中間テスト
学校生活は滞りなく続いていた。ノースフェイスちゃんは相変わらず人気者だった。どんなタイミングで話しかけても、笑顔で気の利いた答えを返してくるかわいい女の子に、みんなメロメロだった。男子は下品な下ネタを言わず、一国の王族のように振る舞った。だが、それに対して他の女子たちが嫉妬することはなかった。なぜなら、男子たちは彼女に嫌われたくない一心で、他の女子にも同じような対応をするからだ。それをしなかった陸上部の五味淵は、男女から厳しい迫害を受け、クラスで孤立していた。ノースフェイスちゃんは一ヶ月足らずで、クラス全員を支配してしまった。だが、ノースフェイスちゃんは満足していなかった。そもそも彼女はそれを望んで愛想をふりまいていたわけではない。まぁそれがさらに魅力的に映っているのだが、彼女は友花莉がつまらなそうにしていることだけが、とても気がかりだった。当の友花莉はというと、ノースフェイスちゃんが気にするほど気を病んでいるわけではなくむしろ、クラスの脚光を浴びることなく、自分の作業に集中できたし、家で作業しているよりも捗るときもあった。なにより放課後の漫画研究部での宮城との活動が、一番有意義な時間を送れていたことにとても満足していた。宮城からのアイディアに対して素早く絵を描き、それを見た宮城が満足そうにまた意見を出す、その繰り返しは友花莉にとって、自分の技術を活かしてさらにステップアップができるし、何より自分の価値を実感できる時間だった。とはいえ学校はあくまで勉強する場所である。その事実を再確認させようとするかのように、もうすぐ一学期の中間テストという催しが開催されるようだった。響きから最悪なこの催しまであと一週間。各部活はテストに向けて、一時的な停止期間が設けられ、各授業ではテストに向けてのまとめのような内容が展開されていた。友花莉がそれに気がついた時には、残念ながらもう手遅れだった。まるで真ん中の数話を見逃したアニメの最終回を見ているような気分だった。友花莉は一旦冷静になろうと深呼吸をした。こんな境遇になっているのは何も私だけではないはずだ。それこそ宮城なんて停止期間を無視して活動をしてるくらいだから、勉強なんてしていないはずだ。しかし、それは大きな間違いだったと気づいたのは英語の時間だった。英語の担当教師は良心的にも小テストなる模擬試験を行なってくれたのだ。それのおかげで、友花莉はしっかりと自分の壊滅的な学力に気づけた。
「お前、やばくね?」隣にいた宮城が採点された答案を覗き込んできた。正直ごもっともすぎて返す言葉がなかった。
「宮城は?」友花莉は下か、同じくらいの答案を見て安心したい一心だった。そもそもやばいと言われた時点で上であることは確定していたが、放課後あんなにいつも制作に取り組んでいたのだから、よくて六割くら・・・。
「満点。」ぶっきらぼうの無感情な声と、答案全体に大きく描かれた丸が友花莉の心を思いっきりしめつけた。
「すごい・・・。」友花莉は小さく拍手した。
「いや、感心してる場合じゃなくね?テストまであと一週間くらいだろ?」そして友花莉にとって最悪な提案をされた。「うちは正式な部活じゃないから、免れてたけど、うちも今日から一旦活動休止するかぁ。」
「いや、ちょっと待って!大丈夫だから・・・。」友花莉は必死だった。自分の我が子を奪われそうな気持ちだった。
「いやでも、言われてみたらお前ずっと授業聞いてないもんな。多分全部の教科そんな感じだったら今後の活動に響くだろうし、こっちとしても赤点取られて補習に行かれても困るから。」言い方はきつかったが、ごもっともなご意見だった。友花莉は昔から運動は得意だったが、勉強はからっきし。前回の学校でも授業を聞いていたにも関わらず、赤点ギリギリのラインをせめていたのだから、授業を受けていない今なら、赤点を取るのは確実だ。そしてその全く同じことを、職員室で天敵大久保にも告げられた。職員室の大久保の机の隣に座らされた友花莉は、何かの用事で入ってくる生徒に、まるで犯罪者を見るような目で見られていた。友花莉はなぜ担当教科でもない大久保が、自分の担当クラスの生徒の成績を把握しているのか。生徒思いというのか、過保護というのか少なくとも友花莉にとっては良い迷惑だと思っていた。
「廣坂さん。どうした?どの教科の先生も口々に廣坂が授業中に内職してるって言ってるぞ?でも、何か問題を聞いたらちゃんと答えるから、授業は理解してると思っていたらしいが、それで結局この前の英語の小テストの結果じゃあなぁ・・・。」漫画を描いている事がバレている事にさすがの友花莉も少し反省の色を見せた。自分ではしっかり完璧に隠していたと思っていた。メモをとっているように見せるために、先生の発言に対して手を動かすなど工夫していた。しかし、教師たちからすると、それが逆に不自然だったのだ。友花莉は全力で申し訳ない顔を作った。「廣坂さん。」大久保は友花莉の顔を覗き込んだ。「正直先生は驚いてます。だってクラスではうまくやっているように見えてたから。」友花莉は今に発言に、色々と違和感を感じていた。すると大久保の口調が、急に何か確信をつくような堂々とした口調に変わった。「でもやっぱり、環境が変わると気持ちがソワソワしちゃって、なかなかうまく行動できなかったりするよな。」大久保はどうやら友花莉のポテンシャルではなく、環境の変化によるストレスで、勉強ができないと解釈してくれているようだった。よく分からないが、友花莉としては好都合だった。
「まぁ・・・そうですねぇ。」友花莉は当たり障りのない返答をした。すると急に大久保は友花莉の両肩に優しく手を置いた。
「転校して、急に環境が変わっていろいろあると思うけど、先生は廣坂の味方だからな。」大久保の一方的な発言に、友花莉は引きつった笑顔で返した。
「ありがとうございます。」
「よし、じゃあ放課後の貴重な時間を使わせちゃってごめんね。来週のテストに向けて、頑張ろう。」
「はい、失礼します。」友花莉は丁寧に挨拶すると、雑務に追われた先生たちに別れを告げ職員室から出ようとした。
「あ、そうだ!廣坂さん。」友花莉は、足を止めた。「この前の体育の百メートルのタイム良かったから、体育祭のクラス対抗リレーの選抜に入ってるから頑張ってね。」
「私・・・ですか?」消え入りそうな友花莉の声は、大久保には届いていなかった。
「体育は申し分ないんだけどなぁ・・・。」友花莉は、大久保を恨んだのはもちろんだが、自分の負けず嫌いさも同時に恨んだ。確かに先々週の体育の時にやった百メートル走は、誰一人友花莉を抜く事ができなかった。もちろん手をぬけばよかったのだが、友花莉の性格がそれを許さなかった。友花莉は、帰り道の記憶がなかった。良く交通事故に遭わず、無事に帰って来れたと自分で自分を褒めた。いつもなら今頃作業に没頭できている時間だったが、今日は残念ながら家の机で勉強ノートと睨めっこをしなければならない。そもそも、勉強をするにしても何して良いのかわからなかった。教科書を読んでも知識を入れる分には申し分ないのだろうが、テストは基本的にノートから出題される事が多い。つまり、ノートをとっていない友花莉にとってはかなり絶望的な状況だった。友花莉が絶望に打ちひしがれていると、突然、のりおが短い手足を上手に使いながら、机の上に登ってきた。
「のりおぉおおお!」友花莉は一生懸命机に登ってきたのりおを見て、思わず抱きついた。のりおは食べられると思い、全力で友花莉を叩いていたが友花莉はそれすら気づかない程微弱なものだった。
「のりお、助けて〜。テストがもうすぐなのに、ノートも何もとってないから何して良いかわからない。どうしたら良い?」のりおに聞いたって何もならないことくらいは分かっていた。他の人に言えば、自業自得で片付けられるのは目に見えている。特に、宮城に言ったら、どんな鋭利な言葉が飛んでくるか分かったもんではなかった。その時、のりおが何かカバンの中を指さした。
「そう、これがノートよ。それがどうしたの?」のりおは一生懸命に何かを訴えてた。
「ノートを見て欲しいみたいよ?」急にノースフェイスちゃんが部屋に入ってきた。
「ノートを見たって無駄よ。だって何も書いてないんだから白紙に・・・。」そう言いながら、なんとなしにノートを開くと、なんとそのページにはぎっしりと文字が書かれていた。しかも一ページではなく数ページにわたって、展開されており、よく見るとその内容は、主要五教科の授業内容だった。
「え?なんで?」代わりにノースフェイスちゃんが答えた。
「のりおは、最初の課題のプリントが全然できてなかったことが悔しかったらしくて、それでいっぱい勉強してたのよ。」ノースフェイスちゃんが説明をすると、のりおは大きく頷いた。「だから、このノートを見て勉強しろって言ってるみたいよ?」そんな奇跡みたいな話を、友花莉は理解するのに時間が必要だった。のりおは得意げにノートを開くと、ノートの内容を指差した。
「どうしたの?」
「教えてるみたいよ?」ノースフェイスちゃんは笑いながらそう言うと、優しくてのりおを撫でた。
「のりお、私が通訳するわね。」のりおは片手間に腕を上げて返事をすると、さらに講義を続けた。こうして残りのテスト勉強期間の放課後は、のりおによる猛特訓が行われていた。のりおの特訓は夜遅くまで続き、学校ではあくびが止まらなかった。だがそのおかげで、とりあえずテスト前の数日間の内容はしっかりと理解する事ができた。そして、テスト当日。友花莉は、自信に満ち溢れた気持ちで登校していた。周りでは耳を塞ぎながら歩いている生徒や、直前までノートや教科書を見ていたり、山を張ったと自慢したりと、皆テストのことで頭がいっぱいになっていた。まず最初の科目は国語の古文だ。のりおに言われた通り、古文の物語の内容を要約できるようにしていたため、現代文感覚でスムーズに解く事ができた。単語問題も文脈判断で、記憶の鎖を引っ張り出した。二教科目は社会。社会はノートの内容がそのまま穴埋め問題で出題されていた。これまた特訓の成果が友花莉の手を自然と動かした。そして今日の最後の教科である理科は、少し難易度が高めだった。確かに先生から意地悪問題を出題すると言われていたが、その意地悪問題は、どこぞの大学の入試問題だった。だが友花莉はそれを見てびっくりしていた。なんとそれは、昨日のりおが出した問題の内容そのままだったからだ。あの象は只者ではなかった。一日目が終了し、その夜は二日目に備える特訓が行われた。残り二教科というだけで心に余裕ができるはずだったが、残念ながら友花莉の心の余裕はすぐになくなってしまった。なぜなら、なんと明日までに提出しなければならない数学の課題を忘れていたからだ。
「のりお、まさかだけど、課題やっててくれてたりしないよね?」さすがののりおも、そこまでしてはいなかった。結局、特訓時間は全てその課題を終わらせるために費やされた。だがそのおかげで、数学のテストは、昨日やった課題がまるまる出題されたおかげで、半分くらい時間を余らせて答案を埋める事ができた。だが問題はその後の英語だった。前回の小テストの残念さと言ったら、あれは三ヶ月そこらの怠惰の結果ではない事は分かっていた。裏返された問題用紙を見つめながら、自分の鼓動で体が動いているのを感じた。チャイムが鳴り、答案をめくった瞬間、各所からため息混じりに笑いが起こった。その気持ちは友花莉も一緒だった。小テストと春休みの課題が丸々一枚の紙に印刷されていた。
「嘘だ!信じないぞ。」友花莉は何か違いがあるのではないかと油断せず、問題を眺めた。しかし、どう頑張っても違いを見つける事ができず、ある程度覚えていた回答をそのまま答案用紙に書き写した。全て書き終えると、どこからもシャーペンを動かしている音は聞こえてこなかった。それどころか心なしかテスト勉強期間の終わりを感じ、浮ついた気持ちが周りから伝わってきた。そしてチャイムが鳴り、全日程のテストの終わりを告げた。あとは各授業で解答返却されるのを待つだけだ。これから先生たちは生徒のプレッシャーを感じながら、丸つけ作業に追われる土日を過ごす事になるであろう。生徒が頑張った分、今度は教師の番ということだ。そして久しぶりに漫画制作に取り組めるようになった喜びを噛み締めながら、友花莉は一週間の遅れを取り戻さんばかりに、すぐに漫画を描き進めた。それから土日を挟んだ月曜日。友花莉は再び職員室に呼ばれた。今度はちゃんと教師たちから犯罪者の目を向けられていた。大久保の机の上には五教科の友花莉の答案が置かれていた。
「先生もこんなことを言いたくないんだけど、これはちょっと見過ごせないなぁ。」友花莉はきょとんとした顔で大久保を見た。答案をよく見ると、すべての教科が満点だった。その時点で友花莉は、察しがついてしまった。友花莉はあまりにも出来が良すぎたせいで、カンニングを疑われてしまったのだ。ただすぐにその疑いは、友花莉の弁解によって晴らす事ができたが、残念ながらさらに勉強と大久保が嫌いになった。




