第9話 錬金術師は商会を脱出する
「……見つかったか」
銃を向けられた私は背後を一瞥する。
店長の部屋に脱出路がないことを確かめると、掴んだ店員を突き飛ばした
「うおっ!?」
警備員が慌てて抱き止める。
私はそこに跳びかかり、彼の手から拳銃を奪い取った。
そして、二人を押し退けて部屋を脱する。
「強盗だ! 誰か捕まえてくれ!」
警備員の叫び声を無視して廊下を走り抜ける。
曲がり角を抜けたところで、前方に別の警備員が立ちはだかってきた。
しかも今度は三人だった。
彼らは警告も無しにいきなり拳銃を発砲してくる。
「くっ」
私は両腕を顔の前に掲げると、足を止めずに接近していく。
被弾の痛みを知覚する。
腹と足に一発ずつだった。
こちらの動きを止めようとしているようだ。
だがしかし、今の私は不死性に優れた吸血鬼である。
銃撃の傷を意に介さず、驚く警備員達にぶつかりながら突破した。
彼らが倒れる様を横目に走り抜けていく。
廊下の先に窓を発見した。
ちょうど大人が通り抜けられそうな大きさだ。
私は外套のフード部分を目深に被り込むと、跳躍の準備を始める。
「止まれェ!」
後方から警備員の声が響き、ほぼ同時に銃声が連続した。
背中に弾が突き刺さる痛み。
咳き込むと血が洩れた。
私は後ろに向けて奪った拳銃を乱射する。
牽制目的なので当てるつもりはなく、代わりに警備員が退避する気配があった。
こちらへの銃撃も中断される。
その隙に私は加速し、窓に向かって拳銃を投げ付けた。
ガラスに亀裂が走ったのを確認し、そのまま勢いよく外へ飛び出す。
刹那の浮遊感を経て、私は整えられた芝生に転がった。
ガラス片が散らばる中を起き上がる。
激しい運動によって出血が悪化していた。
内臓が潰れるような痛みに顔を顰めるも、悠長にしている暇はない。
穴の開いた腹と足を見つつ、私はその場から駆け出した。
怪訝そうな通行人の視線を浴びながら、私は路地の奥へと退避する。
警備員の怒声を聞きながら逃走を続けた。
(さすがにこの辺りまでは来ないだろう)
薄暗い道を進む私は、背後を確かめながら考える。
追跡してくる者はいなかった。
この方角にはスラム街がある。
お世辞にも治安が良いとは言えない地域で、警備員達も追跡を躊躇ったのだろう。
立地的に奇襲が容易なのが主因だ。
待ち伏せすることで、警備員達を始末することもできる。
徒党を組んだ犯罪者なら簡単に成功させられるはずだ。
数人の警備員が踏み込んだところで、あっけなく餌食となるのが目に見えている。
実際の私は単独犯で、彼らを積極的に害するつもりはないが。
何にしても、状況的には好都合だった。
しばらく路地裏を進むと、廃屋が目立つようになってきた。
道端にぽつぽつと誰か倒れている。
眠っているのか、或いは死体なのか。
それを気にする者もいなかった。
私は足を止めて周囲を見渡す。
明確な境界線があったわけではないが、スラム街に入ったようだ。