自分らしく
それから数日、ノースフェイスちゃんはあれから一切姿を見せなくなった。だが、のりおは時々、部屋に来ては何かを運んでいたり、呆然と何かを見ていたり、時々友花莉に寄ってきてはたわいのない会話?をしていた。その時も、のりおに彼女のことを聞くことはなかった。顔向けが出来ない・・・。そういうわけではない。罪悪感?どちらにしても、ノースフェイスちゃんは、友花莉のために頑張っていた事実は変わらない。だったら、彼女のためにもたとえどんなはじめ方でも、やり通さなければならない。友花莉の決意は堅かった。今回は特に。そして、ミスコンをやりきる・・・、いや、優勝してから、またノースフェイスちゃんに会う。友花莉は、カレンダーを見た。
「もうすぐ、かぁ・・・。」友花莉の頭の中では二つの事柄が浮かんでいた。一つは、文化祭。もう一つは漫画のコンクールの結果が出る日だ。皮肉にも一日違いだった。友花莉の心拍数が一気に上がっているのを感じた。緊張で押しつぶされそうだった。でも、そうも言っていられない。
「いけるよね。なんとかなるよね。」友花莉の大きな独り言は部屋の隅にいたのりおにも聞こえていた。のりおは、ゆっくりと友花莉の方へ振り返ると、小さな黒くて丸い目をまっすぐに向けながら、短くてもふもふの腕を友花莉に向けてきた。恐らくグッドのポーズをむけているのだと思いながら、友花莉は大きく頷いて「いってきます。」と大きな声で言った。
「もう行くの?いってらっしゃい。」下から母親の寝惚けた声が聞こえてきた。
「あっ、ごめん。行ってくる。」なぜか誤りながら、友花莉は自分のプランより少し早く家を出た。
学校は、いつもより少し人が少なかった。そのせいかいつもよりチャイムが響いて聞こえた。
「こんな時間にチャイムなるんだぁ。」友花莉は学校へ着くや否や、ミスコン優勝に向けた活動を始めた。ノースフェイスちゃんはいつもどんな感じだったのか?記憶はないが、自分なりにやってみることにした。お悩み相談は、ノースフェイスちゃんが言いそうな感じで、壁の装飾はノースフェイスちゃんが選びそうなデザインで、それだけではない。ノースフェイスちゃんがやりそうな新しいアイデア、他のクラスメイトのアイデアもとりあえずやってみることにした。クラスメイトもこの前のことは水に流してくれたような気がしていた。そんなことをしながら、一日があっという間に過ぎて、夕日が校舎を照らしていた。残暑が厳しく日が落ちかけていても、お湯に浸かってるような暑さの中、友花莉は家路に着こうとしていた。
「おつかれー。」一人のクラスメイトの女子が、背後から声をかけてきた。
「おつかれー。」友花莉も全く同じトーンとテンポで返した。
「おつかれー。」
「おつかれー。」続々といつも手伝ってくれているクラスメイトの女子たちが、友花莉のもとに集まってきた。みんなこの暑さにやられたようで、はつらつとしたいつもの声ではなかった。
「今日もよくがんばったなぁ。」一人の言葉にみんなが同調した。友花莉は疲れた表情を浮かべながらも、清々しい表情だった。恐らく今日が文化祭の前に活動する最後の日だと思われた。もちろん不安は残っている。だが、自分として今できる最大限のことはやったと思っていた。もしかしたら、世間はそう甘くないかもしれないが、どんな結果であっても受け入れる覚悟だった。でも、やっぱりグランプリを取りたい。それが本音だ。
すると、廊下の向こうから一人の女子生徒が友花莉たちに近づいてきた。
「ノースフェイスちゃん!」友花莉は周りを見渡した。だが、彼女の姿はなかった。もしかしたら、遠くから私をノースフェイスちゃんと見間違えたのかもしれない。そういえば結局、あれから彼女に会っていない。彼女はどこへ行ってしまったのか?そんなに期間は空いていないが、彼女が恋しかった。その女子生徒はどんどんと近づいてきた。気づけば、友花莉の目の前にたどり着いていた。
「ノースフェイスちゃん、この間はありがとう。」女子生徒は明らかに自分を見ていた。「この前、相談に乗ってくれたやつ。ノースフェイスちゃんのおかげで、彼氏と仲直りできました。それどころかさらに仲良くなれた気がして、ほんと、ノースフェイスちゃん様様!本当にありがとう。」友花莉はなぜこの子はそれを自分に言うのかわからなかった。だが、身に覚えがない気がするが、どこか遠くの記憶にあるような気がする。この子はノースフェイスちゃんと間違えているだろうか?それとも友花莉をノースフェイスちゃんと捉えてしまっているのだろうか?その女子生徒は楽しそうに夕陽の彼方に消えていった。
「さすがノースフェイスちゃん。この調子でいけば、グランプリも間違いないね。」
「ノースフェイスちゃんに戻ってくれてありがとう。」友花莉の頭の中で、今の言葉が反復していた。
「どう言う意味・・・?」クラスメイトたちはキョトン顔で友花莉を見つめていた。逆に友花莉もキョトン顔でみんなを見ていた。
「どう言う意味ってどう言う意味?」
「ごめん、私たち嫌なこと言っちゃった?」友花莉の表情に一人のクラスメイトが、状況を察した。
「ごめん、友花莉は友花莉だよね?変なこと言っちゃった。」夕陽はもう半分くらい沈み、だんだんと薄暗い闇が、学校を包み始めた。
「やばい、今日は早く帰るって言っちゃてたんだった。早く帰ろ。」一人がそう言うと、他の三人もつられるように薄暗い自転車置き場に向かった。
「ごめん、私、ちょっと休んでから帰るから、先帰ってて。」そう言うと、友花莉は急いでその場を離れた。クラスメイトたちの呼ぶ声は、友花莉の耳には届いていたが、心には届かなかった。友花莉は廊下の角を曲がってからさらに走りを加速させた。間に合いそうもない。友花莉はその場にかがみ込むと、久しぶりにものすごい過呼吸に襲われた。カバンから薬を取り出す元気はなさそうだった。こんな時、のりおがいたら・・・。ノースフェイスちゃんがいれば、もっと良かったのに・・・。友花莉は、彼女を求めた。しかし、彼女は来ない。やはり、私はあの子に嫌われてしまったのか?それは仕方がない。彼女の気持ちも知らないで、ミスコンに出るのをやめると言ってしまった。友花莉のためにノースフェイスちゃんは、カップケーキを作ったり、人の相談を親身になって聞いた。いや、それはもしかしたら、私のためではないかもしれない。他人であろうが、困っている人が目の前にいるからこそ、彼女は悩みを聞いていた。手助けをしていた。そう、私が描いた漫画の主人公のように。意識がだんだんと遠くなってきた。自分が何を考えているのかもわからなくなっている。その時、微かに自分を呼ぶ声がした。
「誰だろう?ノースフェイスちゃんかなぁ?きてくれたのかなぁ?謝らなきゃ・・・。」友花莉が次に意識をはっきりさせたのはベッド上だった。家ではないことはすぐに分かった。でも、一回はこのベッドに横になったことがあると思った。
「あら?気がついたみたいね。」聞き覚えがある。あれは転校してきた初日だ。あの時も確か気を失って・・・。
「あれからあなたここの常連さんになっちゃうと思ったら、それからめっきり来なくなって、相当私のことが嫌だったのかなぁ?って落ち込んでたのよ。」確かにそれは少しあったかもしれない。だが、もちろん友花莉はその真実を墓場まで持っていくと決めた。
「ごめんなさい。」友花莉は余計なことを保健室の先生には言わないようにした。
「いや別に良い事だから気にすんじゃないの。」相変わらずの口調にやはり戸惑った。見ると先生の机の上に見覚えのある薬が置いてあった。
「その薬・・・。」友花莉が常備している薬だった。
「これ?私のよ。本当はダメなんだけど、まぁ、大丈夫でしょ。」
「保健室の先生なのに?」
「所詮はそんなもんよ。」友花莉は先生のそのゆるさが羨ましかった。
「でも、なんでそれを?」友花莉は薬を指差した。そういえばこの前も、先生はこの薬のことを知っていた。保健の先生だから当然だと思っていたが、どうやらそうではなさそうだった。
「私もいろいろ大変なのよ。ほら、私ってこういうキャラだからさ。やっぱりいろいろ言われることもあるけど、それも全部軽く受け流すもんだから、いつからか傷つかない人って思われてね。」初めてこの先生の暗い表情を見た。でももしかしたら、これが彼の・・・、彼女の本当の顔なのかもしれないと友花莉は思った。
「傷つかない人なんていないんだけどねぇ。」友花莉は、この先生の強さを感じた。
「で、あなたは?」
「え?」
「その薬が必要だなんて何かあったんでしょ?効きの早さからみても、久しぶりに飲んだんじゃない?」先生の読みは当たっていた。友花莉は、この先生になら相談したいと思えた。でも、今の自分の気持ちをどう言葉にして良いのかわからなかった。
「なんかよくわからなくて・・・。」今の気持ちを一番表している言葉だった。先生は少し嬉しそうな顔をした気がした。
「良いわよ。今思っていることを言葉にしてみたら?わからないでもなんでも。」それが難しいのに・・・。でも、もしかしたら先生が悩んでいる時も、こうして解決への道を辿って行ったのしれない。友花莉は、自分なりに今の気持ちを言葉にしようと試みた。
「なんだろう?不安?怖いのかなぁ?」
「何が怖いの?」
「違うなぁ?」やはり難しい。
「そういえば、あなた今年のミスコンの代表らしいけどそれと何か関係があるの?」あると思う。でも、なんか違う気がした。それでも友花莉はそのことを話してみることにした。
「もしかしたら、私はふさわしくないんじゃないかなぁ?って思うんです。」
「グランプリに?まだわからないじゃない。」先生は笑っていた。
「違うんです。もっと相応しい人が代表として、グランプリを目指すべきって思うんです。」
「なんで、自分はふさわしくないと思うの?」
「だって、私こういうのに消極的だし、そもそも先生からの文化祭の準備に行かなかった罰でやってることだし。」
「なるほど、ってことはその口ぶりからすると、候補がいるってことね?」初めて即答できる質問が来た。
「どう考えてもノースフェイスちゃんです。」
「ノースフェイスちゃん?知らない子だけどなんでその子が?」友花莉は頭の中に、笑顔いっぱいのノースフェイスちゃんが水面のように浮かんできた。
「可愛くて性格も良くて、人の気持ちがわかってて、料理もできるわね。服のセンスもあって、私とは大違い。」言えば言うほど、思い描けば描くほど、あの日の記憶がチラついてきた。そんな子を自分は泣かした。
「でも、もう私のせいでしばらく見ていなくて。」
「見ていない?」
「そうなんですよ。しばらく、会ってないんです。」
「なるほど。あなた、」先生は何かを確信しているような顔をしていた。友花莉は期待半分、緊張半分で続きを待った。「その子になれない、敵わないって思ってるでしょ?」そうなのかもしれない。だから、あの時、ノースフェイスちゃんと勘違いされた時、そんな勘違いをされるほどの人間じゃないと思った半分、ノースフェイスちゃんのように振る舞っているから、私は認められているということに、不安と恐怖を感じていた。
「あなた相当病んでるねぇ。まるで昔の自分を見てるみたい。」それは一体どいう意味なのだろうか?この先生から言われると、なんかいろんな意味に解釈してしまう自分がいた。
「これは教師としてじゃなくて、同じ薬を飲んでる同志として、一つアドバイスよ。」なんかすごく心強く感じた。
「あなたは、あなたよ。どんなに偽っていてもあなたはあなたなの。だから、自分らしくいなさい。」友花莉は今から、この先生のことをゴッド姉と呼ぶことにした。




