偵察
昨日、色々とあったわりには、すっきりとした朝を迎えられた気がした。今日は文化祭前の準備。授業もなく、ただ学校全体が生徒たちの趣向を凝らした出し物でいっぱいにする日だ。この日のミスコンに向けた活動は一切禁止だった。確かに、それを許してしまえば文化祭がただのミスコン大会になりかねない良いルールだと思った。友花莉が部屋から出ると、すでに母親は出かけていた。テーブルの上にはおにぎりが置かれていた。
「おはよう。今日も無理しないでね。」ラップに包まれたおにぎりに立てかけられていた置き手紙を眺めた。多分、母親ははっきりと何があったのか分かっていないはず。正直めちゃくちゃ心配しているはず。なんならもっといろいろ書きたかったかもしれない。でも、友花莉にはこの一言が、憔悴し切った心を癒してくれた。
「ありがとう。いってきます。」今、おそらく仕事をしているであろう母親に向けて小さく呟くと、視界の隅で何かが動いていた。
「のりお。おはよう。」ふわふわの象が手を振っていた。
「いってくるね、のりお。」恐らくあの顔は、帰ったら遊んでくれよと言っていると思った。
学校に到着すると、もうすでに入口の装飾を作り始めていた。辺りからはダンボールやガムテープの匂いが漂っていた。友花莉はこの匂いが嫌いだった。その匂いから一刻も早く離れるために、急いで自転車を駐輪場に停めた。
「あっ。」その場に気まずい空気が流れた。
「廣坂・・・。」
「宮城。おはよう。」友花莉はすぐにでもその場から離れたい理由が増えた。だが、よく分からない気まずさが、友花莉の次の行動を阻止していた。向こうも何を話していいのかわからなそうだった。宮城も特に話がなければ、黙って教室へ行けばいいのに、何か言いたそうに・・・、いや何か言わなきゃいけない、そんな義務感が彼をその場にとどめていたのかもしれない。
「そういえば、」沈黙を先に破ったのは宮城だった。「結果ってどうだった?」恐らく知っているはず。でも、友花莉は知らないであろう体で質問に答えることにした。
「宮城のおかげで、最優秀作品賞を取れたよ。」
「そっか、おめでとう。」よくよく考えれば、最優秀作品賞って凄いことのはずだった。なのに、入賞出来なかったどころか、ボロクソに酷評を言われたようなテンションだった。
「うん、ありがとう。まぁまだ公開されてない情報らしいから、大きな声では言えないけど。」でも、宮城はすでに知っている情報のはず。友花莉はこの会話に意味があるのかわからなかった。宮城はまだ何か言いたそうだった。
「どうかした?」宮城は大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。
「なんで、作者に俺の名前を書いたの?」友花莉はこの質問が来ることを少し予想していた。
「だって、共同製作者だから。嘘はつきたくなくて。」
「でも、そのせいで・・・。」宮城は言葉に詰まった。
「良いじゃん。宮城だってシナリオライターになりたかったんでしょ?」
「でも、そのせいで・・・。」
「私がやったことだから、気にしないで。」ここ数日友花莉は自分に嘘ばかりついていた。本当は、応援の言葉とかをかけたほうが良いのかもしれない。でも、もう嘘はつきたくない。すると、宮城は友花莉の言葉を聞いて、どこか吹っ切れたような清々しい表情を浮かべた。
「もう一個聞いていい?」
「何?」
「あの漫画の権利ってどっちが持ってることになるかなぁ?」すごく言いづらそうだったら、恐らく会社から聞かれて仕方がなく聞いてきたんだろうなと思えた。だが、宮城の人間性を疑いたくなるくらいに、清々しい顔で聞いてきた。だが、現実は現実。何を今友花莉が宮城に言っても何も変わらない。
「好きにしていいよ。宮城にあげる。」またしても嘘をついた。自暴自棄だ。
「ありがとう。悪いようにはしないよ。」宮城はそういうと、足早に去っていった。その足取りは、足枷を解かれた鹿のように軽やかだった。
朝から最悪の気分だった。幸いにもミスコンの準備をしちゃいけないというルールのおかげで、今日はそこまで笑顔を作る必要がなかった。教室ではすでに作業が始まっていた。とはいえ、友花莉のクラスの文化祭担当の生徒が優秀すぎて、ほぼほぼ制作は終わっており、後は設置するだけだった。そのため、友花莉も何をして良いのかわからないこともなく、作業に参加することができた。作業に没頭すれば色々忘れられるであろう、友花莉はそう思っていた。すると、偵察という体でサボっていた男子生徒たちが、大はしゃぎしながら戻ってきた。
「ちょっと、あんたらサボってないで手伝ってよね。」ドラマとかでよく見る光景が目の前で繰り広げられていた。少し変な気分だった。
「偵察って言ったじゃん。」
「はいはい。」女子達は呆れていた。「で、偵察結果は?」もちろん誰も期待なんてしていなかった。苦し紛れに出る言い訳が面白いことを期待していた。
「それがさぁ。一組ってダンスやるじゃん?その練習を体育館でしてたんだけど、クオリティーが高いのなんの。」
「へぇ・・・。」クラスメイト達は、その話を聞いて本番の期待値が上がっていた。
「それだけ?」
「それが・・・、ミスコンの話なんだけど・・・。」
「その話とミスコンがなんの関係があるのよ。」
「ミスコンに出る代表の子なんだけど、どうやら元々俳優事務所に入ってるから、歌とダンスが一人レベチで・・・。」クラスメイトの顔色が曇り始めた。
「多分、あの子がグランプリだと思う。」男子はさらっと言った。
「顔は?かわいいの?」女子達は偵察に行っていた男子の胸ぐらを掴みながら、更なる情報を求めた。
「いや・・・正直俺は可愛いとは思ってなかったんだけど。」他のクラスメイトの男子達も首を傾げたりとはっきりとしない反応をしていた。
「スタイルは?誰にも言わないからはっきりと言いなさい。」
「ちょっと太いと思いました。」なぜか敬語だった。
「正直、廣坂さんとどっちが可愛い?」
「え?」男子の顔は一気にトマトのように赤くなった。
「良いから。」
「廣坂の方が可愛いと思います。」他の男子も顔を赤くしながら頷いた。友花莉も自分で顔が赤くなっているのがわかるくらい、体が熱くなっていた。
「じゃあ、大丈夫よ。うちのノー・・・、廣坂友花莉を舐めんじゃないわよ。」
「でも、うちの学校のミスコンの傾向は・・・。」大きな特技がある方が可能性が高い。今となってみたら、あの漫画を使えばよかった。なんなら数時間前だったら、まだ私にあの漫画の権利があったのに。つくづくタイミングが悪い。
「大丈夫だよ。」どこからともなく暑苦しい声が飛んできた。
「先生?」大久保がピンクのジャージを着て、仁王立ちで教室の入り口に立っていた。
「廣坂はこう見えて頑張り屋なんだ。それは多分みんな分かってると思うけど。」クラスメイトも頷いていた。「自分に興味がないことはからっきしだけどな。」友花莉は恥ずかしかった。でも、不思議と逃げ出したくはならなかった。「でも、今回は私が無理やり選んだのに、引き受けてくれたし、周りのみんなも快く協力してくれた。それは先生すごく嬉しかったぞ。」大久保はちょっと涙ぐんでいた。「そんな廣坂とみんなの頑張りはきっとグランプリを決める審査員にも届いてるはずだから、心配するな。」言葉は気休めでしかないのに、不思議な説得力があった。「それに、私が思うに廣坂は負けず嫌いとみた。こんなことでは怯まないだろ?」昔の自分だったらどうでも良かった。でも、今はあの子の・・・ノースフェイスちゃんのためにも、グランプリを取らないといけなかった。
「頑張ります。」友花莉はどこからか湧いてきた自信を見せつけるような一言を発した。
「よし、じゃあ仕上げは私も手伝うぞ。」
「先生、もうほぼ終わってます。」
「嘘。」大久保はがっかりして、ひどく落ち込んでいた。




