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親孝行

 それから数日、友花莉は寝込んだ。裁判所に出廷する日になっても、体調は余裕で回復しなかった。だが、友花莉は自分でもよく分からない、使命感のような気持ちで体を奮い立たせた。起き上がる友花莉を、のりおが慌てて寝かそうとする。しかし、小さな象のぬいぐるみでは、さすがに歯が立たずただ引きずられていた。そこへ運良くノースフェイスちゃんが友花莉の奇行に気がついて止めに入った。

 「動いちゃダメよ。ただでさえ体力使うのにそんな身体じゃあ・・・死んじゃうわよ・・・。」ノースフェイスちゃんの顔は真剣だった。だが、友花莉はもっと真剣な顔つきで部屋の外をみていた。

 「行かなきゃ・・・。」朦朧とした意識の中、体を左右に揺らしながらベッドから飛び出した。

 「仕方がないじゃない。また、日を改めようよ。」その時、ノック音が三回。無機質な音は部屋に静けさをもたらした。

 「友花莉体調どう?」母親の声だった。

 「うん、ちょっとしんどいけど大丈夫。」日本語も無茶苦茶な上、声もかなり重症だった。

 「ちょっと、何が大丈夫なのよ。」ノースフェイスちゃんは声を殺しながら、友花莉を叱りつけた。

 「そう・・・。ご飯できたから食べるなら降りておいで。」母親の声に心配が溢れていた。

「わかった。すぐ行く。」そしてその余韻を残しながら母親の足音が遠ざかっていった。

「ちょっと、どうするのよ?そんな身体じゃ話にもならないわよ?」

「大丈夫、なんとかなるから。」

「私が許しません。」ノースフェイスちゃんは今まで見たことない、かわいい般若のお面に似た表情を浮かべていた。のりおも両腰に手を当てて怒りを露わにしていた。

「そんなこと言ったって・・・。こういうのは学校と違うの。体調不良だからって欠席したら、向こうで勝手にいろいろ決められちゃうのよ。」友花莉は、それが向こうの策略かもしれないとまで思っていた。

「でも体調だけじゃない、精神的にも疲弊してるのよ・・・。」正確には、精神的疲弊のせいで体調を崩したと、友花莉は自分の体を分析していた。「そんな状態だって分かってるのに友花莉を送り出したら、自分で自分を嫌いになっちゃうわよ・・・。」のりおがノースフェイスちゃんの背中をさすっていた。

「とりあえずご飯を食べてくるわね。」友花莉はそう言って立ち上がった。しかし、一向に足が地面に付いた感覚が来なかった。

「あれ?どうしたんだろう?」今度は視界が歪みはじめた。「もしかしてまた?」友花莉はバランスを崩し、膝から崩れ落ちた。すると今度は床が一向に近づいてこなかった。

「危ない・・・。」それは、ノースフェイスちゃんが、友花莉を脇で抱えてくれたおかげだった。ノースフェイスちゃんはそのまま、ベッドまで運んで行き、否応なしに友花莉をベッドに寝かせた。のりおも手伝おうと腕を伸ばしていたが、ただバンザイしているようにしか見えないかった。ノースフェイスちゃんが掛け布団を掛けると、友花莉は枕の上で、激しく頭を左右に揺らしていた。

「ごめんだけど、やっぱり私は友花莉を行かせられないわ。」ノースフェイスちゃんの鋭い口調で、友花莉もようやく自分の状態を理解したのか、もう起きあがろうとはしなかった。

「でも、どうしたらいい?行かないわけにも行かないし・・・。」

「そうよねぇ・・・。勝手に友花莉の運命が決められるのは癪に障るわ。」

「ママにこんな状況見られたらきっと、行くなって言われちゃうし・・・。」二人はお互いに知恵を振り絞った。その時、小さな青い象が忙しなく、二人の周りで飛び跳ね始めた。

「どうしたの?のりお?」のりおは、ノースフェイスちゃんに何かを訴え始めた。「ねぇ、なんかのりおが閃いたみたいよ?」友花莉ものりおの様子を観察した。

「なるほど・・・。」

「友花莉、何かわかったの?」友花莉は、のりおの腕を友花莉とノースフェイスちゃんを交互に指している動きから、友花莉の代わりにノースフェイスちゃんが、裁判所に行くことを提案していると捉えた。

「え?ちょっと待ってよ。そんなの私にできっこないよ。」ノースフェイスちゃんがそういうのも無理はなかった。だが、友花莉にはその点については全く心配していなかった。

「大丈夫よ。だってあなたを描いたのは私よ?言わばあなたは私の分身と一緒ってことよ。」

「でも、どうしたら良いのよ・・・。」ノースフェイスちゃんは心配急に顔色が青白くなっていた。

「大丈夫。あなたは私。ノースフェイスちゃんが思った通りに行動したら良いから。」

「全部・・・私が・・・?」友花莉は頷いた。「そう簡単に言うけど・・・。」ノースフェイスちゃんの頭の中で、何かが閃いた。

「そっか。ってことは、二人を仲直りさせることもできるってことよね?」ノースフェイスちゃんは満面の笑みで、友花莉を見た。友花莉は、自分が犯した過ちに気がついた。

「そうだった。この件については、私とあの子で意見が違うんだったわ。」だが、ノースフェイスちゃんはもう部屋から出る寸前だった。

「じゃあ、全部私に任せて友花莉はゆっくりと休んでて。きっと、すべてうまくいくと思うわ。」

「ちょっと待ってノースフェイスちゃん・・・。もう少し他のやり方を・・・。」

「のりお、友花莉のことよろしくね。じゃあ行ってくるね。」友花莉の制止する声は、彼女に届くことなく、扉に阻まれただの振動になって消えた。ドアが閉まる直前、友花莉は「これでまた家族三人で、幸せに暮らせるわよ。」という嬉しそうな独り言が聞こえていた。その瞬間、急にまるで肩から足にかけて、あちこちに枷をつけられたように重く、鈍い痛みが襲った。恐らく心の中では裁判所に出廷しないで良くなったことを安堵しているのかもしれない。それは肉体的な事なのか、精神的な事なのかはっきりとは分からない。もしかしたら両方だったのかも。のりおが布団の上で早く寝ろと言わんばかりに、額を何度も叩いていた。ただ、全く痛くはなかった。友花莉は瞼が重くなると、その重みに抗う事なくゆっくりと瞼を閉じた。すこし、気持ちを落ち着けよう。そう思い再び目を開けると、もうすでに外は西陽が暖かく照らし、これから静かな闇がくることを知らせていた。ふと横を見ると、友花莉の隣でのりおが大の字になって文字通り爆睡していた。友花莉の看病で彼?も疲れていたに違いない。友花莉は優しく撫でると、掛け布団にしている友花莉の腹巻きで、綺麗に優しく巻きつけてあげた。のりおは、全く起きる素振りを見せなかった。友花莉は布団から出た。体はだいぶ軽くなっていたが、身体中の水分が全くないことに気がついた。そのまましっかりとした足どりでリビングに向かうと、ちょうど母親が電話を終えて、リビングに戻るところだった。

「あら、友花莉。寝てたの?そりゃそうよね。あんなプレッシャーで緊張しただろうし。お疲れ。」友花莉は戸惑いながらも、一生懸命話をあわせた。

「うん、ちょっと喉が渇いちゃって。」

「もう良い時間だしご飯にしようか。」

「そうだね。」会話を続けながら、友花莉はさっきの電話の内容が気になって仕方がなかった。

「どうする?今日は作るの面倒だし出前にしちゃおうか。寿司?ステーキ?焼肉にしちゃう?」友花莉はもう我慢できなくなった。

「それよりさっきの電話は?」

「ああ、パパよ。」パパからの連絡にしては、そこまで嫌そうではなかった。

「なんだって?」

「最後のお別れ的な?友花莉によろしくだって。」

「最後の別れ?」

「あとなんか養育費も払うとか言い出してきたけど、それは断った。全くどういう風の吹き回しかね?」

「ってことは・・・?」

「なにが?」母親は不思議そうに友花莉を眺めた。「一応、裁判所から正式に、友花莉の親権は私って事で改めて連絡が来たわよ。」どうやらノースフェイスちゃんは、うまくやったようだ。「それで養育費の支払い命令も出たらしいんだけど、もう関わりたくないし、それに今の稼ぎなら二人で暮らすのに何不自由ないし。」

「そっか。まぁ確かにね。」

「そういえば、なんかあいつ気味悪がってたんだけどなんか言ったの?」

「どういうこと?」話の雲息が怪しくなってきた。

「いや、私もよく分からないんだけど、なんか友花莉があんなふうになったのを自分のせいにするなとか、ヒステリックになっても俺はもう面倒見ないとか?なのに養育費払うってどういうことなのかしらね。なんなら向こうがもう関わりたくないみたいなことを言ってたけど。」ノースフェイスちゃんが、あの裁判所で華麗に空回りしたことが安易に想像できた。「まぁ、なんにせよ一件落着ってことで。」二人の顔はとても安堵した穏やかな表情になっていた。ただ、綺麗さっぱり胸の中にかかっていたモヤが全部消えたわけではない。やはり、これでよかったのかすっきりしない部分がないと言えば嘘だった。でも、これが一番平和的な解決だったと思う。それもこれも、意図せずともノースフェイスちゃんのおかげ。友花莉にとってのヒーローだった。

「あっ!そうだ。」友花莉は何か思い立ち、すぐに部屋に戻った。母親は呆気に取られながら、ピザ屋の出前メニューを眺め、電話をかけ始めていた。部屋に入ると、ノースフェイスちゃんがのりおに愚痴を聞いてもらっていた。

「ねぇ、友花莉も聞いて。私、頑張ったんだよ!」友花莉は黙ってノースフェイスちゃんに抱きついた。ノースフェイスは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに話を続けた。「頑張って仲直りしてまた三人で暮らそうって、誠心誠意で言ったんだよ?なのに、私になんて言ったと思う?」

「なんて?」友花莉は心ここに在らずの返事をした。

「ヒステリック女だって。」確かにそう揶揄するには要素が乏しい気もするが、私がそんなこと言うと思っていなかった父親からしてみたら、まるで別人のようなキャラチェンに動揺しても無理はないと思った。だが、それはもう過去の話。友花莉は、宮城からもらったシナリオノートを開き、自分も何かを書き足していった。友花莉の目標は自分で描いた漫画を出版社に見せて、内定をとり、自分の好きなことで食べていく・・・そう、父親ができなかったこと。それを達成させることが、父親への親孝行っていうのは、綺麗事すぎるだろうか?


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