第4章 狙撃手・少女
【狙撃手―少女】
初冬に入ったある日、特命チームはルッカー治安局長から任務を命じられた。
トウア市内『シベリカ人街』の一角にある『シベリカ加工食品工場敷地内倉庫』に銃器などの類が隠されているとの情報が入ったので警察捜査隊および特戦部隊と共にその倉庫を捜査せよ、と。
任務決行日――どんよりと薄灰色に曇り、空が重く感じられる早朝。
警察捜査隊とファン隊長率いる特戦部隊の専用車を追いながら、特命チーム7名は『シベリカ人街』の中にある『シベリカ加工食品工場倉庫』に向かった。
この捜査は、シベリカ人がおとなしく倉庫を捜索させてくれれば、警察捜査隊が中心となって行い、特戦部隊と特命チームは警察捜査隊の援護、補佐という立ち位置になる。
だが、もしシベリカ人たちが強硬に抵抗した場合は、特戦部隊と特命チームが先頭に立って対処することになっていた。
特命チームが乗る輸送車の中でリーダーの『ゴリラその1』が注意事項を述べる。
ジャン、セイヤ、『ゴリラその2』は適当に頷き、『クール』は何の反応も示さず黙想、『メガネ』はリサを観察するようチラチラと視線をよこしていた。
そんな『メガネ』が気になり、向かいの席に着いていたリサは思い切って訊いてみた。
「私に何か?」
すると『メガネ』は慌ててリサから目をそらし、モジモジする。
「ああ、こいつ、『ヒロイン・リサ』のファンなんだってよ。戦う女が好きなんだそうだ。趣味で『ヒロイン・リサ』をモデルにした漫画を描いているらしいぜ」
隣に座っていた『ゴリラその2』ががなり立てて、『メガネ』の趣味を説明した。
「……」
リサは固まってしまった。『メガネ』はなかなか濃ゆい趣味をお持ちのようだ。
セイヤとしてもこれは由々しき大問題だった。
リサが『メガネ』の趣味にされている? リサの漫画を描いている? ということは漫画の中でリサにあんなことやこんなことをさせているのでは?
これは苦言を呈しておかねば……いや、まず漫画を確かめなくては……ということは漫画を見せてもらわなくては……って、それにはどうすればいいんだ……と深く考え込んでしまったが――
「うお~、リサの漫画だって? 見たいぜ。見せてくれよ」
ジャンがいとも簡単にセイヤが望んでいることを言ってのけた。こういう時、先輩の性格がうらやましくなるセイヤである。
そのジャンの言葉に、『メガネ』の顔も輝いていた。自分の趣味に興味を持ってくれる人がいることは、やっぱり嬉しいようだ。
「はい……では、この任務が終わったら、ぜひ」
「そうそう、漫画ではリサを巨乳にしてやってくれ」
「……では、徐々に大きく成長させていきます。いきなり大きくなるのは変ですから」
さっそく読者の要望に応える『メガネ』に、「うお~っ、楽しみにしているぜっ」とジャンのテンションも高くなった。
「な、何を言ってるんですか~」
セイヤはジャンと『メガネ』を交互に睨む。やっぱりこれは黙っておくわけにはいかない。
だが『メガネ』はセイヤをチラッと見て、こう言った。
「あの……ダンナさんにも見てもらって、何か指摘があれば伺いたいのですが」
そう、結局、軍出向組にはきちんとした自己紹介はしていないままだが、さすがにもうセイヤとリサが夫婦であることは伝わっているようだった。
特に『メガネ』は『ヒロイン・リサ』の大ファンであり、一時、週刊誌でリサの夫であるセイヤがネタにされたことも知っていた。
「え? はい、じゃあ……ぜひ」
『メガネ』のほうから漫画を見てくれと言ってくるとは……願ったり叶ったりである。
「ヒロイン・リサのダンナさんだなんて、うらやましいです」
そう言うと『メガネ』は遠慮深気にセイヤに微笑んだ。
セイヤは「いや、まあ~」と照れ――『メガネ』ってけっこういいヤツでは、と調子よく思う。
そんなわけでジャンとセイヤと『メガネ』はぐっと距離が縮まったようである。
『ゴリラその2』も、以前ほどはこちらに敵対オーラを発さなくなった。
先輩のセクハラには慣れっこのリサは、やれやれとばかりに苦笑する。
「おい……お前ら、緊張感足りねえぞ」
『ゴリラその1』が喝を入れた。
そうこうしているうちに捜査対象となった『シベリカ加工食品工場』に着いた。
塀が高く、鉄格子状の門からしか中をうかがい知ることができないが、かなり広い敷地を持っている。学校の体育館ほどの大きさの事務所を兼ねた工場と倉庫があるようだ。
稼働前なのか工場は静かだった。倉庫の並びにはトラックが3台止まっている。
「確固たる証拠なしで捜査令状を取れるようになったなんて、もしこれが昔の世間だったら大騒ぎしたでしょうね」
「けど今の世間様は、疑わしければ捜査してほしい、になっちまったな」
「時代は変わったよな……」
ジャンとセイヤとリサがブツブツと話しているところに、『ゴリラその1』の怒鳴り声が被さる。
「くっちゃべってないで、行くぞ」
特命チームは、警察捜査隊およびファン隊長率いる特戦部隊の後ろに続き、門の外で待機した。
警察捜査隊は門前を取り囲み、工場の責任者を呼び出す。
そのうち、工場長だという人物が何人かの工員らしき者を引き連れて、門までやってきた。
「何の容疑で捜査するんですか」
工場長は捜査を拒否し、抵抗する構えを見せた。
捜査班の班長が説明をする。
「違法物が持ち運ばれているという情報があったんですよ。ほら、捜査令状もあります」
「違法物って何ですか? それが持ち運ばれたという証拠を見せてください」
「裁判所が判断して令状が発行されたんです。強制捜査を開始します」
「横暴だ」
工場長の周りにもシベリカ人らが集まってきて、口々に抗議の声を上げた。
「トウアの警察が我々を弾圧にきた」「シベリカ人差別だ」「事件をでっち上げて、我々を逮捕するつもりだ」「人権侵害だ」「自白剤を打たれて、廃人にさせられるぞ」「シベリカ人への迫害が始まった」「治安部隊を追い出せ」「シベリカ人街から出て行け」
そのうち「出て行け、出て行け」の大合唱が始まり、警察捜査隊の隊員らが敷地内へ入ろうとすると、力ずくで抵抗した。
「トウア人を入れるな。ここはオレたちの場所だ」
シベリカ人らの抵抗は凄まじく、鉄パイプやバットを持ってきて、隊員らを牽制する。
その様子を見ていた『ゴリラその1』は「オレらの出番になるかもな」とつぶやいた。
「公務執行妨害で逮捕する」
警察捜査隊が叫んだが、抵抗するシベリカ人たちの数が圧倒的に多く、一時退却となった。
治安部隊を敷地外に追い出すと、シベリカ人らは門を閉め切り、鉄パイプやバットといった武器を持った武装した集団が門の前に立ちふさがった。
「ここまでやるとは……クロだな……それも工場関係者以外の人間がかなりいそうだ」
ジャンが苦虫をつぶした顔になった。
この工場敷地内に大量の武器があり、万が一シベリカ人らがそれを使って抵抗するようなことになれば長丁場になる。
現場の指揮権は、警察捜査隊から特戦部隊に移った。
特戦部隊ファン隊長は、苛烈な銃撃戦になる可能性も捨てきれないとし、大型防弾盾を操る機動部隊の出動を要請した。
工場敷地は高い塀に囲まれ、その上に有刺鉄線が張り巡らせている。
まずはこの塀を爆破し、3つの班に分かれた機動隊と特戦部隊と特命チームはそれぞれ三方向から敷地内に突入し、倉庫らしき建物を目指すことになった。
機動部隊は大型防弾盾を持ち、特戦部隊と特命チームを防御しながら進む。特戦部隊と特命チームは攻撃を担当する。
最終判断はファン隊長が行うことになるが、現場では軍の特殊訓練を受けている特命チームのリーダーである『ゴリラその1』が指揮を任された。
ファン隊長が『ゴリラその1』に挨拶し、ジャンとセイヤとリサをチラっと見て、かすかに頷く。
――ちなみに特命チームはこのように分かれた――
1班:『ゴリラその1』『メガネ』
2班:『ゴリラその2』『クール』
3班:ジャン、セイヤ、リサ
まもなく機動隊が到着し、その後、各部隊の班長を集められ作戦内容の詳細が伝えられた。
工場敷地内と倉庫内の見取り図を示しながら『ゴリラその1』が指示する。
「機動部隊および特戦部隊と共に倉庫を目指す。塀を爆破したと同時に催涙弾を使用するそうだ。全員、マスク装着。
それでもなお相手の抵抗が激しかった場合、相手が銃を持っていなくても、銃の使用許可が出ている。足や肩を銃撃し、動きを止めろ。こちらの身に危険があると判断したら射殺だ。
相手が銃撃してきた時は機動部隊の大型防弾盾に隠れろ。決して機動部隊より前に出るな、分かったな」
「相手が銃撃してこない場合も、銃が使用できるなんて、ほんと変わったよな」
ジャンが感慨深そうに独りごちた後、顔を曇らせ、こう続けた。
「ま、この前の事件で特戦部隊の犠牲があまりに大きかったからな……」
その言葉を聞いたリサの頭の中に、犠牲となった特戦部隊の元同僚の姿が浮かんだ。
葬儀の時――遺された奥さんはまだ現実を受け止めることができずにいる様子だった。その憔悴しきった姿を見るのは辛く、反対に犯人への怒りが倍加した。
「やっと世間は、治安部隊隊員の人権にも気を使ってくれるようになったということですね」
皮肉をつぶやきながらセイヤも装備を整え、配置に着く。
そして――突入命令が下った。
塀を爆破し、そこから催涙弾を投げ、三方向から同時に、大型防弾盾を持った機動部隊を先頭にして工場敷地内に入った。
特命チームは特戦部隊を援護しながら倉庫を目指す。
その後ろから様子見しながら入ってきた警察捜査隊が催涙弾で苦しみ地に臥せっているシベリカ人たちに手錠をかけ、確保していく。
機動部隊・特戦部隊・特命チームの混合1班が工場前を通ろうとした時、ガスマスクをした一団が工場の影からいきなり現われ、サブマシンガンで襲い掛かってきた。
が、すでに『ゴリラその1』は、あれだけいたはずのシベリカ人が少ないことに気づいており、どこかで本格的に仕掛けてくることを予想していた。大型防弾盾を持った機動部隊が、シベリカ人らのサブマシンガンの銃撃を防ぐ。
「……催涙弾は無効か。本格的に銃撃するしかないな」
『ゴリラその1』が大型防弾盾の間からガスマスクの一団を一人一人正確に撃ち抜いていく。
その様子を見た一団はすぐに引き、工場内に逃げ込み、シャッターを閉めた。
「ちっ、工場から片づけないとならなくなったか」
『ゴリラその1』は、2班と3班に連絡を入れた。
「工場内へサブマシンガンを持った6名が立てこもった。2班と3班は倉庫への突入は待て」
1班と同様に大型防弾盾を操る機動部隊を引き連れた特戦部隊と特命チーム2班・3班はそれぞれ立ち止まる。
『ゴリラその1』の指示が続く。
「2班は工場へ移動し1班の援護を。3班は倉庫前で待機。何か動きがあったら報告しろ」
その指示に従い、『ゴリラその2』と『クール』がいる2班は工場へ向かい、ジャン、セイヤ、リサがいる3班は機動部隊・特戦部隊と共に倉庫前に陣取った。
時間はもう正午過ぎ。空を覆っていた重い雲が裂け、その隙間から光が注がれていた。
倉庫はシャッターが下ろされ、周囲はシンと静まり返っている。
「あそこのトラックも要注意だな」
セイヤは、倉庫脇にあるトラック3台を注視し、気をつけるようジャンらに意見した。
が、その言葉が終わらないうちに、突然、その中の1台のトラックの運転席に人影が現われた。今まで身を伏せていたのだろう。エンジンがかかり、トラックがこちらへ向かってきた。
トラックに突っ込まれたらひとたまりもない。機動隊の大盾防御体制が崩れた。そこを狙われ、もう2台あるトラックの物陰から狙撃された。
機動部隊と特戦部隊の隊員らが撃たれ、機動部隊隊員ごと大型防弾盾が地面に倒れる。盾の防御がなくなった隊員らにさらなる銃弾が襲い掛かった。
セイヤはすばやく地面に倒れていた大型防弾盾を立たせる。
とその時にはもう、前方から迫ってくるトラックに大型銃を構えたジャンが銃撃していた。
トラック運転席にはジャンの放った銃弾が何発も浴びせられ、フロントガラスが飛び散り、運転席から人影が落ちた。トラックはそのままあさっての方向に走り塀に激突する。
運転手を撃った後、すぐにジャンもセイヤの持つ大型防弾盾の陰に隠れたが、その前に右腕を撃たれてしまった。
「あっちにも腕のいい狙撃手がいるようだな」
しかめ面しながらも苦笑いをするジャンだったが、任務を続行できそうになかった。
続けて、2台目のトラックがこちらに向かってきた。
セイヤが立たせている大型防弾盾の陰から、今度はリサが運転手を狙う。
楽勝――リサは一瞬、微笑む。と同時にリサの銃から何発も銃弾が放たれた。
運転席のフロントガラスに穴が開き、右肩をえぐられた運転手がイスにもたれかかる。
2台目のトラックもそのまま塀に激突した。
しかしその間にも、防御が完全に崩れた3班の特戦部隊の隊員らは、もう1台のトラックの陰に潜んでいた狙撃手に次々撃たれていた。防弾ベストやヘルメットに命を守られたものの、腕や脚を撃たれたり、肋骨を折られたりして失神している者もいた。
3班の戦力はあっという間に削られた。
大型防弾盾を立てて低く身を伏せたセイヤは、ファン隊長と『ゴリラその1』に連絡を入れ、応援要請する。
リサは、セイヤが操る大型防弾盾に身を潜めながら銃を構え、もう1台残ったトラックの物陰にいる狙撃手を伺っていた。
と、間を置かず、狙撃手の影が移動した。倉庫の向こう側にある裏口に向かったようだ。リサは盾から身を出し、狙った。
が、狙撃手も振り向き、リサに銃口を向ける。
リサはすぐに盾の影に身を伏せた。と同時に銃声が響いた。
「盾から出るな」
セイヤが怒鳴る。
「……あの少女だ」
リサは銃を抱え込み腰を下ろした。
そう、狙撃手は、おもちゃ売り場で子どもを無差別に銃撃し、特戦部隊の元同僚を手榴弾で殺した『あの少女』だった。
呆然としたものの、リサは即座に気を引き締める。
――そうか、あの少女がここに……。
リサの頬が歪み、引きつるような笑みが現れた。




