第2章 お騒がせミスズ先生
セイヤのリクエストで今日のシジョウ家の夕飯はヒレカツとなり、セイヤもキッチンに立った。ヒレカツにはキャベツの千切り、ということでリサにお願いされたのだ。
細かい包丁さばきは、ハッキリ言ってリサよりセイヤのほうが上手である。
でき上がった料理をテーブルに並べ、二人はさっそく食事を始める。
ヒレカツはサクサクしていて旨かった。ビールによく合う。
テレビを点けてみると、例の子どもへの無差別銃撃および立てこもり事件・爆破事件について、コメンテーターたちが意見を述べていた。
「そういえば、この頃ルイをテレビで見なくなったよね……」
リサはヒレカツを切り分けながら、つぶやいた。
ルイとは何気ないメールのやりとりはしているものの、突っ込んだ話は避けている。二人とも今は「何気ない日常のおしゃべり」に飢えていた。
それに……やはり何かを隠しているふうな壁をルイに感じていた。
――ま、大人になると、打ち明けられないこともけっこう出てくるよね。
そう気を取り直し、リサはテレビに顔を向ける。
この頃のトウア世論は、子どもを銃撃した犯人が少年少女だったことで、少年法の改正、厳罰化を求める動きにあった。未成年者であっても重犯罪の場合、大人と同じ裁きを受け、実名や顔写真も明かすべきであり、早期の事件解明のために自白剤も使用していいのでは、という意見が多数だった。
が、それに対して、またしてもあのミスズ先生が反論し、ほかのコメンテーターたちとやり合っていた。
「犯人とはいえ、少年少女の人権を守るべきですっ」
「被害者の人権はどう考えますか?」
「それはそれ、これはこれですっ。犯人を厳しく罰したからって、被害者が生き返ったり、傷が治ったりするわけじゃないですよねっ」
あまりの無神経な発言にほかのコメンテーターたちは完全に引いていた。
「それとっ、犯人の少年らを銃撃した治安部隊にも反省を求めますっ」
あのサハー氏でさえこのことは追及しなかったが、唯一ミスズ先生だけは口にしていた。
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テレビでこのミスズ先生の発言を聞いたリサは、口に運ぼうとしたヒレカツを思わず落としそうになった。
「えっ、ミスズセンセ、つまり私を非難しているってこと?」
あの時、犯人を撃たなければ、セイヤが撃たれ、リサも撃たれ、放られた赤ん坊は大怪我、もしくは打ち所が悪ければ命を落としただろう。「私たちの人権は?」と問いたくなる。
「何かすごい人だよな、ミスズ先生。いろんな意味で」
セイヤもテレビの中のミスズを見やった。
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番組ではコメンテーターらがミスズ先生にツッコミを入れていた。
「あのですね。治安部隊の方は手榴弾や地雷で殉職しているんですよ。犯人への銃撃は正当防衛でしょ」
「相手が手榴弾や地雷を使ったからといって、こちらも武器を持って銃撃するというのは間違ってますっ。治安部隊が武器を持って攻撃しようとするから相手も武器を使うんですっ」
ミスズ先生も負けずに応えていた。
それに対し、ほかのコメンテーターらは口ぐちに意見し、ミスズに集中砲火を浴びせた。
「いえ、相手のほうが先に武器を持ち攻撃してきたんですよ? 治安部隊はそれを阻止し、犯人を捕まえるために仕方なく銃撃したんです」
「犯人の人権よりも、まず被害者と治安部隊の人権が優先されますよね?」
そんなコメンテーターたちにミスズは言い放つ。
「だからといって~、こちらが戦えば本当の戦争になっちゃいますよっ。戦っちゃダメなんですっ。それに~人権に優先順位はありませんっ。犯人の人権も大切なんですっ」
スタジオは一瞬シーンとなり、その後、さらにコメンテーターたちとミスズ先生の応答が続いた。
「では、犯人におとなしく殺されろと言うのですか?」
「戦わなきゃ、殺されることはないんじゃないですかっ」
「いいえ、何もしていない幼い子どもたちが銃撃されたんですよ。治安部隊に戦うなと言うのは、そんな犯人を野放しにしろって言ってることになりますよ?」
「戦っても根本は解決しませんっ。こういうことが起こらないような社会にするにはどうしたらいいかを考えるんですっ」
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このミスズの言葉で、またもやリサはヒレカツを落としそうになった。
「……戦わなきゃ殺されずに済んだ……戦っても根本は解決しない、だから戦うな……て、学生時代に聞いたサギーの言葉と同じだよね」
そう言って、一旦、ヒレカツを皿に置き、セイヤに顔を向けた。
「そういえば教職員だった時のサギーって『平和と人権を守る教職員連合会』の副会長の座に就いていたっけ……」
リサは改めてサギーのことを思う。
――教職員という仮面を被ったシベリカ工作員サギー。
シベリカ人の彼女は移民としてトウア国籍を手に入れ、未成年養護施設付設学校の教員となり、そこで「戦いは悪だ」という絶対平和教育を施し、力を行使することもある軍と治安部隊への嫌悪感を抱かせるような教育工作を行っていた。
高等部時代のセイヤとリサとルイの担任教師でもあり、ファン隊長に愛人として近づき、ハニートラップを仕掛けていたのも、このサギーだ――。
「この『連合会』も相当胡散臭いな。相当数、サギーみたいな工作員が紛れ込んでいるかもしれないな。というか、工作員に利用されていたんだろうな」
セイヤもビールを飲みながら、学生時代、サギーから受けた『絶対平和教育・人権教育』を思い出していた。
――『あなたは血に染まった手でご飯を食べられますか?』――
当時、サギーのこの問いに「平気です。食べられます」と答えられた生徒は皆無だろう。
もちろん、殺人はいけないことだが、正当防衛、任務としての殺人、刑罰による殺人をも含め、殺人を全否定させる教育が施されていた。
襲われても、戦いを仕掛けられても、ひたすら逃げること、どんな場合でも戦いを拒否することを是とし、平和の象徴として『不戦を貫いたジハーナ人』が奉られた。
そう、正当防衛や任務の上での殺人も悪だとし、罪悪感を植え付けるような教育が巧妙に仕組まれていたのだ。
安定的な公務員への就職希望者は多く、競争率が高いのに、治安部隊と軍への入隊希望者が異常に少ないのはそのためだ。
ただ、トウアが今までは比較的、経済的に豊かで治安がよく、人々が身の危険を感じずに日常生活を営むことができるのが当たり前だったから、この『絶対平和主義』がまかり通っていたとも言える。
20年の活動実績がある『平和と人権を守る教職員連合会』は、トウアに絶対平和教育を浸透させ、人の命を奪うこともありえる治安部隊と軍を否定し、子どもたちに「戦わないこと」を是とする教育を施す教職員たちの組織だ。
シベリカは、トウア国の教員となった工作員を使ってこの組織を起ち上げ、トウア人の教員を上手く丸め込み、長い年月をかけ、トウア人を子どもの時から洗脳し、治安部隊と軍の弱体化を狙ったのだろう。
おそらく、この組織は今までシベリカから裏で相当の支援を受けてきたはずだ。
セイヤは改めて、トウアをターゲットにしたシベリカの戦略に舌を巻いていた。
『教育』は子どもが相手だし、すぐに成果は出ない。成果が表れるまで最低でも10年以上はかかる。
しかし『教育』は人間の根本を作り、社会のありようを変えていく。教育にはそういう力がある。
そんな『教育工作』にもシベリカは手を出していたのだ。そして、それはある程度、成功している。
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テレビではミスズ先生の発言が続いていた。
「そもそも、なぜこういったことが起きたのでしょうかっ。それはトウア人がシベリカ人を差別し、虐め、疎外したからですっ。つまり原因はトウア人のほうにあるんですっ。トウア人が外国人の人権を大切にし、外国人が不満を持たないように同等の権利を与えてこそ根本解決になるんですっ」
一見、正しいように思えるミスズ先生の考えは以前のトウア社会では受け入れられていたが、今は誰もが違和感を持っていた。
なぜそこまでしてトウア人が譲らないといけないのだと。
ほかのコメンテーターたちとミスズ先生のやり取りは終わらなかった。
「では、子どもたちが銃撃されたのは仕方のないことで、トウア人のせいだとおっしゃるのですか?」
「まあ、仕方ないとは言いませんがっ、トウア社会に問題があるから、起きたんですよっ」
「シベリカ人には問題がなく、トウア人に問題があると?」
「だから~、まずは私たちトウア人が反省してこそ、解決への一歩だと思うんですよねっ。大人の対応をしましょうよっ」
「いえ、現実的に考えましょう。犯人を野放しにすれば、第二第三の犠牲者が出ますよね。これを阻止するにはどうしたらいいか? ということなんですよ」
「だから~、犯人の少年たちに、これ以上、犯罪を重ねないでほしいとお願いし、トウア人が今までシベリカ人を虐めたことを反省すれば、犯人たちも許してくれるんじゃないですかっ」
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もうリサはヒレカツを落としそうになることはなかった。
セイヤはテレビ目をやることなくに黙々と食事を続けていた。
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テレビの中のミスズは皆から非難轟々だった。
「あんた、何言ってるんだ? なぜ犯罪者に許しを請うんだ? 犯罪者は捕まえて処罰する、これが社会の原則だ」
「ええと~、犯人を捕まえるというよりも、犯人に自首してもらうのが一番なんじゃないでしょうかっ。平和的解決を考えましょうよっ」
「あんた、それが可能だと思っているのか? ふざけているんじゃないのか? だとしたら最低な人だ。犠牲者に謝れ」
コメンテーターの一人がつかみかからんばかりに怒鳴った。
「それこそ暴言ですっ。あなたこそ私に謝ってくださいっ。平和的解決のどこが間違ってますか? 平和を軽視しないでくださいっ」
ミスズ先生も声を張り上げる。
が、別のコメンテーターも負けてはいない。
「あなたのようなふざけた人に平和を語ってほしくありません」
「私、ふざけてませんっ。代表者として申し上げますがっ『平和と人権を守る教職員連合会』は平和について長年に渡って考察し、子どもたちに教育を施しているんですよっ」
「ええ、ですから『平和と人権を守る教職員連合会』にも大いに疑問を持ってます」
ついに決定的な言葉がテレビを通じて全国に流れた。
そう、誰しもがそう感じていた、ミスズ先生が所属している『平和と人権を守る教職員連合会』の胡散臭さに――
もうトウアは、人々が身の危険を感じずに安全に生活できる社会ではなくなったのだ。そんな中で理想を説いても、それは単なる戯言、まやかしとされてしまうだろう。
だが、その時ミスズ先生が一瞬だけ微笑んだ。
それは「してやったり」という勝利の笑みに見えた。
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セイヤはテレビの中のそんなミスズを凝視した。
「ひょっとして、ミスズ先生って……」
――世間に『教職員連合会』の胡散臭さを知らしめるために、わざとやっている?
ミスズ先生はテレビを利用し、バカっぽさと無神経さを装い、実は『教職員連合会』をつぶそうとしているのでは……。
「いや、考えすぎか……」
セイヤはビールを飲み干し、食事を終えた。
「何?」
リサがヒレカツの最後の一切れを口にする。
「いや、何でもない。ごちそうさま」
セイヤは立ち上がると、汚れた食器を片づけた。早く休まないと明日の仕事に差し支える。
静かで平穏な夜の空気が部屋を包んだ。




