給を遮断しているという事実でもある。だとすれば長くはこの世に顕現できない。
愛の力というサポートのないまま行われたいびつな強制召喚。それによって守護天使が不完全な状態でこの世界に顕現しているのだとすれば、魔力を消耗させるだけで――倒せるかもしれない。今のアレはもしかすると不完全で未完全な守護天使なのかもしれない――きっとそうだ。あの守護天使はきっと揺さぶれば壊れる。
――消すなら今かもしれない。守護天使が本来の力を取り戻す前に。あの女がそんなチート能力を手に入れたら私は絶対ただじゃすまない。
マルレーネはおびえていた。悪役令嬢が本来辿る運命は破滅である。何が悲しくて第二の人生まで不幸を行かなければならないのか。生まれながらにして不幸しか歩めない人生などあんまりではないか。
今度こそ――今度こそ幸せになれると思ったのだ。その光を手放すことなんてできない。もう惨めな人生は嫌だ。多少周りを不幸にしてでも足掻いて見せる。そう腹をくくる彼女には、おとなしくいい子ちゃんになって不幸に甘んじるなどという選択肢はないのである。
――幸せになれるチャンスをみすみす逃す訳にはいかないのよ。
アンジェリカを取り巻くいじめ環境を放置し、彼女と距離を取ってきたのは自分が幸せをつかむ為だ。主人公に直接手を下さないのは歴史の修正力による反発を恐れての事だが、しかし不完全な異物である守護天使の排除であれば許容範囲なのではないか。
自分を邪魔する障害は取り除く主義のマルレーネである。たとえそれがゲーム終盤で必要になりそうなギミックであったとしても、あの女が呼び出した時点で敵なのは間違いない。排除できるなら早めに掃除しておきたい。
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「どうしたんだいハニー。そんな血相変えて、君らしくないじゃぁないか」
そこでマルレーネが頼ったのは、王子である。
彼――エンデルク=トゥエ=ルージア――は、その豪奢な金髪を右手でかきあげながら、少々間延びした穏やかな声で、優雅な立ち振る舞いを持って彼女に声をかけた。
「あーん、エンデー。ちょっときいてよー。さっき試験会場でぇ」
巻き髪女は人が変わったかのような甘え声を出しながら、金髪の少年に駆け寄る。軽い抱擁の後、彼女は先の事件を自分に都合よくアレンジし彼に聞かせる。
「おぅ、そうなのかい。それは大変な目にあったねハニー」
「そうなのよダーリン。もう、あの女、絶対アイテムを使って不正したに決まってるの! 許せないわ!」
「そうだねハニー。それは本当に許せない行為だ。進級試験において、しかも神聖なる守護天使召喚の儀式においてそんな不正をするなんて、この学園の生徒として恥ずべき事だよ」
「ねぇ、エンデー。あいつを懲らしめてよ。あなたの精霊騎士ならわけないでしょ?」
「え? ……うーん、ハニー。勿論さ、それは容易い。だけど今はもしかすると先生方がリモージュ君の取り調べをしているんじゃないかい? だとすると彼女に関わるのはあんまり――」
「じゃあじゃあ、村人の方に痛い目を見させましょうよ。村人のくせにこの学園に足を踏み込むなんてそれだけで大罪でしょ?」
「え? ……うーん。そうだねハニー。それは大罪だ。僕の精霊騎士でその村人を取り押さえて尋問するというなら簡単さ」
「じゃあそうしましょう! 村人の分際でアタシを怒らせ――皆に迷惑をかけた罪を償わせないと、貴族としての示しが付かないわ」
「そうだね。村人が君や皆を怒らせたのなら、それは僕を怒らせた事と同義さハニー。わかったよ。じゃあ明日、彼を呼び出して公開処刑するとしよう。審問申請を学園に提出して、しかるべく罪を償わせよう。それでいいかい? ハニー」
「えぇ。わかったわ、ダーリン」
マルレーネはエンデルクに抱きつきながら、顔にかかるその巻き髪の中でニヤリと笑みを浮かべた。




