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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
49/73

第6章 ミスズ先生の狙い

 国会襲撃事件から一夜明けた。


 一時帰宅が許されたリサとセイヤはとりあえずシャワーを浴び、食事もせずにベッドに倒れ込んだ。あまりにいろんなことがありすぎ、頭がパンク状態でフリーズしてしまい、意識を失うように眠りに落ちた。


 それでも3時間ほどでリサは目覚めてしまった。


 国会が襲撃され、警護部隊隊員や護衛官はもちろん、議員も多数殺された。今国会で採決されるはずだった法案がふっ飛んでしまい、注目されていた『自白剤使用条件のハードルを下げる法案』も可決は見送りとなった。

 だが、いずれ被疑者への自白剤使用条件はゆるくなる。


 それにこれだけの事件を起したのだから、今の法の下でも手続きを踏めば、サギーには自白剤が適用されるはずだ。


 償いは求めてない。償いようがないからだ。ただ相応の報いを受けてほしい。


 でも、サギーとはもっと話してみたい気がした。


 そういえば……とリサは、あの時のことをふと振り返る。

 サギーを逮捕し、国会議事堂から連れて出てくる間ずっと、サギーが手錠をかけられた右手で左手の薬指辺りを撫でていたのが気になった。サギーは防護手袋をしていたが、怪我でもしているのかと思った。

 でも、なぜかサギーはとても優しげな表情をしていた。今まで見たことがないサギーの姿だった。


 それなのにサギーはこうも言っていた。自分は死に場所を求めていたのかもしれないと。そして同じ空気を昔のリサに感じていた、と。


 ――死に場所……。セイヤと結婚する前の私もそうだった?


 リサはふと隣で寝ているセイヤに目を向けた。


 ――そうか、そうだったかもしれない。兄さんは私をかばおうとして殺された。


 あの頃、罪悪感だけがリサの心を支配していた。自分だけ幸せになることは許されないと思っていた。


 ――でも今は違う。


 カーテンからやわらかい陽光がこぼれ出ていた。


「よし、起きるか。セイヤはお疲れだろうから、もう少し寝かせておいてあげるかな」

 リサは隣にいるセイヤを見やり、大きく伸びをした。また2時間後には出勤しないといけない。治安部隊の仕事はどの部署も山積みだった。


   ・・・


 出勤してから間もなく、サギーが撃たれたという知らせを聞き、セイヤとリサは複雑な気持ちになった。


 サギーには常時2名の警察捜査隊員が張りついていたはずだ。その警察捜査隊らの間にいたサギーを狙撃した犯人の腕は相当のものである。


 もちろん警察捜査隊はすぐに動いたが、犯人は見つからなかった。非常線を張るものの、治安部隊各部署は多発しているほかの犯罪事件にも対処しなくてはならず、もう一杯一杯で手が回らなかった。


 サギーのほうはすぐに緊急手術となり、一命を取りとめたものの意識不明が続いていて、入院が長引きそうだという。サギーの部屋にはもちろん監視と警護がつき、病院周辺もパトロール隊が巡回することとなった。


 事件解明のためには、一刻でも早くサギーの意識が戻り、事情聴取に応じてくれることを願いつつも、もしそのまま亡くなっても、それはそれで当然の報いだとセイヤは思っていた。


 が、リサは「死に場所を求めていた」と言っていたサギーに『安らかな死』を与えたくなかった。生き続け、地獄を彷徨ってほしかった。



 サギーのことでは特戦部隊ファン隊長も驚いていた。まさかかつての愛人が国会を襲撃したテロリストだったとは――


「もしかしてお前は以前から、サギーが工作員であることを知っていたのか? 私がサギーを愛人にしていたことをネタに取引を持ちかけてきたその時にはもう……」


 ファンはわざわざ特命チーム専用室のある本館まで出向き、セイヤを呼び出し問い詰めた。


「いえ、サギーが工作員である確固たる証拠はありませんでしたので。今だって証拠はないし、本人は意識不明で尋問できず、どういった目的・理由があったのか、シベリカ国が関係していたのか分かりませんよね。未だ『工作員の疑いがある』という範囲での話になります。現時点では単なるテロリストです。世間はもう工作員扱いしてますけどね」

 セイヤはしれっと答え、こう続けた。


「でも、隊長がサギーとつきあっていたことは、ルッカー治安局長にはもちろん、誰にも漏らしていません。リサもジャン先輩も漏らすことはしないでしょう。このことは三人の間で機密扱いにしてます。だからご安心ください」


「……」


「仮に漏らしたところで誰も得しません。隊長がハニートラップに引っかかっていたことが治安局内で知られ、特戦部隊がガタガタになるのを喜ぶのは敵だけです。私の本意ではありません。むしろ避けたい事態です」


「そうか……お前はそういう考え方をする男なんだな」

 ファンは何かを見定めるように目を細め、セイヤへ笑いかけた。

「お前には参った。ルッカー局長のお眼鏡に適うのも当然か」

 そう言うとファンは片手を上げ、踵を返した。


   ・・・


 その後――捜査により、犯人らのことが少しずつ判明していった。


 国会襲撃事件での『左口許に傷跡がある男』は、やはりあの銀行強盗事件でリサの兄を殺害した犯人だった。

 リサの兄の爪に、当時格闘した際に引っ掻いたのだろう犯人の皮膚片が残っており、それが保存されていたのだが――その皮膚片と今回の男のDNAが一致したのだ。


 そして驚くべくことに『シベリカ人労働者による発電所立てこもり事件』で主犯とされていた被疑者と、兄弟関係にある可能性が高いことが分かった。


『発電所立てこもり犯』のほうは、以前に拘置所で自殺してしまっていたが、こちらもDNAが採取され保存されていた。治安局では、シベリカ工作員が関わっていると疑われる今まで起きた事件を総ざらいし、被疑者たちのDNAを照らし合わせたことで、このことが明るみに出たのだった。


 だから――声を聞いただけで、発電所立てこもり事件の主犯リーダーを、兄を殺した銀行強盗犯だとリサは思い込んでしまったのだろう。兄弟だから似ているのは当然だ。

 そしてセイヤもリサも『左口許に傷がある男』をどこかで見たことがあると思っていたが、これで合点がいった。


 このことで『発電所立てこもり事件』もシベリカ工作員が絡んでいた疑いが極めて高くなったとされ、再捜査されることになった。


 しかし『左口許に傷がある男』はずっと黙秘を貫いていた。

 男は24時間徹底監視された。が、いずれ自白剤使用対象となるだろう。自殺されないよう男は拘束具をされ、24時間徹底的に監視されている。これから長い長い報いを受けるのだ。


 しかも、この男の両手には障害が残った。リサに銃で粉砕されたからだ。明らかなリサの過剰防衛だったが、治安局は目をつぶり、表沙汰にしなかった。


 リサは自らの手で男に罰を与えられたことが、せめてもの慰めになった。それでも男のことは決して許さないし、ずっと憎しみ続けるだろう。それが悪だと言うのならば、自分は悪人でいい。


 そんなリサは、男の尋問をさせてほしいとルッカーに申し出たが、許可は下りなかった。リサは被害者遺族ということで事件の関係者でもあり、その場合、捜査に加わることはできないのが原則だ。そもそも、それは特命チームの仕事ではない。


 その代わり、男が取調べされるところを何度か立ち会わせてもらった。しかし、銀行強盗事件のことについても男は黙秘し続けた。

 リサはただただ男の顔を睨みつけるしかなかった。


 また、子どもを無差別銃撃した事件で少女と共に逃走を果たしたと思われていた少年は、国会議事堂でのリサの銃撃で重傷を負ったものの、命は取りとめた。


 この少年は今も警察捜査隊監視の下で入院中だ。未成年ということで、現法では自白剤の使用許可は下りないが、法改正されれば、この少年も自白剤使用対象になるはずだ。


 少年といえばもう一人……『シベリカ加工食品工場』の倉庫内を殲滅した際、五人の遺体が確認されたが、その中に『弟が学校の虐めで自殺したことを逆恨みし、ルイを襲ったシベリカ人少年』が含まれていた。いや、ルイを襲った時は未成年だったが、『倉庫の事件』の時には18歳になっており、トウアの法では成人扱いとなるので青年と呼んだほうがいいだろう。

 彼は死という報いを受けた。


 ただ、あの『少女』だけは行方知れずだった。


 国会議事堂の第一本会議場で銃撃戦が行われ、その時には彼女はいたはずだ。


 国会を襲撃したシベリカ人テロリスト36名中、あの少女以外の35名は確保されたか死んだかしていて確認が取れていたが、少女だけが捜査の手から逃れた。


 ――決して逃がさない。必ず報いを受けさせてやる。


 リサは深く心に刻んだ。そして、病院から出てきたサギーを撃ったのは彼女ではないかと疑っていた。証拠は全くないが、何となくそんな気がした。


 それでも、兄を殺した犯人を捕まえることができて、リサの心には大きな区切りがついた。


 ――兄さんにも報告しなきゃ。


 今度の休みの日には、兄が殺された銀行――その跡地となる『金属加工センター倉庫』に行くつもりだ。報告には兄の墓前ではなく、そっちのほうがふさわしいように思った。


 今でもリサは信じていた。あの『左口許に傷跡のある男』を捕らえることができたのは、兄が力を貸してくれたのだと。

 

   ・・・


 国会襲撃事件直後――各地で行われていたシベリカ人デモ隊とトウア人愛国市民グループの間で衝突があり、多くの負傷者が出た。また暴行、恐喝、強盗、放火、強姦、殺人などの犯罪も多発していた。


 過重労働が強いられていた治安部隊がお手上げ状態になった頃、各地方にあるそれぞれの『シベリカ人街』で同時多発的な爆破事件が発生し、全国で数千単位のシベリカ人が被害にあった。


 そしてついに、何者かによる『シベリカ移民大量虐殺事件』が起き、一夜で数百人弱のシベリカ移民が殺された。


「トウア人によるシベリカ移民の虐殺が始まった」「本格的なシベリカ人への弾圧が始まった」とし、シベリカ人による大暴動があちこちで起き、一般トウア人が、暴徒化したシベリカ人らに襲われ、死傷者を出した。多くの店が破壊され、商品が強奪され、火が放たれた。


 街は荒れ、多くの店は閉じ、物流がストップし、トウア世論は「軍を出せ」と騒ぎ立てた。


 だが、ここであのミスズ先生がテレビでこう訴えていた。


「国内で起きた犯罪に対して、軍が出動することは法に反しますっ、これは治安部隊で対処するべきですっ、他国の侵略を受けたわけでもないのに軽々しく軍に頼るのは間違ってますっ、平和主義が根底から崩れていきますっ」


 そんなミスズに対し、その他の多くのコメンテーターたちが吼える。


「もう犯罪の域を超えている。これは内乱だ、戦争だ」

「現実を見ろ、今の治安部隊に暴徒を抑える力はない。国がつぶれたら、法もへったくれもない。軍は国と国民を守れ」

「そもそも国会が襲撃された時から軍が速やかに出動していれば、こんなに多くの犠牲者が出なくて済んだんだ」

「犯罪抑止に反対するということは、犯罪に加担しているってことですよ。平和主義者が実は偽善者だということがよく分かりますね」

「ミスズ先生、あんた、国をつぶす気だろ。この非国民め。あんたはトウア国の敵だ」


 しかし、ミスズ先生は深呼吸した後、満面の笑みを浮かべて言い返した。


「覚えてますかっ、皆さんっ。ほんの数年前の話ですがっ、銀行強盗事件が起きて、周囲の建造物が爆破され、テロが疑われた事件の時ですっ。あるコメンテーターが軍を出動させるべきだったと意見した時、皆さんはこう言いましたよねっ。こんなことで軍を動かすことは許されないっ、平和主義に反するっ、国内で起きた事件は治安部隊のみで解決すべしっ、軽々しく軍に頼るな、と。

 そう、軍に頼ると軍の存在価値が高まり、やがて軍国主義になり、平和が壊されると皆が騒ぎ立てましたっ。そして、そのコメンテーターを『軍の手先』『好戦的な反平和主義者』とし、トウア国民の敵・悪人に仕立て上げ、寄ってたかって社会的制裁を加え、葬りましたよねっ。

 お忘れですかっ。平和主義を掲げて人権侵害をしたのは皆さんのほうですよっ。私は、過去に皆さんが口をそろえて訴えていたことを、ぶれずに発言し続けていただけです」


 場はシーンとなる。


 ミスズ先生の勝ち誇った顔がテレビ画面に広がった。

「世間って怖いですねっ。本当の敵は誰でしょうねっ」


   ・


 このテレビ番組を見ていたセイヤとリサは思わずうなった。そう、ミスズ先生が本当に批判したかったのは『無責任なトウア世論』だった。


 しかしその後――ミスズ先生はテレビに出ることはなかった。突然、テレビ界から姿を消してしまった。


 週刊誌も『ミスズ失踪』と話題にしていた。教職も辞めたようで、当然『平和と人権を守る教職員連合会』からも脱会しただろう。


 とは言え、この連合会はすでに世間から信用を失い、脱会する教職員が後を絶たず存続の危機に陥っていた。そこへ『教職員連合会』には多くのシベリカ工作員が紛れ込んでいたというウワサがネットで広がり、ついに消滅する。


 さらにその1週間後――ミスズ先生関連の続報が週刊誌を賑わせていた。


 最後のテレビ出演でミスズが話題にしていた『数年前に起きた銀行強盗立てこもり事件と建造物爆破事件で、軍を出動させるべきだと発言し、社会から抹殺されたコメンテーター』は、ミスズの大学生時代の恩師だったという。


 当時、その恩師はトウア国立大学の教授だったが、社会からのあまりの非難に大学にいづらくなり、退職を余儀なくされ、その後すぐ失意の内に亡くなったらしい。


 ――今までのミスズ先生の言動は世間に対する皮肉……ささやかな復讐だったんだ……。


 リサは週刊誌を閉じると深くため息をついた。

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