暗号の答えとふくよかなおばさん(語り:愛良ちゃん)
語り手は須田愛良ちゃんです。愛良ではありません。一人称は「私」となっています。少しだけ時間が巻き戻ります。
では今日もいい1日をお過ごしください。
いつもお読みいただき、誠に感謝です。
「本来は数字を入れるべき部分を、英単語で覆い隠しているんだよね」
「うん、Oジュースは3つ、ケーキは2つ。だからEは3でBは2か」
大和君が言って、私はうなずく。怖いウェイトレスに注文を取らなければならない。
「紙とペンを貸してもらえないでしょうか」
「紙とペンですね、はい、どうぞ」
ウェイトレスはにこりと瞬きをせず、私たちを見ている。
「S+Sで10になる。Aは1でSは5。次にS+NでA、5+Nで1になるのは11。Nは6」
「N+0がGになるのは数が一つ繰り上がって、6+1で7になるからか。Gは7」
「税金は32だから、1,071+32で合計1,103、これでどう?」
レシートをウェイトレスに渡すと、彼女は頭を下げ、真っ暗な厨房へ向かった。入口の扉と光が入る窓が消えた。あるのはジュースが入った大きな水槽と、扉だと思っていたクッキーだけ。
「僕たち、閉じ込められたのか」
ギシ、ギシ。真っ暗い厨房からメイドとは違う何かがやってくる。大和君は私と赤ちゃんを守るよう、前に立った。彼の背が大きく感じた。
「アンア、アンア」
理世が真っ暗い方面に対し、マシュマロをつかむ感じで指を動かす。理世の目は閉じたまま、口だけ動いている。
「アンア? もしかしてママ?」
私たちはごくりとつばを飲み込み、真っ暗い部屋に向かって進む。真っ暗い部屋は明かりがない。大和君がどこにいるかはわかる。様々な色がついているのは私と大和君と理世だけ。
ギシギシ、誰かが後ろからついてくる。
「誰?」
答えない。後ろを見ようと思ったのだが、見れなかった。見たらいけない。と、思ったからだ。
「は、反響しているだけなのかも」
大和君が心臓にバイブレーターを入れられたような口調で言った。大和君は後ろを向いていない。
「わーい、ケーキだ」
子供の声が聞こえ、私たちは身構える。
「ママ、イチゴのケーキだね」
「絶対に後ろを振り返らないで」
クシャラカシャ。銀紙をとる音が聞こえる。
「僕はチョコレートケーキを食べたい。お母さん、ありがとう。お父さん、僕の誕生日に買ってくれたんだね。大好き」
この声、大和君に似ている。
「パルミのケーキはおいしいね」
「まっすぐ進みな」
「ママ、どうしてパルミはおいしいの」
「ほとんどが北海道で取れたものだからよ。北海道は季節がはっきりして、後ろを振り返ったらだめ、直接農場と契約をとって、秘伝レシピ通りに作っているからよ」
「忘れてた、ハッピーバースデー美鈴、ハッピーバースデー美鈴、あと少しで光の見える出口、ハッピーバースデーディア美鈴、ハッピーバースデー美鈴」
ハッピーバースデーと関係ない言葉が紛れている。あなたは聞こえない? 私は誰に語り掛けているのかしら。
「光だ」
ろうそくを灯したような光を見て、私たちは走る。光は強く白く染まり、大和君の姿が消えていった。見えないだけ? それとも……
「理世、理世」
目の前に一人のおばさんがいた。あたりを見回すと、風船が空を泳ぎ、リスや小鳥といった小動物が学生服を着て、歌っている。
「あぶう、あぶう、うあああああああ」
理世は空を飛び、おばさんに抱き着いた。おばさんは私に頭を下げる。おなかが膨らんでいるものの、赤ちゃんがいるのとはおそらく違う。
「ありがとうございます」
「あ、あの、これは」
臭い。
「あら、うんちしたのね。今からおむつを取り替えなくちゃ」
おばさんは私の前でおむつを取り替えた。早い。お尻をふいて、変えて、理世を撫でる。
「あの、ここは」
「夢の世界。深いことを気にしなくていいわ。目が覚めたら忘れるから」
おばさんの顔を見る。目と髪の毛は黒く、ふくよかだ。
「いつ覚めるのですか?」
「ああ、もうすぐ光に包まれて、目を覚ますよ。理世、無事でよかったねえ。そうそう、愛良ちゃん」
どうして私の名前を?
「理世をどこで見つけたんだい?」
「わ、わかりません。気が付いたら私の友……だちが、理世ちゃんを抱きかかえていたのです。その子が消えてしまって」
おばさんはうなずく。
「明日谷大和君は夢の世界に戻った。数時間たてば夢から覚めて、どこかで出会える。死んではいない、いや、死にはしないけれど、正しい答えを得るまで、その世界をさまよう」
大和君の名前まで分かっているとは。
「あの、さまよう人はずっとさまよい続けるのでしょうか?」
青い人を思い出し、体を小刻みに揺らすおばさんに尋ねる。
「正しい答えを導いたら、脱出できるよ。あんた、その人に出会ったのかい」
うなずき、青い人をおばさんに話す。
「じゃあ、その人はそろそろ抜けると思うよ。あんたたちを見て『正しい答えにたどりつく』ヒントを得たのだから」
私はあの時、無機物なウェイトレスに差し出した領収書を思い出す。大和君と二人で考えていた。簡単だからよかったけれど、難しい問題だったら、私たちも今頃、あのウェイトレスに食べられて、体がなくなっていたのかな。まぶしい。
「光が強くなった。そろそろ目が覚める時間だ。愛良ちゃん、友達を大切にし、裏切るんじゃないよ」
おばさんは輝く瞳で私を見た。彼女の目、青い。
「起きて午前10時ごろになったら、夢が丘公園に向かうといい。もしかすると」
「あの、あなたは」
「私? 私は――」
まぶしい。私が溶けそう。目を開ける、午前7時。今日は学校がお休み。とても怖くて気持ちの良い夢だった。夢の中で私は制服姿だった。金髪の少女を抱きかかえ、隣には学生服を着た大和君がいた。赤ちゃんの可愛さなど、詳しい情報が脳みそに食べられて、思い出せなくなる。一つだけ覚えている。カフェ『シャルロック』は夢が丘公園の近くだ。あそこでもしかしたら出会えるかもしれない。赤ちゃん、大和君に。
体が軽い。病気が治った。私服に着替える。動きやすいように上半身は「ミッチーマッキー」ブランドの青空Tシャツ、その上から白い綿花100%のカーディガン、下はデニムのハーフパンツに白い靴下。
公園に早歩きでたどり着くと、後ろに見慣れた男の子がいた。学生服でなく、青が入り混じった灰色のカーディガン、茶色のチノパン、後ろ髪を軽く縛っている。私は心臓を左手で押さえ、両足に力をこめ、言った。
「大和君――」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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