幼き日の夢
授業が終わり、友花莉は真っ先に家に帰った。もうミスコンのことなんてどうでも良くなった。気持ちを切り替えて、すぐに原稿を送る準備を始めた。原稿は郵送で送らなければならず、指定の封筒と、同封されているエントリーシートの指定箇所に諸々、記入しなければならなかった。友花莉は一刻も早く、この原稿を出版社に送らなければいけない気がした。それが、自分に課せられた責任だった。この作品は友花莉だけのものではなくなっていたのだ。友花莉は記入欄を埋めると、最後に「共同執筆、作、宮城勝平」と書いて原稿と一緒に封筒に入れた。送り先に住所と、あらかじめ買ってあった切手を貼ると家を飛び出し、速達便のポストに投函した。清々しい気持ちだった。ようやくこの時が来た。友花莉は、自分で自分自身を褒めまくった。そして家に帰ってすぐに出版社の担当の人に、報告の電話を入れた。
「良かったぁ。実は少し心配してたんだけど、無事に提出できて良かったわ。」電話越しでも、わかるくらいに喜んでくれた。
「はい、お待たせして申し訳ございません。」友花莉は頭を下げた。
「じゃあ、結果が分かり次第、公表前だろうがすぐに伝えるね。」
「はい、ありがとうございます。」そういうと、電話はすぐに切れた。友花莉は困ってしまった。ようやくゆっくり寝れると思いきや、今度は、結果が気になって、寝れない夜が続いてしまう。とはいえ、少なくとも今日はゆっくりと眠れそうなくらい、急に疲れが友花莉の全身に襲いかかってきた。
「こりゃまた風邪ひきそうだ。」友花莉はポツリとつぶやいた。
部屋に戻ると、のりおとノースフェイスちゃんもお祝いモード全開だった。
「お疲れ様。よく頑張ったね。」ノースフェイスちゃんは目に涙を浮かべ、より一層目が輝いて見えた。
「なんで泣いてるのよ。」友花莉は笑いながら言った。
「だって、友花莉はずっと頑張ってたじゃん?悩んでたじゃん?それを見てたから、私も完成が嬉しくて。」ノースフェイスちゃんの目からどんどん涙が溢れていた。一方ののりおもふわふわすぎて音はなっていなかったが、一生懸命拍手をしてくれていた。二人とも、恐らく一番近いところで、友花莉の頑張りを見ていたからこそ、友花莉と同じくらいに、もしかしたら、友花莉本人よりも嬉しく感じていたのかもしれない。
「二人とも、応援してくれてありがとうね。」友花莉の心の声が、素直に言葉として発せられた。
「よし、あとはミスコンも優勝して、友花莉の学生生活を有終の美で飾ろうよ。」ノースフェイスちゃんの言葉に、友花莉の顔が少し曇った。
「ちょっと待って。」ノースフェイスちゃんはカレンダーを見つめた。
「もう一週間くらいしかないじゃん。よし、最後は趣向を変えて、サンドウィッチとかにしてみても良いかも。」
「ミスコンのことなんだけど・・・。」友花莉は、楽しそうなノースフェイスちゃんの独り言に、思い切ってメスを入れた気分だった。
「多分、私には無理。」
「何が?」ノースフェイスちゃんは不思議そうな顔をしていたが、何かを察したのかいつもより険しい表情だった。
「ミスコンのこと。私にはやっぱり無理。」友花莉はストレートに答えた。ノースフェイスちゃんは、すごく驚いていた。のりおも心配そうに顔を覗き込みながら、自分を指さしていた。
「多分、のりお味のカップケーキのせいではないと思うわよ。」のりおは一人で胸を撫で下ろしていた。
「でも、どうして?今まで頑張ってきたのに・・・。」
「頑張ってきたって、何をしたのよ。」ノースフェイスちゃんは友花莉の問いに対して、当たり前かのように答えた。
「カップケーキ作ったでしょ?それにお悩み相談会を開いた。あと、学校の掲示装飾も変えたでしょ?あれは大好評だったね。」
「それから?」
「え・・・それくらいだけど、でもカップケーキもお悩み相談会も好評で何回もやったし、最後の方なんて、先生たちまで悩み相談に来てたじゃない?大丈夫よ。ここまで頑張ってきたんだから、どんな結果でも・・・。」
「でも、それは私じゃない。」
「どういうこと?」友花莉は、ようやく自分の中でもやもやと立ち込めていたミスコンへの気持ちを言葉にすることができた。
「あなたなのよ。あなたのおかげなのよ。」ノースフェイスちゃんは戸惑っていた。「私は何もしていない。ただあなたの隣にいただけ。あなたの笑顔にあやかってただけなのよ。」正直なところ、カップケーキ以外ノースフェイスちゃんが言っていたことに、身に覚えがないほど記憶のかけらも残っていなかった。もしかしたら、私はその場にいなかったのかも。いや、そうなのかもしれない。悩み相談も、装飾を変えた時も、ノースフェイスちゃんが友花莉のためにやっていた事なのかもしれない。だとしたら、あのクラスメイトたちの態度も説明がついた。友花莉は「ノースフェイスちゃんだったら良いけど」という言葉で、ノースフェイスちゃんに嫉妬していたのかもしれない。心のどこかで気がついていたことを言葉にされて、友花莉は不愉快だったのかもしれない。だが、事実は事実。友花莉は自分がするべきことがわかった。
「だから、ミスコンの結果を受け取っていいのは、私じゃない。あなたなのよ。私にはその資格がない。」それは当然だった。それが正しい選択・・・のはずなのに・・・。それが、彼女のはずなのに・・・。
「でも、私はあなたの・・・・。」ノースフェイスちゃんは納得していなさそうだった。しかし、それは彼女が優しいからで、彼女のためにはならない・・・はずなのに。友花莉は、話を押し通した。
「だから、私は、ミスコンを辞退する。」最初からそうするべきだった。そもそも興味もなかったし、そんなものに出るような人間でもない。ただ、大久保が学校行事に参加させるためだけに、無理やりやらされていること。それなのにクラスメイトの期待を背負って出場する筋合いもない。だったら、クラスメイトのためにも、ノースフェイスちゃんのような、いかにもミスコンに出て優勝できるような人に出場してもらうべきだ。
「え?何でよ?」ノースフェイスちゃんは、さっきよりも涙が大きな目からこぼれ落ち、目が赤く腫れ上がっていた。
「ごめんね。今まで、私のためにいっぱい頑張ってくれてありがとう。」友花莉は、ノースフェイスちゃんの背中をさすった。しかし、ノースフェイスちゃんはさらに呼吸が荒くなり、嗚咽が出るほどまでに泣きじゃくった。
「ごめんって。本当にごめんって。」友花莉もまさかここまでの反応が来るとは、思っても見なかった。
「じゃあ、」途切れ途切れ泣きながら、話を続けた。 「辞めるなんて言わないでよ。」発作の起こり方が、まるで自分を見ているようだった。
「逆に、なんでそんなに私に出て欲しいのよ。」友花莉は率直にそう思った。こんなに頑張っている彼女の原動力は何なのか?
「だって・・・。」ノースフェイスちゃんの声はうわずった。それをどうにか元に戻そうと、唾を何回か飲み込んで声を整えた。「だって、夢だったじゃん。」
「え?」
「友花莉の夢だったじゃん。ミスコンに出て、優勝するって。小さい頃の夢だったじゃん。」友花莉は心のどこかに空いていた穴が、塞がったような気がした。別に取り組む必要なんて最初からなかった。大久保に言われた時、嫌々でもやる必要はなかった。サボれないたちじゃない。でも、なぜか今まで・・・、ついさっきまで辞める選択肢はなかった。辞めるって言い出した時もどこかで間違っていると言われている気がしていた。
「私が悪い。」
「ノースフェイスちゃん?」明らかに彼女の様子がおかしかった。友花莉は恐る恐る顔を覗き込んだ。
「私が間違ってた。完璧じゃなきゃいけないのに。」ぶつぶつと何かを言いながら、ノースフェイスちゃんは、部屋から出て行ってしまった。




