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プライオリティ  作者: ハヤシ
シーズン3
48/73

第5章 死に場所―サギーとの決着

前回までの話。


クジョウ首相を追いかけるサギー。さらにそれを追うセイヤとリサだった。



 セイヤとリサは一段越しに螺旋階段を駆け上る。

 現在4階の資料館は閉まっており、5階6階は吹き抜けで、行けるのは7階の展望室のみである。

 7階床が見えた頃、物音が聞こえた。セイヤとリサはそっと周囲を伺う。


 その展望室では今まさに――逃げ回っていたクジョウ首相に追いつき、サギーが左手で持った軍用ナイフで首相の背中を突き刺しているところだった。


 首相は崩れ落ち、うずくまる。


 サギーは首相の背中から軍用ナイフを引き抜き、首相の息の根を止めるために頸部を狙って刺そうとした。

 が、リサの放った銃弾がそれを封じた。


 サギーの左肩が被弾し、軍用ナイフが床に落ちる。


 さらにサギーを牽制するかのように、床に転がっているナイフをリサは撃った。刃に当たり、硬質な音が響く。サギーの動きが止まる。


 その間、クジョウ首相は床を這いながら、サギーから離れ、リサとセイヤのほうへ近づいてくる。「たす……け」クジョウの言葉は吐く息となって消える。


 セイヤは素早くサギーとクジョウの間に割って入り、クジョウを背にして、サギーへ盾を向けた。


「観念しなさい」

 リサも数歩前に移動しセイヤと並び、銃を構える。


 サギーがゆっくりとリサのほうへ顔を向けた。


 と突然、サギーは突進してきた。一瞬、リサはその勢いに気を削がれ、撃つタイミングを逃す。回し蹴りがきたが、セイヤがサギーに盾を投げつけ、バランスを崩させる。脚は今一歩、リサに届かなかった。


 が、体勢を立て直し、サギーは回り込みながら再度、蹴りを仕掛けた。リサは後ろに避け、その間、セイヤがサギーの軸足を蹴り上げた。

 サギーは受け身を取りつつ後ろへ転がる。


「往生際悪いな」

 セイヤがボソっとつぶやく。


「……殺しなさい」

 床から半身を起こしたサギーは鋭い眼差しでねめつける。


「いいえ、ラクには死なせない」

 リサは銃口を向けながら、冷たくサギーを見下ろす。


 張り詰めた空気が、リサとセイヤそしてサギーを覆った。三人はそのまま動かず、神経だけ研ぎ澄ませ、相手の出方を待った。


 やがて――

 険しかったサギーの表情が氷解していくかのようにゆるんでいく。


「……やっぱり、あなたたちだったのね……」

 サギーは苦笑しながら、ため息をついた。フルフェイスのメットを被っているので、目の前の人間がセイヤとリサだといまひとつ判断つきかねていたが、声で分かった。


 サギーの頭の中にある遠い記憶が再び手繰り寄せられる。


 そう、彼らが学生の時、リサが転入してきてから、教師サギーが支配していた教室の空気が崩れていった。この二人が組んだ時、サギーはあの教室で負けた。


 ――そして、今も……。


 物思いにふけながら、サギーは彼らとの廻り合わせに不思議な縁を感じていた。


 が、そんなサギーの物思いはセイヤの矢継ぎ早の詰問で断ち切られる。


「なぜこんなことをした? 国のためなのか? シベリカという国はそこまでする価値のある国か? 多くの人の命を奪い、自身の命をかけてまでやるべきことなのか?」


 もはやサギーに戦意はないと判断したセイヤはメットを脱ぎ捨て、サギーを見つめていた。が、いつでも戦闘に入れるよう、構えは解かなかった。


 その間、リサはサギーを警戒しつつも、銃を収め、メットを外し、クジョウのもとへ近寄り怪我の具合を見た。サギーは利き腕の右が使えず左手で刺したため、首相の傷は案外浅く、命に別状はなさそうだった。

 リサは首相を介抱し応急処置を行う。相当痛むのだろうクジョウは呻き、呼吸が乱れた。


「国のため?」

 サギーは、セイヤの発した言葉に首をかしげていた。

「いいえ、これは……私なりのトウアへの復讐……」


「復讐って……トウアがお前に何かしたのか?」

 セイヤの問いに、サギーはうすく笑い、心の中で答える。


 ――トウアは私から『あの人』を奪った。

 ――もちろん、分かっている……お門違いの復讐だってことを。

 ――でも、復讐心こそ私にとって救いになった……。

 ――国のために命をかけた? いいえ、私は国を利用したのよ。自分を救うために。


 復讐という行為がサギーの心に開いた大きな穴を塞いでくれた。本当は彼の弔いのためにやったのではなく、自分の心を癒すためにやったことだ。所詮は自己満足だ。


 ここで、ふとサギーは故郷の夜空を思い出す。

 満天の星がざわめくように輝き、トウアの夜景など足元にも及ばないほど美しい夜空。


 でも、それは電力不足という貧しさと引き換えの夜空だった。


 ――そうね、もう一つ私が工作員になった理由としてあげるなら……国のためではなく『あの人』と私を育ててくれた貧しい故郷のために働きたかったの。


 サギーは早くから家族を亡くして独りぼっちだった。けど『彼』と村の人たちに救われた。


 ――国の命を受け、ここまでトウアをボロボロにしたのだから、その報酬として私の故郷には医療施設が整えられるはず……国とはそういう取引をした。


 シベリカはそういう約束はきちんと守る国だ。でなければ、誰も工作員になんてならないだろう。


 そう、国のために働く人間をその親族を含め、シベリカはとても大切にする。

 その代わり、国を裏切れば本人はもちろん親族もタダではすまない。

 そうやって国民を牛耳る国――それがシベリカという国だった。


 ――つまり、私と国の利害が一致した……ただ、それだけのこと。


 けれど、そんな思いを説明しても仕方ない。シベリカ工作員それぞれにいろんな事情が、そして様々な動機があるだろう。


 サギーはもう満足だった。復讐は終わった。大きく空いた心の穴は塞がれようとしていた。


「もっとトウアを破壊したかったけど、とりあえず成功と言っておこうかしら」

 まるで憑き物が落ちたように、サギーは穏やかな表情だった。


「これのどこが成功だ? トウア国にとっては甚大な被害を受けたが、シベリカが得することにはつながらない。多くの血が流れただけだ。これを契機にトウアは国として大きく変わるだろう。シベリカの好き勝手にはさせない」

 サギーの穏やかさとは対称的に、セイヤは怒りで無表情になっていた。


「さて、どうかしら。まだ、この後も何か起きるかもしれないわ」

 そんなセイヤをからかうように、サギーは微笑んだ。


 その微笑みに応えるかのようにセイヤは強張った表情のまま、口角だけ上げた。


「シベリカ軍がトウア国に侵攻する理由が欲しいか? ま、軍を動かす名目を作るための何らかの事件が起きるんだろうな。トウアにいるシベリカ移民大虐殺か? 首相も大怪我し、副首相も動けない、大臣も副大臣もやられた。今現在、国は右往左往、命令系統がガタガタで国の中枢がマヒ状態だ。焦った官僚たちが会議を開いているところだろう。軍は命令がなければ動けない。治安部隊は一杯一杯。第二第三のテロには対処できないだろう」


 セイヤのその言葉にサギーは一瞬、虚を突かれた顔になったが、すぐに笑みを取り戻す。

「よく分かっているじゃない。さすがね」


「ああ、だからこっちも、それなりの手は打っているということだ」


「それなりの手?」

 サギーは興味深げにセイヤを見やった。


 ここでようやくセイヤは顔の強張りが氷解し、自然にどす黒い笑みが浮かんだ。


「オレも、お前らシベリカ工作員と同じく……もう血塗られているんだ」


 ――そして、ルッカーはもちろん、クジョウ首相も同罪だ。


「おめでたいジハーナの子孫であるクジョウ首相もオレも大いに反省し、冷徹な『シベリカ』を見習ったってことだ」

 そう言いながらセイヤはクジョウ首相に目をやった。


 リサに応急処置を施されながら、脂汗にまみれ、痛みに顔を歪めていたクジョウ首相は一瞬、表情を無くす。


「そう……じゃあ、シベリカとトウア、どっちの手が上回るかしらね。すでに我々の仲間は次の作戦へ動いている。それを止められるかしら?」

 サギーは挑戦的な目を向けた。


「何はともあれ、お前はお終いだ」

 セイヤが冷ややかにサギーを見返す。


「そのようね。終わったわ……ようやく」

 サギーは相変わらず微笑んでいたが、観念したかのように深く息を吐いた。と同時に懐から何かを取り出し、口に入れようとした。


 が、すぐにセイヤに取り押さえられる。

 サギーは舌打ちし、セイヤを睨んだ。


「だから、ラクに死なせないって」

 セイヤは何の感情も込めずにそう言うと、サギーを立たせた。


 リサはクジョウ首相から離れ、サギーに歩み寄り、その手に手錠をかける。


 ここで『ゴリラその1』と『メガネ』が7階展望室に到着した。振り向いたセイヤは軽く頷く。様子を察した『ゴリラその1』と『メガネ』はクジョウ首相の許へかけつけ、救援を要請し、ルッカーへ報告する。


 セイヤはサギーへ提言した。

「一般シベリカ人の虐殺は止めたらどうだ? 多くの血が流れるだけで、シベリカには何の得にはならない。虐殺を止める指示を出すなら、仲間への通信を許してやる」


「何だ、さっきの言葉は虐殺を止めたいがためのハッタリ? やっぱり、あなたって善なるジハーナ人なのね」

 サギーは苦笑し、わざとガッカリしたような息を吐く。


 が、心の中でこう思っていた。


 罪もない同胞を犠牲にすることに、何の痛痒も感じないと言えばウソになる。

 しかし、シベリカの貧しい地方では人の死は日常茶飯事だ。それは何も生み出さない死とも言える。

 けれどシベリカが豊かになるために、未来のために使われる命は無駄な死ではない。生かされる死だ。


 そう冷徹に考えながら、こんな思いも抱く。


 ――私にとって『あの人』の命と、顔も見たことがないその他大勢の命は同等ではない。

 工作員たちも自分の大切な者や家族の命だけは別だと考えている。その命の価値は人によってそれぞれ違うの。こんな価値観・考え方はあなたたちには分からないでしょうね……。


 サギーはやわらかくセイヤに微笑んだ。


 するとセイヤはサギーに近づき、耳元でつぶやいた。


「オレは大切な者を守るためなら、ほかは切り捨てることができる冷酷な人間だ。だから割とシベリカに共鳴する部分がある。オレだけじゃない。トウアの治安局そして国のトップもだ。残念ながらトウアには善よりも損得勘定を優先する者がけっこういたってことだ」


 それはぞっとするような低い声だった。

 サギーの傍にいたリサにも聞こえたようで、リサは訝しげな視線をセイヤへ寄こした。


「多くの血が流れようが、オレは自分の守るべき人たちが守れるんならそれでいい。そういうことではお前とオレは似た者同士だ。……だから、お前らが仕掛けるんだろうシベリカ人の虐殺を、命をかけてまで阻止しようとは思わない。ただ、それは無駄に終わることを忠告した。オレにできるのはここまでだ。任務は終了した」


 セイヤは話はおしまいだとばかりにサギーを見やった。その瞳は感情が抜け落ちたただの穴のようだった。


 サギーは無言のまま、セイヤを凝視した。そして思う。自分はこの男を少し見くびっていたかもしれないと。この男は善なるジハーナ人と似ても似つかないと。


「さて、いい加減、そこまでにしておけ」

 セイヤの後ろから『ゴリラその1』が注意した。


 周囲が喧騒に満ちる。救助隊が到着したようだ。

 

 クジョウ首相のことは救助隊に任せ、リサは手錠をかけたサギーの背中を押し、行くように促す。


 その時、サギーはリサの耳もとでささやいた。

「……私は死に場所を求めていたのかもしれない。昔の、学生時代のあなたにも同じ空気を感じた……でも、あなたはそこから脱したのね……」 


 リサはハッとしたようにサギーを見やった。

 だが、もうサギーは決してリサと視線を合わせようとはせず、その後は沈黙したままだった。


 空は夕焼けで不気味なほどに赤く染まり、展望室の窓際に鎮座するトウア建国記念碑がその赤い残照に包まれていた。まるで血塗られたかのように――。 


   ・・・


 セイヤとリサは、サギーを警察捜査隊に引き渡した。


 その後、右腕と左肩を撃たれたサギーは警察捜査隊に伴われ、トウア国立総合病院に連れられていた。治療を終え、様子を見るということで、警察捜査隊の監視のもとで入院することになった。


 サギーは皮肉にしか思えなかった。犯罪人の自分を治療するくらいならば、真面目な働き者だった『あの人』が病気になった時、なぜ誰も助けてくれなかったのかと。『あの人』こそを救って欲しかったと。


 今、サギーの左手にはあの指輪がなかった。持ち物は指輪も含め、警察捜査隊が預かっていた。

 入院した部屋は警察捜査隊に囲まれ、サギーの傍らにも監視がついた。サギーに逃げ出すチャンスはなかった。

 怪我はさほど深くなく、熱も出なかったので、翌日には退院となり、サギーは手錠と腰縄をされ、警察捜査隊員2名に伴われて病院を出た。


 だが――

 警察捜査隊の車へ向かおうとしたその直後、銃声と共にサギーの体が跳ねた。


 さらに続けて銃声が響く。

 サギーの胸と頭に穴が開いていた。


 しかし、サギーは微笑んでいた。


 ――やっと……終わった……『あの人』は天国に行っただろうけど、私は地獄行きね。でも、それでいい……私はそういう生き方しかできなかったのだから……。


 黒い憎しみがサギーを生かしてくれた。

 でも、その憎しみもサギーから去ろうとしていた。


 意識が途切れる瞬間、サギーは指輪がない手を見つめる。


 ――そう、私は死に場所を求めていたの……。


 サギーの思いは白い世界に包まれようとしていた。

 胸と頭が赤く染まっていくサギーの顔はとても穏やかだった。

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