第3章 新しい仲間―軍からの出向組
木々の葉が色づき、時おり冷たい風が吹き込む晩秋の頃。
今回の一連の事件について捜査は継続中であったが、今もって逃げた少年少女の行方も、誰が爆弾を仕掛けて起爆させたのかも分からず、解明にはほど遠く――結局、シベリカ国が関与した証拠も見つかっていない。
もちろんシベリカ国の反応は知らず存ぜぬであり、それどころかシベリカの新聞やテレビはトウア国の治安の悪さを憂え、シベリカ国民に対しトウアに旅行に行く際には注意を呼び掛けるなどしていた。
シベリカ国の関与を疑うトウア国民は腸が煮えくり返り、その怒りは捜査が遅々として進まない治安局のほうにも向けられ、治安部隊強化を要求する声は日増しに強くなっていた。
そんな中、無差別銃撃事件の現場となった中央百貨店は客足が減ってしまい、今月で閉店するというニュースが流れた。
何やかんやと忙しくて、休日は疲れ果て、繁華街まで足を延ばす気力が持てずにいたリサとセイヤは結局、ソファとテーブルを買い損ねてしまった。
中央百貨店が閉店することで、この街の賑わいがまた一つ消える。トウア国全体の経済もますます落ち込み、人々の気持ちは殺伐としていき――治安悪化に歯止めがかからなかった。
今国会では治安維持のための法や国防関連の法など、いくつかの重要法案が可決される見込みである。
このことで一部のシベリカ移民と出稼ぎ労働者たちの間では「これらの法案が可決されたら、シベリカ人は弾圧される」「シベリカ人をターゲットにした法案だ」というウワサが広まっていた。
またトウア人によるシベリカ人への暴行事件が頻発し、人手不足の治安部隊の対応は遅れに遅れ、殺人事件以外は野放し状態になっていった。
シベリカ人たちはこうした警察組織=治安部隊に不信感を抱き「シベリカ人が被害にあっても治安部隊は助けてくれない」「シベリカ人は見殺しにされる」「シベリカ人だけ差別されている」と騒ぎ立てた。
トウア人の中で生活していたシベリカ人もどんどん『シベリカ人街』へ移っていき、トウア人とシベリカ人の断絶状態はいっそう進み、今では完全に分断されてしまった。
そうしたシベリカ人たちは「ここ『シベリカ人街』は私たちシベリカ人のものだ」「トウア人こそ『シベリカ人街』から出て行け」と主張し始めるようになり――『シベリカ人街』を自治区にしてほしいと訴えるシベリカ人による市民運動が活発化していった。
・・・
「シベリカ人による『シベリカ人街』の自治などを認めたら、次は『トウア国からの独立』が叫ばれるでしょう。わが国の主権が外国人によって内側から破壊されます」
テレビではトウア人識者らが訴えていた。
トウア世論は今、この話題で持ちきりだった。
が、それに対し、サハーはこのような発言を繰り返していた。
「自治区として認めてあげてもいいんじゃないか。『シベリカ人街』はそれだけ規模が大きい。トウア国はトウア人だけのものじゃない」
このサハーの考えは、愛国市民団体の怒りを買い「売国発言も甚だしい」と殴る蹴るなどの暴行を受け、サハーは入院する羽目となった。
また、あのミスズ先生も相変わらず――
「これだけトウア人とシベリカ人が仲が悪くなったんだから~、『シベリカ人街』を自治区にしたくなるのは当然じゃないでしょうかっ」
「トウア人がシベリカ人の人権を軽視するから、シベリカ人も独立したがるんですよっ」
「シベリカ人への暴力事件が後を絶ちませんっ。トウア人はもう平和主義という看板は恥ずかしくて掲げませんよねっ」
――と『トウア人だけに問題がある』とし、清々しいまでの『反トウア』ぶりを示し、顰蹙を買っていた。
そして、ついに愛国市民団体に生卵をぶつけられてしまい――
「虐められるシベリカ人の気持ちがよく分かりましたっ。トウア人にはもっともっと『平和と人権教育』が必要ですっ。治安部隊を強化するより、平和教育に力を注ぐべきですっ」
と憤慨しつつも、手をガッツポーズにしながら、こう付け足すのも忘れなかった。
「私たち『平和と人権を守る教職員連合会』は、がんばりますっ」
・
「ミスズセンセが言うと『平和』とか『人権』って言葉、軽くなっちゃうよね……っと、いけない、時間だ」
今朝もミスズ先生が出ているテレビを聞きながら、セイヤとリサは朝食をとり、出勤前の準備に取りかかる。
「今日は確か、新しい仲間が来るんだっけ」
そう実は、本日付で治安局中央地区管轄治安部隊特命チームにトウア国防軍から出向してくる4名が加わることになっているのだ。
ちょっとウキウキしているリサを尻目に――今日は何だかメイクに気合が入っているよなあ、とセイヤは思いつつ、牛乳を飲み干す。
ま、化粧下手のリサがメイクに気合を入れるとケバくなり、かえってヘンになるので別にいいのだが。
ということで、朝食を終えたセイヤと厚化粧のリサは職場へ向かった。
治安局の特命チーム専用室へ着いた時には、すでにその『軍出向組』の男たち四人がきていて、微妙な空気を醸し出していた。
ガタイのいい二人は何やらくっちゃべり、メガネをかけた一人はパソコンに向かい、もう一人は腕を組んで目をつぶり、黙想しているようだった。
「お、新しい面子か。まあ、よろしくな」
セイヤとリサの後から部屋に入ってきたジャンが新メンバーに声をかけたが、軍出向組は何の反応もせず、ジャンを無視した。
「うわ、感じ悪いな……特戦部隊に入ってきた頃の無愛想なリサを思い出すな」
ジャンは、セイヤとリサのところへソロソロと寄ってきて、耳打ちしてきた。
「え……私、そんなに感じ悪かったですか?」
「確かに……」
リサとセイヤは同時に応えつつ、新メンバーを観察する。
くっちゃべっている二人組は体も大きく、身長190cm近くあるジャンに負けず劣らずマッチョで、いかにも武闘派という感じだった。
「むさくるしそうなのが増えたな。部屋が狭くなるよな」
思わずセイヤはつぶやく。
パソコン弄っているメガネ男は中肉中背、身長174cmのセイヤといい勝負だ。
黙想男のほうは端正な顔立ちをしており、背も180cm近くありそうで、いわゆるカッコいい男だった。が『オレに話しかけるな』的な……何やら人を寄せ付けないオーラを放っていた。
そのうち、野獣系二人組がリサに注目し始めた。
「へえ、女がいるのか」
下から上まで無遠慮にリサを舐めるように見る。
が……野獣の一人がハッとした顔になった。
「この女、あの『ヒロイン・リサ』ってヤツじゃないか?」
「そういえば、そうだな。今じゃ全く話題にされなくなったから、すっかり忘れていたけど」
「つうかさ『ヒロイン・リサ』って呼び名、ダサいっていうか恥ずかしいよな」
野獣系おしゃべり男らはゲラゲラと笑いを放つ。
するとパソコンに向かっていたメガネ男は顔を上げ、信じられないような顔でリサに視線を移し、そのままじ~っと見つめた。
リサが厚化粧だったためか、今まで気がつかなかったようだ。
ちなみに黙想男は関心なさそうに、そのまま黙想を続けていた。
リサはそんな男たちを無言で睨み返した。セイヤも釣られてガンを飛ばす。
「こりゃ、仲よくなれそうもないな」
ジャンが肩をすくめながら苦笑いしていた。
「無理して仲よくなることなんてないんじゃないですかっ」
リサはついミスズセンセの口調で応えてしまった。
セイヤも無言で頷く。そう、男となんか仲よくならなくていいぞ、と心の中で大いに同調し、リサの気合の入ったメイクが無駄になったことを大変喜ばしく思ったのであった。
「ところで今日のリサちん、何だかケバいよな」
ジャン先輩も力の入ったリサのメイクに気づいていたようで、濃い化粧は好みではない口ぶりだった。ま、どうでもいいけれど。
その後、始業時間となり、ルッカー治安局長から新メンバーへの簡単な挨拶はあったものの、セイヤもリサもその時は頭を軽く下げただけで、新メンバーに対してちゃんとした挨拶はしなかった。名前すら言わなかった。
もちろん新メンバー四人組からもこれといった挨拶はなく無視された。
が、メガネ男だけはリサに関心があるようで、チラチラと視線を寄こしていた。
歓迎会もなしになった。あちらから自己紹介もなかったから、その時点では新メンバーの名前も分からないままだった。
後から名簿を見れば名前くらいは確認できるが、わざわざ覚えるのも面倒だったので――武闘派の二人組は『ゴリラその1』『ゴリラその2』、パソコン男は『メガネ』、黙想男は『クール』と呼ぶことにした。
「ぬいぐるみ……買うとしても、完全にゴリラの線はなくなったな」
セイヤがリサにつぶやく。
「そうね。さらばゴリラだね」
リサも同意する。ゴリラの類はもう二度と手に取ることはないだろう。
聞くところによると――この軍出向組の四人はクセがありすぎて扱いにくいとして軍が困っていたところ、『軍の訓練を受けた人材』が欲しかったルッカーが四人を引き受け、特命チームに引き抜いたとのことだった。
それから2、3日の間、ジャンたち・旧メンバーと軍出向組・新メンバーの間には業務上の連絡事項以外で言葉が交わされることはなく、特命チーム専用室は冷やかな空気が横たわっていた。
・・・
トウア国防軍との合同演習の日がやってきた。
ここはトウア市北東部の外れにある陸軍中央地区駐屯地。特命チームの新メンバー四人と、ジャン、セイヤ、リサは、上空でボバリングしているヘリから『ファストロープ降下』を行っていた。着地後、俊敏に行動できるよう、命綱はつけずに手足だけの力で1本のロープを伝って次々と降下する訓練だ。
「グズグズするなよ」軍の空挺部隊の指導者の檄が飛ぶ。
着地後はとにかく走る。重装備のまま、とことん走らされた。ランニングは毎日やっているが、10kg以上の装備をつけて走ることにまだ慣れていなかった。
「お前ら、遅い……とくに女、足手まといだよな」
合流地点にジャン、セイヤ、リサがやっとこさ到着すると『ゴリラその2』が鼻で笑った。
「仕方ないんじゃないですか。あんた達は今までも散々やってきたことだろうけど、オレらはここ最近、始めたばかりですから経験の差が出て当然です」
無視してもよかったが、とりあえずセイヤは反論した。リサは相当、息が上がっていて苦しそうだ。
「やれやれ……レベルの低いお前らと合同訓練なんてな……ったく、やってられねえよな」
肩をすくめながら『ゴリラその2』が大げさにため息をつく。
『クール』は相変わらず無視、『メガネ』は遠慮気にリサを見つめている。
「大丈夫か?」ジャンがリサに声をかけてきた。
リサは息を上げながらも親指を立て、口角を上げて無理にでも笑顔を見せる。こんなことで負けていられなかった。
「ま、こっちは経験浅いし、お手柔らかに頼むぜ」
ジャンが新メンバーらを見やったが、もちろんそれに誰も応えることはない。
「さてと、ここからは模擬弾による演習だ。一三〇〇時に開始となる」
『ゴリラその1』が指示を出す。
軍出向組4名が加わった特命チームでは『ゴリラその1』がリーダーとなっていた。
何事もこだわらないジャンは快くリーダーの座を譲った。『ゴリラその1』は年齢28歳でジャンより年上だからというのもあるだろう。
ちなみに『ゴリラその2』は27歳、『メガネ』『クール』は共に25歳だ。
「確認のため言っておくが、この演習ではオレが隊長を務める。分かってるよな?」
睨みつけるような視線を送りながら『ゴリラその1』は、セイヤとリサを顎で示す。
チームの中で最年少となるセイヤとリサは小さく「はい」とだけ返事をした。
・・・
模擬弾の演習が始まった。
特命チーム7名は身を潜めながら、演習場の中にある草原地帯の一角にある廃墟へ出た。割れたコンクリートからは背の高い草が生えていた。
さらにその先には岩場といくつかの建築物があり、その一帯が敵の陣地という設定だ。各自、小銃と拳銃、弾薬はそれぞれ予備のマガジン2つ、1発の模擬手榴弾が支給されている。
「もうすぐ敵陣だ」
「このまま行くか? 迂回するか?」
「二手に分かれる。そっちの未熟三人組はこのまま進め。固まらず、バラバラになって、まず敵陣を手榴弾で叩け。その後、適当に銃撃してろ。期待はしてないが、できるだけ敵を引きつけておいてくれ。我々は迂回して敵陣の後方から攻める。これより一三三〇時に攻撃開始だ」
『ゴリラその1』が出した指示に従ってジャン、セイヤ、リサの三人はそのまま前進し、敵陣近くで待機する。冷たい風が吹き荒れていたが、体は汗ばんでいた。
一三三〇時になり、まず手榴弾で敵陣を攻める。
が、手榴弾が炸裂すると同時に側面から銃声が聞こえ、ジャンが倒れた。
模擬弾といえど当たれば痛いし、衝撃もかなりのものだ。ジャンの左胸にはベッタリとペイントマーカーが広がっていた。
こっちの動きは読まれている。セイヤとリサは身を伏せ、リタイアとなったジャンと別れ、背の高い草原の中を移動する。
あちこちで銃声がした。リサも廃屋の陰まで移動した際、敵から発砲された。コンクリート壁に当たって模擬弾が撥ねる。
リサは銃を構え、ターゲットを確認すると撃った。その後、すぐに身を伏せ、移動する。セイヤがその後を追う。
その時、手榴弾が投げ込まれ、転がってきた。とっさにセイヤはリサのもとへ駆け寄った。背中に模擬弾を受けながらも、模擬手榴弾が爆発する前にリサを抱えて転がった。
セイヤの陰に隠れながら、ターゲットを確認し、リサは撃った。
そのリサの放った模擬弾は敵の左胸に当たり、ペイントマーカーが広がる。
が、セイヤの背中にも模擬弾のペイントマーカーがしっかり付着していた。
リサとセイヤはお互い、苦笑いする。
「かばってくれて、ありがとう」
「オレも戦線離脱か。ま、がんばれよ」
「……うん」
リサは顔を引き締めると、そのまま移動を続けた。
・・・
演習が終わった。
軍のチームには敵わなかったが、特命チームで一番最後まで残ることができたのはリサだった。
「どうせ逃げ回って、ずっと隠れていたんだろ」
帰り支度をしていた時、『ゴリラその2』がバカにしたような笑いをリサに投げかけた。
リサは『ゴリラその2』には視線を寄こさず、鼻で笑う。
「負け惜しみか」
「な、何っ」
眦を上げて『ゴリラその2』がリサに向かって一歩踏み出したが、その前にセイヤが立ちふさがる。
「あんたらは軍にいて慣れているはずなのに、あっさり負けちゃいましたね」
セイヤも挑発するように『ゴリラその2』にうすく笑いかけた。
「お前らが早々にやられたから、その分、オレらに負担が行ったんだろうが~」
怒鳴り散らしながら『ゴリラその2』がセイヤにつかみかかろうとしたところ、リーダーの『ゴリラその1』が止める。
「よせ……見苦しい」
「ちっ」
舌打ちすると『ゴリラその2』はそのまま仕度部屋から出ていった。
やれやれとばかりに浅くため息をつき『ゴリラその1』はリサに視線を向けた。
「今日の相手は軍の特殊部隊だった。特殊部隊は軍の中でも優秀なヤツが選ばれる。それをお前は二人も仕留めたらしいな……」
その言葉を聞き、リサも『ゴリラその1』に視線を合わせた。
「女、射撃の腕だけは認めてやる」
そう言うと『ゴリラその1』も部屋から出て行った。その後ろを無言無視の『クール』が続き、『メガネ』はリサとセイヤに目をやりながらも、『ゴリラその1』と『クール』を追いかけていく。
「さて、オレたちも行こう。遅いとまたモンク言われるぜ」
ジャンが、セイヤとリサの肩を軽く叩いた。
すっかり日が暮れ、空はいつの間にか深い蒼へと沈んでいた。
特命チーム7名は、治安部隊専用ワゴン車に乗り込んだ。ジャンが運転席に着く。
それぞれの席はサイドに設けられ向い合せになっているが、お互い視線を合わせず、帰りのバンの中でも、しばらくの間、沈黙が続いた。
が、やがて、リサが遠慮がちに『ゴリラその1』へ向けて口を開いた。
「あの……私のことはまだ認めなくていいです。模擬弾の演習では、この人が私をかばってくれたので撃たれずに済んだんです。本当ならその時点で私はリタイアでした。最後まで残ったのは私の実力ではありません」
リサは隣にいるセイヤを指さしながら弁明し、今度は『ゴリラその2』に目を移した。
「ですから、あなたも負け惜しみを言うことはなかったんです。私も実力で残ったわけじゃないので」
『ゴリラその2』はポカンとした表情をしたものの、ほんの一瞬苦笑いし、後はもう何も言わなかった。『ゴリラその1』も片眉を上げたまま、おかしそうに頬をゆるめていた。
「おいおいリサちん、そういう理屈っぽい言い方、ほんとにセイヤにそっくりだよな。夫婦って似てくるんだな」
運転しながらジャンが笑う。
セイヤも、さっきは『ゴリラその2』に「軍にあっさり負けた」などと言ってしまったが、ジャンとセイヤが早々にリタイヤした後、彼らは果敢に相手を倒しに行き、最終的に負けはしたものの、いい勝負だったと思っていた。ジャンとセイヤが抜けた分、よく持ったほうだ。
彼ら四人の実力は決して軍の特殊部隊に引けを取っていなかった。
冷え込んだ寒空の下を走るワゴン車の中は少しだけ空気が和み、夜をまとった空には星が灯り始めていた。




