第1巻 第9話 未知の反応
静かな月の下の怪物
第9話 未知の反応
朝の光が木々の隙間から差し込み、森の地面に淡い光の筋を落としていた。
レンはゆっくりと目を開けた。ひと晩眠ったおかげか、身体の調子は昨日より少し良くなっていた。四本の脚で立ち、歩くことにも、以前ほど苦労しなくなっている。
もちろん、新しい身体を完全に使いこなせるようになったわけではない。
レンは起き上がろうとした。身体がぐらりと揺れたが、今回は倒れずに踏みとどまることができた。
彼は自分の脚を見下ろした。
(少なくとも、二歩進むたびに顔から地面に突っ込むことはなくなったな……)
レンは少しだけ安心した。
「今日は早いな」
聞き覚えのある声に、レンは顔を向けた。金色の瞳を持つ謎の生き物、ケイルが近くに立っていた。
「少しでも上達したいんだ」とレンは答えた。「このままだと、そのうち平らな地面で転んで、もう一度死ぬことになりそうだからな」
ケイルはしばらくレンを見つめた。
「それはもっともだ。だが、今日は歩く練習だけではない」
レンは興味深そうに首を傾げた。
「じゃあ、何をするんだ?」
「今日は、お前自身のエコーを理解する練習だ」
レンの表情が真剣になった。
エコー。
この世界に来てから何度も耳にした言葉だったが、それが本当は何なのか、レンにはまだよく分かっていなかった。この世界の生き物の存在と深く関わっていることだけは知っている。しかし、自分のエコーに起きていることは、どう考えても普通ではなかった。
「どうやって理解すればいい?」
「無理に発動させようとするな。まずは周囲で何が変化しているのかに注意を向けろ。お前のエコーが、自分から何かの手がかりを示すかもしれない」
レンはゆっくりとうなずいた。
彼は開けた場所に腰を下ろし、意識を集中させた。
最初は何も起こらなかった。
風に揺れる葉の音が聞こえる。遠くから鳥の鳴き声が響いてくる。レンは意識がそれらに引っ張られないよう、集中を保とうとした。
数秒後、目の前に淡い青色の光がちらりと現れた。
レンは目を見開いた。
次の瞬間、視界に文字が浮かび上がった。
【エコー反応を検知しました。】
【現在の状態を解析中……】
【部分的な同期を検知しました。】
レンは表示された文字を注意深く読んだ。
(同期? いったいどういう意味だ?)
考える間もなく、さらにメッセージが現れた。
【一時的な反応を開始します。】
【未知の能力を検知しました。】
【能力名:不明】
【制御レベル:不十分】
レンは信じられないという顔で、その文字を見つめた。
「未知の能力……?」彼は小さくつぶやいた。「名前すら分からない能力って、どういうことだ?」
彼はもう一度、意識を集中させた。
今度は青い光が、先ほどよりも少し長く目の前に留まった。レンはその光を維持しようとしたが、突然光が揺らぎ、消えてしまった。
レンは落胆して頭を下げた。
「また消えた……」
「だが、今回はさっきより長く維持できていた」とケイルが言った。
レンは顔を上げた。
「じゃあ、少しは上達しているってことか?」
「ああ。だが、ほんの数秒うまくいっただけで、自分の力を使いこなせるようになったと思うな」
レンは小さくため息をついた。
「どうして君は、励ましてくれた直後に、いつもやる気をなくすようなことを言うんだ?」
ケイルの表情がわずかに変化した。
「自分の限界を忘れたとき、いつも誰かが教えてくれるとは限らないからだ」
レンは言い返さなかった。ケイルが自分を落ち込ませようとしているわけではないことは分かっていた。
彼は自分の能力を理解したかった。そのために一歩ずつ進む必要があるのなら、そうするつもりだった。
しばらく練習を続けた後、レンは集中を解いた。
彼の頭の中には、ずっと気になっている疑問があった。
まだ答えを見つけられていない疑問だ。
「ケイル、少し聞いてもいいか?」
「何だ?」
レンはケイルの金色の瞳を見つめた。
「初めて会ったとき、どうして僕を見て『アークライト』って呼んだんだ? 僕は君に名前を教えていない。それなのに、どうして知っていたんだ?」
ケイルは少しの間、黙っていた。
レンは続けた。
「それに、あの日、君は森で何をしていたんだ? 誰かを探していたのか?」
まだ、もう一つ聞きたいことがあった。
「君は、この世界は誰かをそう簡単には忘れない、とも言っていた。あれはどういう意味だったんだ?」
数秒間、森の音だけが二人の間に流れた。
やがて、ケイルが口を開いた。
「あのとき、俺は森で異常なエコー反応を調べていた。この辺りではしばらく前から、原因の分からない奇妙な現象が起きていたんだ」
レンは注意深く耳を傾けた。
「そして、お前を見つけた」とケイルは続けた。「お前のエコーは……今まで一度も感じたことのないものだった。普通ではなかった。だが、それが何なのかまでは分からない」
「それで、アークライトという名前は?」
ケイルはゆっくりと首を横に振った。
「お前を見た瞬間、その名前が自然と口から出てきたんだ。意識してそう呼んだわけじゃない。なぜその名前が浮かんだのか、俺自身にも分からない」
レンはしばらく彼を見つめた。
「その名前を聞いたとき、お前が俺を見たのを覚えている」とケイルは付け加えた。「だから、お前にとって何か意味のある名前なのかと思った」
「君が、僕が一度も教えていない名前を突然口にしたから、君を見たんだよ!」レンはすぐに言い返した。
ケイルは一瞬、黙り込んだ。
「つまり、お前もアークライトがこの世界で何を意味するのか知らないんだな?」
「知らない」とレンは答えた。「それは僕の名前だ。でも、この世界でどんな意味を持つのかは分からない」
ケイルは彼の言葉を疑う様子を見せなかった。
「だからこそ、お前についてもっと知りたいんだ」
レンは少しだけうつむいた。
「この世界は誰かをそう簡単には忘れないって言ったよな。あれも、その名前のことなのか?」
「そうかもしれない」
ケイルの声が少し低くなった。
「歴史に深い痕跡を残す名前がある。やがて人々は、その名前にまつわる出来事を忘れてしまう。だが、その出来事が残した痕跡まで、完全に消えるわけじゃない。時には、長い年月を経て再び表に現れることもある」
レンはその言葉の意味を考えた。
「アークライトも、そういう歴史と関係していると思うのか?」
「その可能性はあると思っている。だが、疑いと真実は別物だ。自分でも証明できないことを、お前に信じろとは言わない」
レンはその答えに納得した。ケイルは、証拠もないことを真実であるかのように語ろうとはしなかった。
そのとき、レンは別の疑問を思い出した。
「僕のエコーがそんなに奇妙だったなら、どうして怖がって攻撃しなかったんだ?」
ケイルはレンを注意深く見た。
「普通ではないことと、危険であることは同じじゃない」
「でも、君は僕のことを何も知らなかっただろ?」
「その通りだ。お前を完全に信用していたわけでもない。だが、お前は自分の状況さえ理解できず、混乱しているように見えた。俺を攻撃しようともしなかった。攻撃的というより、怯えて困惑しているように見えたんだ」
レンはしばらく黙っていた。
ケイルは続けた。
「理解する前から、お前を敵に回したくはなかった。それに、お前が困っているのを見て、そのまま置き去りにするのは正しくないと思った」
レンは彼を見つめた。
「つまり、助けるのが正しいと思ったから、僕を助けたのか?」
「そう考えてもいい」
ケイルはそれ以上、説明しなかった。
レンにはまだ多くの疑問が残っていた。しかし、ケイルにもすべての答えがあるわけではないのだと、少しずつ分かってきた。
それでも、一つだけは以前よりはっきりしていた。
アークライトという名前は、ただの名前ではないのかもしれない。少なくとも、この世界では。
だが、その本当の意味は、依然として謎のままだった。
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訓練を終えた後、ケイルとレンは村へ戻った。
村人たちは、まだレンのことを完全には受け入れていなかった。彼を見ると黙り込む者もいれば、距離を置いて様子をうかがう者もいた。
レンもそれには気づいていた。
しかし、誰もが彼を怖がっているわけではなかった。
村の広場では、何人かの子供たちが遊んでいた。その中には、以前出会った小さな少女もいた。
少女はレンを見つけると、笑顔を浮かべた。
そして、ゆっくりと近づいてきた。
レンは首を傾げた。
「どうしたんだ?」
少女は小さなボールを彼の前に置き、一緒に遊ぼうと身振りで伝えた。
レンはボールを見て、それから子供たちを見た。
(まさか、二度目の人生で初めてする遊びが、こんなことになるとはな……)
子供の一人がボールをレンのほうへ転がした。
レンは前足で止めようとしたが、ボールは足に当たって、別の方向へ跳ねていった。
子供たちは一斉に笑い出した。
レンは彼らを見つめた。
(そんなに面白いか……?)
言葉にすることはできなかったが、レンの表情を見て、子供たちはさらに笑った。
今度は、レンはボールを止めようとせず、子供たちのほうへ押し返した。
遊びはそのまま続いた。
しばらくの間、レンは自分のエコーのことも、アークライトという名前のことも、この世界に隠された謎のことも忘れていた。
その瞬間、彼にとって大切だったのは、誰かが一緒に遊んでくれるということだけだった。
ほとんどすべてが初めての世界で、そんな小さな出来事でさえ、彼にとっては意味のあるものだった。
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夕暮れが村を包み始めていた。
子供たちはまだ広場の近くで遊んでいた。レンも彼らと遊ぶことに夢中で、少し離れた場所で二人の人物が彼の未来について深刻な話をしていることなど、まったく知らなかった。
一人の年配の村人がケイルに近づいた。
「少し、重要な話がある」
ケイルは彼のほうを向いた。
「何だ?」
老人は周囲を確認してから、声を落とした。
「Ruinsという国の遺跡に現れた青い光について、王のもとにも報告が届いた」
ケイルの表情が険しくなった。
「誰が王に知らせた?」
「我々の使者だ。王はこの件を調査するよう命じられた」
ケイルはしばらく黙っていた。
Ruinsという国の遺跡に現れた青い光。そして、村のエコータワーに起きた異常な反応。
この二つがほぼ同じ時期に起きたことを、彼は単なる偶然だとは思えなかった。
老人は再び口を開いた。
「それから、あの生き物についても王に報告した」
ケイルの視線が鋭くなった。
「……レンのことも伝えたのか?」
「ああ。あの生き物が村にいること、そして、あいつが来てからエコータワーが反応したことも伝えた」
ケイルは数秒間、老人を見つめた。
「どうしてそんなことをした?」
老人は真剣な表情で答えた。
「隠すべきことではないからだ。もしあの生き物が今回の出来事と関係しているのなら、王も知っておく必要がある」
「もし、そもそも関係があるのかどうかさえ分からないとしたら?」
ケイルが尋ねると、老人は一瞬黙り込んだ。
「だからこそ、王は調査を命じたのだ」
ケイルはゆっくりと息を吐いた。
老人が意図的にレンを傷つけようとしているわけではないことは理解していた。彼は自分の責任だと考えることを果たしただけなのだ。
だが、その結果どうなるのかは、誰にも分からなかった。
「王は次に何をするつもりだ?」ケイルが尋ねた。
「今のところ分かっているのは、真相を明らかにしたがっているということだけだ。調査のために人をこちらへ送ってくるかもしれない」
ケイルは何も答えなかった。
彼の視線は広場へと移った。
レンはまだ子供たちと遊んでいた。ボールを止めようとしてよろめいたが、今回は倒れる前に体勢を立て直した。
子供たちは楽しそうに笑った。
レンも再び遊びに加わった。
彼は二人の会話など知らなかった。
遠くの城にいる王のもとへ、すでに自分の情報が届いていることも。
ケイルはしばらくレンを見つめた。
「あいつは、まだ何も知らない」
彼は静かにつぶやいた。
老人がケイルを見た。
「知らせるべきではないのか?」
「まだだ」とケイルは答えた。「まずは、あいつに何が起きているのかを理解する必要がある」
老人は何も言わなかった。
二人はしばらく沈黙したまま立っていた。
やがて、ケイルはもう一度広場へ目を向けた。
レンは、以前よりも子供たちと自然に接するようになっていた。彼にとっては、新しい友達と遊ぶ穏やかな夕方にすぎなかった。
だが、ケイルは状況が変わり始めていることを理解していた。
Ruinsという国の遺跡に現れた青い光。
村のエコータワーに起きた異常な反応。
そして、レン自身にも完全には理解できていない未知のエコー。
それらに何らかのつながりがあるのか、まだ誰にも分からなかった。
しかし、王はすでにこの謎の存在を知ってしまった。
そして、王が未知の力に目を向けたとき、その後に起こることが平凡なままで終わるとは限らない。
ケイルは金色の瞳をわずかに細めた。
これから先、今まで以上に慎重に行動しなければならない。
レンにとって、これは新しい世界で自分の居場所を見つけるための始まりだった。
だが、この世界にとっては、はるか昔の謎が再び目を覚ます始まりなのかもしれなかった。
つづく……




