第1巻 第7話 雨の中で交わした約束
第1巻 第7話 雨の中で交わした約束
森の暗闇から、二つの小さな光る目がレンを見つめていた。
しばらくの間、何も動かなかった。
やがて、小枝が折れる音が響いた。
衛兵の一人が、すぐさま森の方を振り向いた。
「今の音が聞こえたか?」
別の衛兵が武器を握り直した。
「何かいるぞ。」
村人たちは集落の端に集まった。先ほどまでレンに向けられていた恐怖には、新たな不安が入り混じっていた。子供たちでさえ、すっかり静かになっていた。
長老は暗闇を注意深く見つめながら、一歩前へ出た。
「あの足跡……」彼はつぶやいた。「以前にも見たことがある。」
「何なのですか?」衛兵の一人が尋ねた。
「森の奥深くに棲む獣だ。ここまで村に近づくことはめったにない。」
誰かがさらに何かを言うより早く、茂みが揺れ始めた。
木々の間から、何かが姿を現した。
それは巨大な四足獣だった。体は粗く黒い毛に覆われ、背中には奇妙な青い模様が走っていた。その模様は月明かりの下で、かすかに輝いている。目にも、同じ不自然な青い光が宿っていた。
しかし、その獣は村人たちを見ていなかった。
まっすぐにレンを見つめていた。
レンは警戒しながら、一歩後ずさった。
「どうして僕を見ているんだ?」
誰も答えなかった。
獣が頭を低く下げた。背中の青い模様がいっそう明るくなり、奇妙な熱がレンの体を巡った。周囲の空気まで震えているように感じられた。
何が起きているのか、レンには理解できなかった。ただ、何かがおかしいということだけは分かった。
突然、獣が飛びかかってきた。
「レン!」
誰かが叫んだ。
レンは身をかわそうとしたが、まだ慣れていない体は思うように動かなかった。横によろめき、間一髪で爪を避ける。獣の爪が、ついさっきまで彼が立っていた地面をえぐった。
レンの前足が土を引っかいた。
――危なすぎるだろ!
獣は再びレンに向き直った。
レンは何とか立ち上がった。
「分かった……君と戦いたいわけじゃないんだ。」
獣は言葉が通じた様子を見せなかった。
再び突進してくる。
レンが反応するより早く、金色の瞳を持つ謎の存在が二人の間に割って入った。
獣の攻撃は、強烈な力の奔流にぶつかった。土埃が舞い上がる。それでも、彼はその場を動かず、金色の瞳で獣を見据えていた。
「下がっていろ、レン。」
二度言われる必要はなかった。
獣は唸り声を上げ、再び襲いかかった。
金色の瞳を持つ彼は、驚くほど正確な動きで獣の突進をかわした。その動きに合わせて身を翻し、強烈な一撃を叩き込む。獣はよろめきながら、広場の向こうまで押し戻された。
獣の背中にある青い模様が明滅した。
一瞬、再び襲いかかろうとしているように見えた。
しかし、その視線はレンへと移った。
獣は目を細めた。
低いうなり声を漏らすと、ゆっくりと森へ後退していった。
彼は追いかけなかった。
獣が木々の間に消えるまで、彼はレンとの間に立ち続けた。
獣の姿が完全に見えなくなってから、ようやく彼は警戒を解いた。
広場に静寂が戻った。
レンは何が起きたのか理解しようと、獣が消えた森を見つめていた。
あの獣は、誰彼かまわず襲っていたわけではない。
まっすぐに僕を狙ってきた。
どうして?
この世界について、まだ何も分かっていないというのに、森の何かが、まるで自分を知っているかのように反応している。
少なくとも、自分に何らかの反応を示しているのは確かだった。
その考えは、獣に襲われたこと以上にレンを不安にさせた。
「皆、無事か?」
長老が尋ねた。
何人かの村人がうなずいたが、やがて彼らの注意は再びレンへと向けられた。
一人の男がレンを指さした。
「あの獣は、塔がこいつに反応した後に現れたんだ!」
別の村人も前へ出た。
「エコー塔に続いて、今度はあの獣か? この化け物のせいで、あとどれだけおかしなことが起きるんだ?」
レンの耳がわずかに垂れた。
「僕のせい……? 襲われたのは僕なんだけど。」
「もう十分だ。」
金色の瞳を持つ彼が口を開いた。
声は特に大きくなかったが、近くにいた村人たちを黙らせるには十分だった。
「あの獣がなぜここへ来たのか、君たちには分からない。私にも分からない。それに、塔が反応したからといって、レンが今回の出来事を引き起こした証拠にはならない。」
「だが、塔はこいつに反応した!」
村人が反論した。
「そうだ。確かに反応した。」
彼は否定しなかった。
「つまり、レンのエコーには何か普通ではないところがあるということだ。だが、それだけでは彼が危険な存在かどうかは分からない。ましてや、あの獣を呼び寄せた証拠にもならない。」
村人たちは不安げに顔を見合わせた。
「それでも、脅威である可能性はある。」
誰かが言った。
「その可能性はある。」彼は答えた。「だが、疑いは証拠ではない。」
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
レンは驚いたように、金色の瞳を持つ彼を見つめた。
村人たちは、これからも自分を責め続けると思っていた。まして、この世界について自分よりはるかに多くを知っているような相手が、自分のために声を上げてくれるとは思ってもいなかった。
ようやく長老が手を上げた。
「彼が何者なのか、なぜ塔が反応したのか、我々にはまだ分からない。答えが見つかるまでは、彼を監視下に置く。」
長老はレンをまっすぐに見た。
「当面の間、村に滞在することは許そう。だが、村人全員が君を信頼すると思わないことだ。」
レンは小さく息を吐いた。
「今日一日、信頼とはあまり縁がなかったみたいだからね。」
その返答に眉をひそめる村人もいたが、金色の瞳を持つ彼は、ただレンに視線を向けただけだった。
「これ以上、話をややこしくするな。」
「努力してるよ。」レンは答えた。「本当に、ものすごく努力してる。」
長老は集まった村人たちを解散させ、衛兵たちには警戒を続けるよう命じた。人々は少しずつ散っていった。
それでも、村人たちが家へ戻る間、レンは彼らの視線が自分を追っているのを感じていた。
自分は、まだよそ者だった。
正体の分からない生き物だった。
そして今、誰にも理解できない出来事の中心に立たされていた。
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夜が村を包み込んだ。
レンは用意された小さな寝床に横たわり、見慣れない天井を見つめていた。
眠気は一向に訪れなかった。
目を閉じるたび、あの獣が自分に突進してくる光景がよみがえった。光を放つエコー塔、恐怖に染まった村人たちの顔、そしてためらうことなく自分と獣の間に立った、金色の瞳を持つ彼の姿。
なぜ獣は自分を狙ったのだろう?
エコーが原因なのだろうか?
それとも、自分でもまだ気づいていない何かがあるのだろうか?
まだ、答えはなかった。
それも、すっかり慣れ始めた感覚だった。
レンは横向きになったが、すぐに思い直して上半身を起こした。
思考は、置き去りにしてきた人生へと流れていった。
家族。
友人たち。
学校。
かつて当たり前だと思っていた日常のすべてが、今では手の届かないほど遠く感じられた。
誰かが今も自分を探しているのだろうか。
自分がいなくなったことで、誰かの日常にぽっかりと穴が空いてしまったのだろうか。
大切な人たちは、自分に何が起きたのか知っているのだろうか。
レンはうつむいた。
「もう一度、みんなに会えるのかな……」
その言葉は静かにこぼれ、夜の中へ消えていった。
昔の人生のことばかり考えていても仕方がない。この世界で、まず生き延びなければならない。
それは分かっていた。
だが、そう理解したところで、懐かしい日々を恋しく思う気持ちが楽になるわけではなかった。
かすかな雨音が、レンの思考を遮った。
彼は入口の方へ目を向けた。
外では、数滴の雨が地面を静かに叩き始めていた。やがて小雨は少しずつ強まり、村全体を銀色の薄い光で包んでいった。
レンは外へ出た。
夜の空気は冷たかったが、雨が毛並みに触れる感覚は不思議と心地よかった。寝床から少し離れた場所まで歩き、木造の屋根の端の下に腰を下ろすと、雨粒が土に落ちる様子を眺めた。
この世界に来てから初めて、誰も彼に質問をしてこなかった。
誰も彼をじろじろと見ていなかった。
ただ座って、考え事をしていられた。
「ここにいたら、風邪をひくぞ。」
レンの耳がぴくりと動いた。
振り返ると、金色の瞳を持つ彼が近くに立っていた。
レンは疲れた目で彼を見た。
「そもそも、この体って風邪をひくの?」
「確かめたことがないな。」
レンは瞬きをした。
「意外と正直なんだね。」
「当てずっぽうの答えが欲しかったのか?」
「いや、遠慮しておくよ。今日はもう驚きすぎたから。」
彼は屋根の下に移動したが、レンとの間には適度な距離を保った。
しばらく、二人は何も話さなかった。
ただ、村に降り注ぐ雨の音に耳を傾けていた。
やがて、レンが沈黙を破った。
「一つ、聞いてもいい?」
「出会ってからずっと聞いているだろう。」
「じゃあ、もう慣れてるはずだね。」
彼はレンに視線を向けた。
「聞け。」
レンは自分の前足を見下ろした。
「どうして僕を助けてくれたの?」
彼はすぐには答えなかった。
レンは、今度は少し声を落として続けた。
「どうして村人たちの前でも僕をかばってくれたの? みんな僕を疑っていた。黙っていれば、彼らがどうするかを見ているだけでよかったのに。」
雨は変わらず降り続いていた。
「彼らは恐れていたからだ。」やがて、彼が答えた。「塔が君に反応した。その直後に獣が現れ、君を襲った。村人たちには、その二つがつながって見えたんだろう。」
「本当につながっているの?」
「それを確かめる必要がある。」
レンは顔を上げた。
「あの獣が来た理由は分からないんだね?」
「ああ。だが、あの獣が君に狙いを定めていたことは見ていた。単に村へ迷い込んだ獣の振る舞いではなかった。」
その答えは、レンが認めたくないほど不安をかき立てた。
彼は続けた。
「村人たちが警戒する理由はある。彼らは君が何者なのか知らない。私も知らない。だが、警戒することと、何が起きたのかも知らずに誰かを犯人だと決めつけることは違う。」
「じゃあ、僕が危険だとは思っていないの?」
「少なくとも、君を危険だと決めつけるようなことを、私はまだ見ていない。」
レンの耳が少しだけ持ち上がった。
「それなら、少しは安心できそうだ。」
「調子に乗るなよ。」
「そのつもりはないよ。」
彼の表情は真剣なままだったが、瞳の奥にはわずかな柔らかさがあった。
「君のことを理解しているふりをするつもりはない。だが、君は襲われた。そして、この村の誰も傷つけていない。それは大切なことだ。」
レンは黙り込んだ。
彼は何か説明をしてくれるのだろうと思っていた。あるいは、助けてくれたことには何か特別な理由があるのかもしれない、と。
しかし、返ってきたのはもっと単純なものだった。
自分を示す機会。
「でも、どうして僕を信頼できるの?」レンはようやく尋ねた。「君は僕の名前を知っている。エコーについても何か知っている。それに、アークライトという名前がこの世界で特別な意味を持つことも知っているみたいだ。でも僕は、君についてほとんど何も知らない。」
彼は雨に濡れた森へと目を向けた。
「盲目的に信頼しているわけではない。信頼を築くには時間がかかる。今の私たちは、お互いについて知らないことが多すぎる。」
「それなら、どうして助けるの?」
「誰かが君を決めつける前に、君自身が何者なのかを示す機会くらい、与えられるべきだからだ。」
レンはその言葉を考えた。
自分が何者なのかを示す機会。
問題は、自分自身でさえ、それが分からなくなっていることだった。
「もう、自分が何者なのかさえ分からないんだ。」レンは打ち明けた。「以前は人間だった。少なくとも、今もそう言っていいとは思っている。でも今は、この体がある。奇妙なエコーもある。そして、一度も見たことのない世界で、なぜか特別な意味を持つ名前まである。」
彼は少し間を置いた。
「時々、自分がまだ同じ人間なのかどうかさえ、分からなくなるんだ。」
彼は口を挟まず、レンの話を聞いていた。
「今夜、すべてを理解する必要はない。」彼は言った。「理解できることから始めればいい。自分自身のこと、エコーのこと、そして周りの世界のことを学ぶんだ。答えが一度にすべて見つかるわけじゃない。」
レンは小さくため息をついた。
「簡単そうに言うね。」
「どこから始めるべきかを言っただけだ。道のりが簡単だとは言っていない。」
「ずいぶん都合のいい区別だね。」
「それに、正確な区別でもある。」
その夜、初めてレンの表情に、かすかな笑みが浮かんだ。
彼はレンを見た。
「君は、私がどれくらい君について知っているのか聞いただろう。正直に言えば、いくつか知っていることはある。だが、答えよりも分からないことの方が多い。」
「それなら、知っていることを教えてよ。」
「君の名前がレン・アークライトであること。君のエコーが、私にも説明できない振る舞いをすること。そして、アークライトという名前が、私たちがここへ来るよりもずっと昔に起きた出来事とつながっていることだ。」
「古代都市のこと?」
「その可能性はある。君が話していた紋様も、同じ歴史につながっているのかもしれない。ただ、まだ確かなことは言えない。」
レンの耳がぴくりと動いた。
「少なくとも、『たぶん』よりは役に立つ答えだね。」
「私の答えが君の基準を満たしたようで何よりだ。」
「そんなに嬉しそうにしないでよ。君の基準だって、ずいぶん低そうだからね。」
彼は短く、何を考えているのか分からない視線を返した。
レンは小さく笑ったが、すぐに再び真剣な表情になった。
「もう一つ聞きたいことがある。アークライトという名前を、どこで知ったの?」
彼の金色の瞳が、遠くの森へと向けられた。
しばらく、彼は何も言わなかった。
やがて口を開いたとき、その声は先ほどよりも静かだった。
「この村よりも古い場所で、その名前が刻まれているのを見たことがある。普通の名前のようには書かれていなかった。」
レンは身を乗り出した。
「どこに? 古代遺跡に?」
「古い石板や、廃墟となった建造物だ。紋様の多くは傷みすぎて読めなかったが、その名前は一度だけではなく、何度も現れた。」
レンは彼を見つめた。
「じゃあ、僕が来る前から、アークライトという名前はこの世界に存在していたんだね?」
「名前は存在していた。」彼は慎重に答えた。「だが、それを持っていたのが誰なのか、そして君とどう関係しているのかまでは分からない。」
レンの胸に湧き上がった期待は、次第に複雑な感情へと変わっていった。
これは手がかりだった。確かな手がかりだ。
だが、その手がかりは答えを与えるどころか、新たな疑問への扉を開いただけだった。
「昨日の僕よりは、少しだけ多くのことを知れたよ。」
「なら、そこから始めればいい。」
レンは雨の降る景色を見つめた。
もっと知りたかった。
なぜ自分がこの世界に来たのか。なぜ塔が自分に反応したのか。そして、なぜ村よりも古い遺跡に自分の名前が刻まれているのか。
何よりも、自分がこれから何者になっていくのかを知りたかった。
しかし今、手元にあるのは、わずかな手がかりと、それを追うのを手伝ってくれる存在だけだった。
「まだ一つ、分からないことがあるんだ。」
彼は黙って続きを待った。
「君は僕の名前を知っている。何度も助けてくれた。エコーについても教えてくれたし、僕が何者なのか分からないのに、村人たちの前でもかばってくれた。」
レンは少し首を傾けた。
「でも、僕は君を何て呼べばいいのかさえ知らない。」
そのとき初めて、彼はその質問について真剣に考えるような様子を見せた。
そして、答えた。
「ケイル。」
レンはその名を静かに繰り返した。
「ケイル……」
なぜか、その名は彼によく似合っている気がした。短く、力強く、彼自身と同じような静かな謎を秘めていた。
「僕はレンだよ。」そう言ってから、レンはすぐに、そんな自己紹介には何の意味もなかったと気づいた。
ケイルは彼を見た。
「知っている。」
「そうだった。もちろんだよね。」
レンは首を振った。
「自分自身が知らないことを、周りの人たちが知っているっていう状況に、まだ慣れないんだ。」
「なら、これから変えていけばいい。」
レンは驚いたように彼を見た。
ケイルは続けた。
「すべての答えが、君にとって都合のいいものだとは約束できない。だが、君の名前が遺跡に刻まれている理由を知りたいのなら、そこを調べる必要がある。」
レンの胸に、小さな希望が湧き上がった。
「調査を手伝ってくれるの?」
「真実を探すのを手伝うと言ったはずだ。」
「そうだったね。ただ、気が変わっていないか確認したかっただけだよ。」
「変わっていない。」
しばらくの間、二人は雨の音を聞いていた。
やがてレンは、自分の前足を見下ろした。
「自分のエコーが何なのか分からない。どうしてここにいるのかも、この世界が僕に何を求めているのかも分からない。」
彼は一度、息を吸った。
「でも、必ず突き止める。自分のエコーを理解して、何が起きたのかを知って、どうしてこの世界が僕の名前を知っているのかを明らかにする。」
彼は一瞬、視線を落とした。
「それから、自分に何ができるのか分からないまま、誰かを傷つけるようなことはしたくない。」
ケイルは長い間、彼を見つめていた。
「なら、真実を探すのを手伝おう。」彼は言った。「ただし、見つかったものと向き合う覚悟があるのならな。」
レンはうなずいた。
「僕も、むやみに力を使う前に、自分のエコーを理解するよう努力するよ。」
二人とも、大げさな誓いを立てたわけではなかった。
これから何が待ち受けているのか、分かったふりをしたわけでもなかった。
ただ、お互いが何を約束したのかを理解していた。
レンはゆっくりと、小さな前足を持ち上げ、ケイルへと差し出した。
ケイルはそれを見た。
「何をしている?」
「約束だよ。」
「その前足で?」
「書類に署名した方がいい?」
ケイルはしばらく彼を見つめた。
それから手を伸ばし、レンの前足にそっと触れた。
光が弾けることはなかった。
エコー塔から不思議な声が響くこともなかった。
空気が突然変化することもなかった。
ただ、雨の下で交わされた、ささやかな仕草が一つあった。
答えよりも疑問の方が多い、二人の見知らぬ者同士の約束。
今は、それだけで十分だった。
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村からはるか遠く、森の奥深く。
雨水が、苔と落ち葉に半ば埋もれた古い石の表面を流れていた。
その石は、村の誰も覚えていないほど昔から、そこに立ち続けていた。
表面には風化した紋様が刻まれていたが、そのほとんどは、もはや判別できないほど擦り減っていた。
そのとき、石の奥底で、かすかな青い光が生まれた。
古代の紋様の一つが、淡く輝き始めた。
その光は、ほんの一瞬だけ続いた。
やがて光は消え、石は再び静寂に包まれた。
森は静まり返っていた。
だが、古き何かが確かに反応した。
そして、エリンドラのどこかで、忘れ去られた謎が、静かに最初の息吹を上げた。




