第6章 真相―血塗られた作戦
今のトウア社会は、あちこちで重犯罪や暴動が起きるのが当たり前になってしまい、治安部隊は大忙しだった。過重労働で倒れる隊員も続出した。
仕事に忙殺されながらも、リサは不安を感じざるを得なかった。
重犯罪が後を絶たず、治安部隊の機能はマヒする一歩手前だ。しかし、これはあくまでも国内の治安の問題ということで、戦争という定義づけができていないため、軍も動いてくれない。軍の最高指揮官であるはずのクジョウ首相は何をやっているのか、トウア国民も不満を抱えていた。
またシベリカ人への大虐殺が起こり、トウア国が何の手も打てずにいるところを狙って、シベリカ国が自国民を守るという名目を掲げて、シベリカ軍を引き連れてトウア国に介入してきたら、どうなってしまうのだろう。
そう、これはあの国会議事堂中央塔展望室で、セイヤとサギーがこれから起こりうることとして話していた。
――でも、あの時、セイヤはすでに手を打っていると言っていた……。ほんの少しその手伝いをしたと。そして、そのことはクジョウ首相も知っていたようだった。
その時はリサは何のことだか分からなかった。その後、セイヤに訊いてもみたが、セイヤはごまかし、何も答えてくれなかった。
けど、ある日の夕食時、流れてきたニュースを見て、リサは『セイヤが、いやトウア国がすでに手を打ったこと』の中身を悟った。
そのニュースとは――
シベリカ国では今現在、あちこちで地方独立運動が発生し、同時にアリア国でも暴動が起きているという。しかもアリア人にはけっこうな武器や兵器が行き渡っており、アリア国に住んでいるシベリカ人への攻撃が始まり、シベリカ政府の犬と化していた現アリア国大統領を引きずり下ろすべく、民衆が官邸を取り囲んでいるとの報道だった。
リサは1年半前に起きた『マハート氏暗殺未遂事件』を思い出す。
当時、特戦部隊だったリサとセイヤ、ジャンは、シベリカ地方議員だったマハート氏を救った。その時、マハートが言っていたことがリサの頭をよぎる。
――『私は、シベリカは拡大路線をやめて地方を独立させ、国を身軽にして、コンパクトにまとめたほうがいい、という考えです。ただ、この考えは今のシベリカ中央政府には受け入れられません。地方を手放すということは、既得権益を手放すということです。既得権益を握っているシベリカ中央政府を牛耳る者たちにとって、私のような考えを持つ者は『敵』なのです。だから今回も狙われました。でも必ず、シベリカを変えてみせます』――
現在、そのマハート氏を中心にした地方独立運動も激化し、シベリカ警察を相手に、武力で対抗しているという。この連中もどこから手に入れたのか、高性能な武器や兵器を手にしており、手榴弾はもちろん、携帯ロケット弾もあちこちで使われ、このままでは内戦になると危惧されている。
当然、シベリカ軍も出動しているが、犠牲者は相当数に上るだろう。
「これじゃ、シベリカは自国の紛争を抑えることで精一杯。軍をトウアによこす余裕なんてなくなっちゃったよね」
――この独立運動を裏で支援しているのは……。
リサは、黙々と食事をしているセイヤを見やる。
が、セイヤは下を向いたまま、リサとは顔を合わせようとはしなかった。
いつもならこの手の話になると自分の考察を滔々とリサに聞かせるのに、セイヤは黙ったままだった。この話題には触れて欲しくないようだ。
そういえば、ルイからもこの頃コンタクトがなく、メールの返信もない。電話もつながらなかった。
リサは今、シベリカ国で起こっている内乱に、クジョウ首相やルッカー治安局長と共にセイヤも何らかの形で関与したことをうすうす感じていた。
そしてアリア国のことでは、おそらくルイも関わっている……。
そう、アリア人らと裏で深くつながっているルイは密かに『アリア独立運動』の協力をしていたのだろう。
シベリカ国からのアリア独立を望むルイとアリア人組織、地方独立を望むマハート氏は手を組み、シベリカ中央政府への攻撃を同時に仕掛けたのだ。
あの『マハート氏暗殺未遂事件』の時――マハート氏がトウアにやってくる情報を得たルイは、マハート氏と接触するつもりだった。だからマハート暗殺計画の件も嗅ぎつけ、治安局に届けた。
そしてセイヤたちのおかげで暗殺が未遂に終わり、警察捜査隊に引き取られたマハート氏はその後、極秘でルイと会い、お互いの目的が同じであることを確認し、事を起こす時は手を組む約束を取り交わしたのだろう。
そんなルイを筆頭とするアリア人組織とマハート氏の作戦を、トウア国は裏で支援した。
そのために『ルッカーを窓口にしたトウア国政府およびクジョウ首相』と『ルイを窓口にしたアリア人地下組織およびマハート氏率いるシベリカ地方独立運動家たち』の仲介したのがセイヤだ。
セイヤはルッカーから目をかけられ、ルイが信用に足るとする貴重な人物だ。マハートもセイヤに恩義を感じている。仲介役にセイヤはぴったりだったに違いない。
ただ――支援をしたというと聞こえはいいが……武器や兵器を提供し、裏で戦争に加担したということである。
セイヤはルッカーやクジョウ首相と共に、表にはできない血塗られた作戦に関与したのだ。そしてルイも、あのマハート氏も。
「私だけ蚊帳の外か」
リサの嘆きに、セイヤは無言のまま目を逸らした。
でもリサには分かっていた。これは機密事項だ。だからセイヤは何も話せないのだ。
――食事の時くらい、仕事のことを忘れて、心穏やかに過ごしたい。
とっさにリサは話題を変えた。
「この頃さあ、物流が滞って、物資や食糧が手に入りづらくなってきたから、今度の休日、買い物一日がかりになるかも……レトルト食品や缶詰とか保存食、買いだめしておかなきゃね。洗剤と石鹸とティッシュペーパーも必要よね」
全く違う話題になったせいか、セイヤはホッとしたような顔になり、リサに視線を合わせた。
リサはそのまま話を続ける。そうだ、自分たちにとっては国際状況よりもコツコツ積み重ねていく生活のほうがずっと重要だ。
「今、食べているハンバーグ、けっこうおいしいでしょ。レトルトも捨てたもんじゃないよね。食事の用意するのもラクだし」
セイヤはレトルトのハンバーグを頬張りながら相槌を打つ。
「うまいな、これ」
「でしょ」
ハンバーグはそこそこイケていたようだ。
・・・
トウア国政府はシベリカ国の国会襲撃テロの関与について調べていたが、未だこれといった証拠は挙がっていない。
テロ実行犯で生き残ったのは――サギー、リサの兄を殺した男、リサに撃たれた少年、そして逃走した少女だけだ。
男は黙秘を続け、サギーと少年は入院中で取り調べができる状態ではなかった。使用された武器もシベリカ製ではなく、武器の入手ルートについても捜査が進んでいない。
過重労働を強いられている警察捜査隊は毎日数多く起こる重犯罪事件に対処するだけで精一杯だった。
そんなわけでトウア国政府はシベリカ国に追及できずにいた。
ただ、トウア国政府も裏ではシベリカ国の内紛工作をしているわけで、シベリカ国をこれ以上追い込まないほうがいいだろうという判断もある。
仮に、国会襲撃事件でのシベリカ国の関与の証拠を見つけたとしても、トウア国政府はすぐには表沙汰にしないだろう。トウア国がシベリカ国へ内紛工作をしたことがシベリカ中央政府にばれた時に、裏取引する切り札として使うつもりだからだ。
それに実のところ、トウア国としてはシベリカ国を本格的な内戦状態にすることまでは望んでいなかった。大国シベリカが分裂してしまえば、世界が不安定になる。シベリカ国を生かさず殺さずの状態に持っていくのが一番国益にかないそうだ。
そこのところはクジョウ首相やその周りの者たちが上手く調節するのだろう。
――と、そんなことを考え込みながら、セイヤはシャワーを浴びていた。
トウア国も今、手にしている豊かさ・富を守るため、シベリカに飲み込まれないように生き残りをかけて、えげつない工作をした。シベリカ国も豊かさ・富を求めて、工作を仕掛けた。
そう、シベリカもトウアも同じ穴のムジナだ。
だが、そういったことをせず、理想を貫き、善であろうとしたジハーナ国は、外国に何もかも奪われて消滅した。
トウア国は当初、ジハーナのように外国や外国人に対し、警戒感を抱かず信用し、それらを取り締まるための社会システムもなおざりのままだった。だからそこを突かれ、こういう事態を招き、多くの犠牲者を生んだ。
いや、他国に警戒心を持っていたかつての旧アリア国でさえ、シベリカの策略にはまり、屈する結果となった。
国を護るというのは、それだけ厳しく大変なことなのかもしれない。
国を失った民は、才覚のある強者は外国でもそれなりに生活できるが、弱者は民族差別に苦しめられ、悲惨な生活を強いられることも多い。
シベリカ内紛工作に加担したことを正当化するつもりはないが、自分はこの暮らしを守るために自衛の権利を行使したまでだ。
そう思いながら、セイヤは体を洗い続けた。見えない血が体にまとわりついている気がして、何度も何度も体をこすった。そのうち皮膚はすりむけ、血がにじんできた。
そのヒリヒリした痛みが、セイヤの心をちょっとだけ軽くした。




