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絵の少女とぬいぐるみ  作者: マフィン
ノースフェイスとぬいぐるみ
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癒えない傷跡

「お帰り。思ったより遅かったわねぇ。」母親は少し嬉しそうだった。娘が学校生活を存分に満喫している様子は、自分より帰りが遅い時点で明白だった。

 「あ、ごめん。夕飯作るわ。」どう見ても母親はもう既に夕飯の準備を半分以上は終わらせていた。母親はなぜか大笑いした。だが、そんなことも我関せず洗面所で手を洗い終えると、洗濯機に掛かっていたエプロンを身につけた。

 「ごめん、今日は私が作る日だったのに。ちょっと部活の見学をしてて。」友花莉は瞬時に今母親が何を作ろうとしてて、何が必要なのかを察知して皿を洗い出した。

 「良いのよ!別に友花莉の仕事じゃないんだから。」母親はそう言いながら、皿が洗い終わるのを待っていた。もう既に料理が出来上がりを告げるように、香ばしい良い香りが漂っていた。「それで何部に入るの?」

 「漫画研究部?まぁ、部活じゃないらしいんだけど、そこにいる子が、ちょうど友花莉が悩んでたシナリオが浮かばない問題を解決してくれそうで、向こうは向こうで、絵を描ける人が欲しかったらしくて、すごくない?どっちもWIN―WINじゃない?」友花莉はマシンガンのように、次から次へと言葉を繰り出した。それをしっかり母親は受け止めながら、洗われたお皿に料理を盛り付けた。

 「その子はどんな子なの?」母親は何気なく聞いてみた。

 「うーん?なんかザ、インキャって感じの子で、言い方もきついしぶっきらぼうな男の子なんだけど、」母親はびっくりしていたが、友花莉の話はまだ続いた。「なんかパパみたい。」友花莉はすぐに黙った。

 「その子、大丈夫?」母親の口調が明らかに変わったのは、友花莉も気がついた。

 「まぁ、課題の為だから。そこまで深入りしないし。」友花莉は母親に気をかけまいと、頼もしい様子で答えたが、もちろん母親にはバレていた。確かに友花莉も今そう自分で話していて、心配になった。どことなく誰かに似ているとは思っていたが、それは自分を男性恐怖症にした張本人の父親だった。珍しく重苦しい空気が流れていた。友花莉も母親も暗い過去の記憶が場面ごとに蘇っていた。そしてお互いそれを逸らそうと、新しい話題を探していた。その時どこからともなく犬の鳴き声が聞こえてきた。

 「今の声って隣かなぁ?随分近い気がするけど。」

 「確かに、なんかかわいい声がしたわね。」母親は大の犬好きだった。その時ふと友花莉はあることを思いついた。

 「そういえばこのアパートってペット飼って良いんだっけ?」

 「うん、大丈夫よ!何ならそのためにこの物件を選んだんだから。」

 「え?そうなの?」

 「そうよ!友花莉猫好きで飼いたがってたから、物件選ぶ時にそこも考慮してもらったのよ。」友花莉は全く知らなかった。

 「じゃあ、飼っても良いってこと?」友花莉はいつになく目を輝かせていた。

 「まぁでも引越しとかいろいろあってお金ないからもう少し待って。」友花莉はそれ以上に飼うことができると言う状況だけで有頂天だった。そもそも前は父親が猫アレルギーだった影響で、猫を飼うことができなかった。だが、小さい頃はよくその辺を彷徨っている野良猫と仲良くなり、家に連れて帰って父親に怒られ渋々逃したり、隠れて家で飼ってアレルギーが発症し見つかるという事件が度々起こっていた。そういう時は決まって友花莉は父親に叩かれそうになった。アレルギーを発症させてしまったのは自分だから仕方ないと思ってはいた。だが、母親がそれをかばい、自分の代わりに父親からの暴力を阻止していたことは、幼い友花莉の中に深いトラウマを植え付けていた。どんな会話をしても二人についた傷は、過去の痛ましい記憶を呼び覚ました。母親はテレビをつけ、部屋の雰囲気をバラエティ番組の笑い声で楽しげな雰囲気を演出した。だが、すぐにその雰囲気は母親の携帯の着信音が台無しにしてしまった。母親は電話先の相手を確認すると、険しい顔になりながら、画面を右にスライドさせた。友花莉はすぐさまテレビを消したが、母親は気を使って電話で話しながら、部屋から出ていった。部屋の中は静寂に包まれた。しかし、友花莉はテレビをつけようとはせず、微かに聞こえる母親の声に耳を傾けながら、食事をすすめた。咀嚼音で時々聞こえなったが、かろうじて大まかな内容を察することができた。母親はすぐに会話を済ませて戻ってきた。友花莉は知らないふりをしてテレビをつけた。友花莉は母親から電話の内容を話してくれるのを待った。しかし、いくら待っても話す気配すら感じられなかった。友花莉は我慢できなくなった。

 「そういえば電話誰だったの?」友花莉はあえて候補を出さなかった。

 「ああ、大丈夫。大したことじゃないから。」母親は決して嘘をつかなかった。なぜなら友花莉が嘘を見抜くのが、得意だったからだ。友花莉は正直迷った。相手なんて聞かなくて分かっていたのだ。それに大まかな内容も。知りたいのは電話の相手がなんて言っているかの詳細だった。だが、今は自分の欲のままに聞いて、母親を傷つけてしまう可能性があることを考えると、迂闊に話題にすることが出来なかった。

 「そっか、なら良いけど。」友花莉は欲を押し殺した。ここ最近で上位に入るほど頑張った。すると突然母親が大きなため息をついた。

 「大丈夫?」

 「あいつ、」友花莉は父親のことだとすぐに分かった。「私が友花莉を洗脳して、自分を悪者にしてるとか言い出しやがったんだけど!」母親はあまり大きな声を出すことに慣れていなかったが、今まで見た中で一番声を張っていたのは確かだった。

 「どういうこと?」友花莉は怒りよりも先に動揺の波が押し寄せてきた。母親は怒りに身を任せ、大きく首を傾げた。

 「どちらにしろ離婚は認めないって言ってるらしい。」

 「待って、なんの権利があってそんなこと言ってくるわけ?離婚したくない理由は?」

 「わかんないわよぉ。」母親は頭を抱えてしまった。

 「ごめん、ごめん、そういうつもりじゃなくて・・・。」友花莉もあまりの衝撃に我を忘れてしまった。「ちょっと後で話そうか、なんかテレビとか見て・・・。」母親はその提案に乗らなかった。

 「友花莉はどうしたい?」

 「何が?」

 「パパとママ、離婚してほしくない?」友花莉の中ではもう既に決心は済んでいた。もちろん、最初から父親が嫌いだったわけではない。良い思い出もあるに違いなかった。だが、その父親はもういなくなってしまったと友花莉は思うようにしていた。

 「して欲しいとは言わないけど、ママがしたいならしても良いと思うし、私はずっとママの味方だから、離婚したいなら協力する。私ならかなり力になれると思うしね。」

 「ありがとう。確かに友花莉がいてくれたら心強いわ。」

 「ごめんね。なんか聞いちゃって。」

 「どうせ言わないといけなかったから大丈夫。こちらこそごめんね。心配かけちゃって。」二人は、そこから父親の悪口を二人で言い合った。先ほどまで散りかけた桜のようだった二人は一気に満開の桜のようになった。そして二人は笑い合い疲れきっていた。時計の針は長針も短針も真上を指していた。

 「気づいたらこんな時間じゃない。早く寝なきゃ。」だが二人は全く寝る支度など済ませていなかった。

 「お風呂は朝でも良いけど、歯は磨きなさいよ。」友花莉の行動はお見通しだった。渋々洗面所に行き、歯ブラシを取ろうとしたが、結局、明日の自分のために風呂に入ることにしたが、全く同じ考えだった母親と遭遇し、結局また二人で話の続きをしてしまった。すべての用意を済ませた友花莉は、重いまぶたを一生懸命開けながら部屋に入った。するとのりおが部屋中を走り回っていた。だが、足元からは細かいポリエステルの砂のかわいらしい音だけしか聞こえて来ず、特に騒音などは起こしていなかったので、放っておいた。

 「なんかすごい楽しそうな声が聞こえてたけど、なんの話をしてたの?」ノースフェイスちゃんはどこか嬉しそうに尋ねた。

 「パパのことでね。」

 「え?お父さん?そういえば見たことないけど、お父さんもいるんだぁ?」

 「いるよ、最低な男だけどね。」友花莉はベッドに入ってあくびをしながら電気を消した。暗くなった部屋で、ノースフェイスちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべていたが、友花莉はそれを見ることはできなかった。

 「のりお、練習おしまい。明日のために寝るよ。」のりおの足音だけで、ゆっくりと机の方に向っているのが分かった。

 「練習ってなんの練習?」ノースフェイスちゃんは笑いながら答えた。

 「のりおったらもう今から体育祭の練習だって。まぁもう二ヶ月後くらいだしね。」友花莉はそんな悪夢の行事が待っていることをすっかり忘れていた。


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