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絵の少女とぬいぐるみ  作者: マフィン
ノースフェイスとぬいぐるみ
12/34

体育祭

「友花莉、早く起きて。今日はいつもより早く行かないと遅刻だよ。」朝からかわいいノースフェイスちゃんの声と、のりおのやわらかいクリームパンハンドの感触で目覚められる自分はなんて幸せ者なんだろう?今日でなければ・・・。友花莉はそう思いながら、重いまぶたをこじ開けた。まだ窓の外は薄明るい程度で、少し肌寒そうな雰囲気だった。

「やっと起きた。今日は体育祭だよ。早く水筒とかお弁当の準備しなくちゃ。」ノースフェイスちゃんとのりおは、まるで朝から旅行に出かけるかのように体を小刻みに縦に揺らしながら、友花莉の体をゆすった。

「ごめん、今日は学校休むよ。弁当とかは用意してあげるから二人で行っておいで。」友花莉は再び閉じようとするまぶたを必死に開けながら、ベッドから出てキッチンへと向かった。昨日料理担当だった友花莉は、いつもより多めにおかずを作り、今日の弁当に備えていた。一方、のりおとノースフェイスちゃんは、お互いの顔を見合わせると、急いで友花莉の後を追った。

「なんで?今日は体育祭だよ?しかも友花莉はクラス対抗リレーのアンカーなんでしょ?友花莉が居なきゃ優勝できないよ!」ノースフェイスちゃんに賛同するように、のりおは友花莉の足元をドラマーのように両手で何度も叩いていた。もちろん痛くなかった。

「前も言ったけど、私はこの運動神経で嫌な思いをしたの。だから、同じ過ちを繰り返さないだけ。」ノースフェイスちゃんは、友花莉の中学の体育祭で起きたことをすっかり忘れていた。

「そうだったね。ごめんなさい。ただ私は友花莉と一緒に体育祭を楽しみたかっただけだから、悪気はないの。許して。」ノースフェイスちゃんの目に光るものが見えた。友花莉はその顔をじっと見つめた。

「そんな顔してもダメなものはダメだよ?」

「なんでよ!ゆちゃん!最近これ効かなくなっちゃったよね?」

「それだけ私にとって譲れない事なのよ。」友花莉はそう言いながら、着々とお弁当の支度を進め、キッチンには茹でたウィンナーやチーズが入った卵焼きの香ばしい香りが漂っていはじめた。

「でも、友花莉は負けず嫌いでしょ?自分が出ないで負けても良いの?」のりおも激しく頷いた。

「そもそも参加しなければ、そんな気持ちにならないから大丈夫です。」弁当箱に弁当を詰め終えると、小さな手提げ袋に弁当と水筒を入れて、ノースフェイスちゃんに渡した。

「とは言っても、体育祭が楽しい事は変わらないから、いっぱい楽しんでおいで。帰ったら話聞かせてね。」

「分かった・・・。行こうのりお。」のりおはつまらなそうに右腕を横に振ると、ノースフェイスのカバンに入り込んだ。

「いってらっしゃい。」友花莉の声かけにノースフェイスちゃんは、笑顔で手を振って学校へと向かった。友花莉は、まるで我が子を送り出す母のような気分を先行体験することができた。時計を見たらまだ六時だった。もう一眠りしてから作業に入ろうなんて考えながら大きなあくびをしていると、母親が部屋から出てきた。

「おはよう。あれ?学校は?」

「今日は体育祭。」その一言で母親は、何が言いたいか察しがついた。

「昨日の晩御飯の量からして、てっきりお弁当でも作るのかと思った。」

「作ったよ。キッチンにあるから持って行ってね。おやすみ。」友花莉自身は、すでに部屋の中から声をかけていた。そして気づけば十時。随分と長い二度寝を経てキッチンへ向かうと、母親に作った弁当箱は無くなっていた。友花莉は笑顔を浮かべながら、部屋に戻り作業机に座った。あれから無欠席で土日も学校で作業をしていた友花莉は、久しぶりにこの作業机に腰をかけた気がした。もうすでに描かなければいけない事は決まっている。ここまで簡単な事なんてなかった。だがどうしても作業が捗らない。友花莉は不思議な感覚に陥っていた。何もしていないのに、楽しい、嬉しい、そして悔しい気持ちが押し寄せてきていた。まるで体育祭に参加しているかのような感覚だった。それが一旦落ち着いたのは昼過ぎごろ。ちょうど体育祭の昼休憩だった。とはいえ、全くさっきの感情が起こっていないわけではなかった。微かに感じる。むしろさっきより悔しさは一段と強くなっている気がした。

「もしかして負けてる?」友花莉はそうつぶやいた。どうやら友花莉の予想は正しかった。友花莉やノースフェイスちゃんのクラスは、トップのクラスと五百点ほどの差をつけて二位だった。

「大丈夫、大丈夫。まだ二位だから勝てるよ。」大久保は、相変わらず生徒以上に盛り上がっていた。確かに体育祭の五百点なんて微々たる差だったが、午後はほぼダンスや組体操など、得点になる競技がなく、残っているのは一年生の玉入れと男子に騎馬戦、女子の綱引き。そしてクラス対抗リレーだけだった。だが、リレーは欠席している友花莉に加え、クラスで唯一の陸上部かつ、百メートル走の選手が二人三脚で捻挫してしまった。しかもそれに加えて、トップのクラスには、陸上部が勢揃いしており、それに唯一勝てるのが友花莉だった。正直リレーは望み薄状態。そんな雰囲気で午後の後半戦が始まった。一年生の玉入れが始まるとノースフェイスちゃんは近くまで行き、黄色い声援を送った。結果は二位でトップのクラスは三位だった。謎に最下位チームが善戦したせいか、順位変動は起きなかった。そしていよいよ騎馬戦の角笛の合図が校庭に響き渡った。上裸になった男子たちが騎馬を組み、続々と戦場に入って行った。皆この日のために腹筋ばかりを鍛えまくり、女子モテボディを仕上げてきていたが、残念ながら女子が求めているのは勝利という結果だった。そんな中、ガリガリの宮城が騎馬の上に乗って登場した際には、ノースフェイスちゃんは驚いてしまい、思わず「気をつけてねぇ。」という相手にとって屈辱的な声援を送ってしまった。早速一回戦目が始まった。両者共に回り込む騎馬や真正面から攻め込む騎馬が入り混じり、一回戦から乱戦が繰り広げられた。男の低く荒々しい掛け声が飛び交い、それを包むかのように女子の黄色い声援が、男たちを鼓舞した。目指すは騎馬の上の人間が被っている帽子。続々と帽子を取られた男たちが帰ってきた。終了の合図が聞こえると、命かながら生き残った騎馬達が、組まれた状態で帰ってきた。その中には宮城もいた。友花莉たちのクラスは三騎しか残っていない。だが、相手はそれよりも少ない一騎しか残っておらず、一回戦目は勝利を納めることが出来た。男たちは、すぐに次の試合に気持ちを切り替えていた。二回戦目は呆気なく勝利をおさめ、女子たちの声援も歓声、から順調に通過点の突破を果たした事の確認のように感じた。そしていよいよ決勝戦。相手はもちろんトップのチーム。相手に不足はなかった。そんな中男たちは、宮城と何か話していた。宮城は最初は何かを拒否していたが、結局渋々合意していた。ノースフェイスちゃんは心配になった。最終戦は大将の帽子を取ると、大幅な特典を獲得できる特別ルールだった。いざ戦場に男たちが騎馬を組んで入ってきたとき、女子たちは騒然とし始めた。なんと大将の証であるビブスをあろうことか、宮城が着て現れたのだ。女子たちは口々に心配の声を漏らした。だが、ノースフェイスちゃんだけは、彼を積極的に応援した。それにつられた他の女子たちも、宮城コールをし始め一気にプレッシャーが宮城に降りかかってきた。宮城は自他ともに認める陰キャで、恐らく相手の格好の的になる事は容易に想像がついた。相手からの余裕のある雰囲気を感じ取りながら、開始の合図を待つ宮城の手のひらは、まるで手を洗ってきたかのようにびっしょりだった。そして、運命の角笛が鳴り響くと、相手は予想通り一斉に宮城に襲いかかった。まずは相手の大将が真正面から宮城に攻め込んだ。宮城は恐怖で目がすわっていたが、勇敢に対峙していた。だがその後、副官のように両サイドからも騎馬が宮城の騎馬に近づき、一気に囲まれてしまった。その時、宮城に気を取られていた副官ニ騎の帽子を華麗に自チームのニ騎が奪い去った。相手の大将はあまりに突然のことで呆気にとられていたその隙をつくように、宮城が相手の大将の帽子を掻っ攫った。大将副官三騎を呆気なく倒してしまい、クラスの女子達は大興奮だった。そこから大将の首を取り、先輩の仇を討とうと、二年生や一年生集団が、こぞって宮城に向かってきたが、それを同学年の同じ組の騎馬が、先輩の背を追うように奪った。宮城は三騎を相手にしながらも、全く帽子が取られる様子がなかった。宮城の防御力のおかげで大半の騎馬が残った状態で、試合終了の合図が出された。男たちは宮城コールで勝利を確信していた。そして結果が伝えられると、早速宮城の胴上げが始まった。誰もが優勝の希望を見出していた。だが、その次の綱引きで事件は起きた。なんと一回戦で負けてしまったのだ。原因はノースフェイスちゃんだった。どうやら宮城の見事な快進撃で気合が入りすぎたせいか、綱を持った瞬間に大きく転んでしまい、それに巻き込まれる形でその周辺が一斉に転倒してしまったようだ。あっさり大敗してしまい、砂まみれで膝に擦り傷を作った女子たちは涙を流していた。それは膝の痛みではない事くらい、鈍感な男子たちでも理解していた。だが、幸いにもトップのクラスも三位とあまり奮わない結果だった。そして残すところはリレーのみとなった。ノースフェイスちゃんはひとまず、膝の怪我を洗うために水道で膝に水を当てていた。水が適温に感じる。恐らく相当日焼けしている証拠だった。のりおが心配そうな顔をしていた。

「大丈夫。痛くないから・・・。」そう言いながら涙を流していた。のりおは優しくノースフェイスちゃんの頭を撫でた。

「せっかく宮城君たちが頑張ったのに、私のせいで・・・。みんなを怪我させた。私のせいで・・・負けた。」ノースフェイスちゃんは、一生懸命涙を堪えていた。

「もしこの後のリレーでも負けちゃったら・・・」のりおは自分がリレーで走ると主張するように、思いっきり両手を振っていた。

「のりお、それじゃあ足りないよ。もっと大きく振らないと。」のりおは少し頷くと言われた通りに腕を大きく振り始めたが、ふと何かに気がつき声のする方を見た。そこには体操着姿の友花莉が立っていた。

「友花莉。来てくれたの?」

「悔しい気持ちが伝わってきて、いてもたってもいられなくてね。」のりおは短い両手を上に高々と上げて、何度も万歳をしていた。正直、来る必要はないと思っていた。しかし、悔しい気持ちを抱えている以上、それを払拭しなければ何もする気にならなかったのだ。また、いじめられるかも。でもあと一年もないし。今は味方になってくれる人がいる。友花莉が勇ましく校庭に入ると、自他チーム共にどよめいた。そしていよいよクラス対抗リレーのスタートの合図を告げるピストルの引き金が引かれた。トップのチームは序盤から陸上部を出す本気ぶりだった。かなり差をつけて一位の状態で第二走者にバトンを渡した。トップのチームはそのままの勢いを保ったまま、第三走者までまっしぐらだった。その間、後ろでも激しい小競り合いが繰り広げられていた。だが、優勝するには、このリレーで一位を取らなければならないのは確実だった。校庭は段々と砂埃が舞い、次第にあたりが霞んできた。そして校庭トラック半周の差をつけて、トップチームのアンカーが走り始めた。友花莉もスタートラインで前の走者の到着を待った。そして一人また友花莉より先にスタートした。そしてようやく砂まみれの前の走者が、友花莉の前に現れた。どうやら転倒したようだった。最後は校庭トラック一周。もうすでにトップのチームは半分に差し掛かるくらいだった。前の走者は目に涙を浮かべていたが、友花莉はそんな事は気にしていなかった。バトンを握った友花莉は、疾風の如く走り出した。こんなに全力疾走したのは何年ぶりだろうか?友花莉の中では、数々の罵詈雑言が響き渡っていた。

「何よ?結局あんたが目立ちたいだけじゃん。」

「最後にあんな大差つけるなんて相手が可哀想。」

「人の気持ちがわからない人なんて相手にしちゃいけないわ。」

「キモい。」

「うざい」

「消えろ」友花莉は自分の運動神経のせいで、数々の悪口を言われてきた。その悪口と共に、彼ら彼女らの嫌な顔も浮かんできた。だが、その中で一つの輝く笑顔の少女がいた。そう、彼女だけは絶対に裏切ったりしない。気付けば友花莉は、トップチームのアンカーの背中を捉えていた。あと数メートル。それを抜くのは、友花莉にとって造作もなかった。そして友花莉はリレーメンバーに抱きしめられていた。久しぶりすぎて、息があがってしまったが、無事に完走できた。いや、それ以上のことをしたのかも。自チームは結果発表が待ち遠しかった。しかし、それから一時間後、彼らは教室で泣きじゃくっていた。総合結果は二位だった。点数は数十点の差だった。ノースフェイスちゃん含め女子は、男子に平謝りだった。もちろん男子は誰も怒ってなどいなかった。

「みんなお疲れ!最高の戦いだったなぁ。」大久保が相変わらず空気を読まずに入ってきたかと思うと、急顔色を変えた。それに気づいたのは恐らく友花莉だけだった。

「悔しいよな?悔しいよ。先生も悔しい。」大久保の声が少し上ずった。「でも悔しいってことは、それだけ全力を出し切ったってことだよ。それだけみんなで全力をあげて取り組めるってすごい事だぞ。」どこからともなく聞こえてきた優勝したトップのチームの歓喜の声が、鼻をすする音を助長させた。

「それより、自分たちの健闘を讃えて笑顔で体育祭を終わらせないと、せっかくの思い出が台無しだぞ!先生ちゃんとデジカメ持ってきたんだから、みんなのいい写真撮らせてよ。」大久保の言葉に、みんな少しずつ笑顔を取り戻した。

「ほら、真ん中に集まって!撮るよ。」みんなおろおろと教室の前方真ん中に集まり出した。友花莉は初めて、大久保の言うことに共感できた。

「そういえばみんなが思う今回のMVPは誰?」クラス全員気持ちは一つだった。

「廣坂さんと宮城くんです。」

「よしじゃあ二人真ん中。」大久保はまた友花莉の嫌がることを言っていた。でも、今日ぐらいは許しても良いかもと友花莉は思っていた。友花莉が横目で宮城を見ると、宮城も同じことを考えてそうな渋い顔をしていた。そしてなぜか恥ずかしい感じが、体中をむずむずさせた。

「よし撮るぞ!」大久保にシャッターを押された、体育祭後の集合写真に写る真ん中のMVPの二人は、仲良く目をつぶっていた。


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