第1巻 — 第15話 — 森での新たな出会い
静かな月の下に潜む怪物
第1巻 —
第15話 — 森での新たな出会い
突然、茂みがガサガサと音を立てた。
レンとケイルは足を止めた。
ケイルは音のした方へ金色の瞳を向け、いつでも刀を抜けるように手を柄の近くへ置いた。一方、レンは好奇心から、同じ方向をじっと見つめていた。
「こんにちは! 誰かいるの?」
茂みの向こうから、少女の声が聞こえた。
しばらくすると、一人の少女が姿を現した。
長い金茶色の髪が肩から流れ落ち、彼女の緑色の瞳が周囲を見回した。頭にはフード付きの深緑色のマントをまとい、背中には弓を背負っている。腰には小さな袋もぶら下がっていた。
ケイルは少女を見て、すぐにあることに気づいた。
「お前……エルフなのか?」
少女は彼を見返した。
「そうだけど? そんなに驚くこと?」
レンはその会話を聞いた瞬間、心の中で叫んだ。
エルフだ! 本当にこの世界にはエルフがいるんだ!
彼は目の前の少女を興味津々に見つめた。
少女はケイルの隣から聞こえてくる声に気づき、周囲を見回した。
「えっ? 今、誰か話さなかった?」
ケイルはレンをちらりと見た。
少女の視線も、やがてレンへと向けられた。
「まさか……その子が話したの?」
「そうだよ」
レンが答えると、少女は驚いたように目を丸くした。
「本当に話せるのね!」
彼女はレンをじっと見つめた。
「わあ……小さくてかわいい!」
そう言いながら、少女はゆっくりとレンに手を伸ばした。
レンは彼女の行動を不思議そうに見ていた。
しかし、その手がレンに触れる直前――
ケイルの視線が、少女の背後にいる大きな生き物へと向いた。
暗い鱗に覆われた四足の生き物が、少女の後ろに立っていたのだ。
ケイルの表情が一変した。
「……まさか」
彼はその生き物を見て、すぐに正体を察した。
ヴェルソル。
それはハンターが乗騎として使う生き物だった。
ケイルは刀を抜き、少女へ向けた。
「俺たちを騙すつもりか? 最初は友好的なふりをして、次は俺たちの信頼を得ようってわけか?」
少女は驚き、伸ばしかけていた手を止めた。
「えっ? な、何のこと?」
「誰かに命令されて俺たちを探しに来たんじゃないのか? 最初は親しげに近づいて、俺たちの警戒を解いてから仲間を呼ぶつもりだったのか?」
ケイルの声は冷たかった。
「そうでなければ、どうしてハンターの乗騎がお前と一緒にいる?」
少女は慌てて首を横に振った。
「ち、違うわ! 私は誰にも命令されていないわよ!」
「なら、そいつが何なのか説明してみろ」
ケイルは刀を下ろさなかった。
少女は自分の後ろにいる大きな生き物を振り返った。
「ああ、この子のこと?」
彼女は少し考え込んでから、ふと何かに気づいたような顔をした。
「そういえば、名前があるのね! ヴェルソルっていうの?」
ケイルは眉をひそめた。
こいつ……俺をからかっているのか?
「ふざけるな。遊び半分で答えるな」
「ええっ? からかってなんかいないわ!」
少女は困ったように声を上げた。
「本当なの! 私は森の中でこの子を見つけたの。ひとりぼっちで、すごく疲れているように見えたから、食べ物をあげただけよ。それから一緒に過ごしていたら、仲良くなって……気づいたら、この子が私についてくるようになったの」
ケイルは黙って彼女を見つめた。
少女の表情に、嘘をついているような様子はなかった。
少なくとも、彼女は誰かに命令されて二人を探しに来たようには見えない。
だが、ハンターの乗騎であるヴェルソルが彼女と一緒にいるという事実は、どうしても気になった。
ケイルはゆっくりと刀を下ろした。
それでも、警戒を解くことはなかった。
「……まだお前を完全に信用したわけじゃない」
「それは別にいいけど……いきなり刀を向けるのはやめてくれない?」
少女は少し不満そうに彼を見た。
ケイルはそれ以上何も言わず、彼女を見つめていた。
やがて、彼は口を開いた。
「名前は?」
「私? リアよ」
少女は答えてから、ケイルを見た。
「あなたは?」
「ケイルだ」
「ケイルね。わかったわ」
リアは小さくうなずいた。
それから、彼女は二人を見比べた。
「ところで、あなたたちはこれからどこへ行くつもりなの?」
ケイルが答えようとした、そのときだった。
「僕たちには帰る家がないんだ」
レンが先に答えた。
リアは目を見開いた。
「えっ? じゃあ、本当にこの森で一晩過ごすつもりだったの?」
彼女はレンへ視線を落とした。
「しかも、このちっちゃなお友達と一緒に?」
レンは少しだけ気まずそうに目をそらした。
リアはしばらく考えてから、二人に向かって微笑んだ。
「それなら、私の村に来ない? ここからそんなに遠くないの。食べ物もあるし、ゆっくり休める場所もあるわ」
ケイルはすぐには答えなかった。
「俺たちは、まだお前のことをよく知らない」
「それはそうね」
リアはあっさりとうなずいた。
「でも、私だってあなたたちのことを知らないわ。だからって、助け合えない理由にはならないでしょう?」
彼女は二人を見て、優しく微笑んだ。
「少なくとも、こんな森の中で夜を過ごすよりはいいと思うわ」
ケイルはリアを見つめた。
彼女の言葉には、特に不自然なところはなかった。
レンもリアを見上げた。
村か……。この世界の村って、どんなところなんだろう?
彼は少し興味を持った。
しかし、ケイルはまだ慎重だった。
「……その村まで、どうやって行くつもりだ?」
リアは不思議そうに瞬きをした。
「歩いて行くつもりだったけど?」
ケイルは彼女の後ろにいるヴェルソルを見た。
「こいつに乗ればいいだろう」
「えっ? この子に乗れるの?」
リアは驚いてヴェルソルを振り返った。
「私、そんなこと知らなかったわ。ずっと一緒に歩いてきたから……」
「俺が何とかする。お前は後ろに乗ればいい」
ケイルはそう言うと、ヴェルソルに近づいた。
そして、その背中に乗ろうとした。
しかし――
ヴェルソルは突然、体を揺らして抵抗した。
ケイルはすぐに動きを止めた。
「おい、じっとしていろ」
だが、ヴェルソルは彼を背中に乗せようとしなかった。
どうやら、以前の出来事を覚えているらしい。
リアはその様子を見て、思わず笑った。
「ふふっ。どうやら、この気難しい人のことは本当に苦手みたいね?」
「……おい」
ケイルは不満そうに彼女を見た。
「別に、俺が嫌われているわけじゃない」
「そうかしら?」
リアは楽しそうに笑った。
それから彼女はヴェルソルのそばへ行き、優しく首を撫でた。
「大丈夫よ。怖がらなくていいからね」
ヴェルソルは少しずつ落ち着いていった。
リアがしばらく撫でていると、ヴェルソルは抵抗をやめた。
ケイルはその様子を見て、もう一度背中に乗ろうとした。
今度は、ヴェルソルも大きく抵抗しなかった。
ケイルは無事にその背中へ乗ると、体勢を整えた。
「よし。これなら行けそうだ」
リアは彼を見上げた。
「本当に乗りこなせるのね」
「問題ない」
ケイルは短く答えた。
そのとき、リアはレンの方を向いた。
「ねえ、レン。私もあなたを抱っこしていい?」
レンは一瞬、きょとんとした。
「えっ? う、うん……」
ケイルが念を押すように言った。
「気をつけろよ。そいつは小さいからな」
「わかってるわ」
リアは慎重にレンを抱き上げた。
彼女はレンを落とさないように、両腕で優しく支えた。
レンの体が、リアの腕の中にすっぽりと収まった。
柔らかな腕の温もりが伝わってくる。
レンは思わず体をこわばらせた。
ま、待って……。きれいなエルフの女の子に抱っこされているうえに、こんなに近いなんて……!
彼の顔が、みるみる赤くなっていった。
いや、落ち着け、僕! この新しい体にも、こういう利点があるんだな……でも、なんでこんなに恥ずかしいんだ?
リアはレンの顔をのぞき込んだ。
「レン? どうしたの? 顔が赤いわよ?」
「な、何でもないよ!」
レンは慌てて答えた。
お願いだから、もうそれ以上聞かないで!
リアは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は尋ねなかった。
彼女はレンを抱いたまま、ケイルの後ろに乗った。
こうして、ケイルが前に座り、リアがその後ろでレンを抱く形になった。
ヴェルソルはゆっくりと歩き始めた。
木々の間を抜けながら、三人は村へ向かって進んでいった。
しばらくして、リアが二人に尋ねた。
「そういえば、あなたたちは森で何をしていたの?」
ケイルは答えず、前を向いたままだった。
レンは少し考えてから答えた。
「それは……長い話になるんだ。村に着いたら話すよ」
「そうなの? わかったわ。楽しみにしているわね」
リアはそう言って、腰の小さな袋を開けた。
中から、丸くて淡い光を放つ果実をいくつか取り出す。
「そうだ、これを食べる?」
レンの目が輝いた。
「それ、月の実だ!」
彼は嬉しそうに声を上げた。
「僕、これ大好きなんだ!」
「本当? じゃあ、食べてみて」
リアは一つ手に取り、レンの口元へ運んだ。
レンは喜んでそれを食べた。
甘くて、ほんのりとした爽やかさが口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
レンは満面の笑みを浮かべた。
リアも嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。まだいくつかあるから、もっと食べていいわよ」
彼女はもう一つ月の実を取り、レンに食べさせた。
レンはすっかりご機嫌だった。
「リア、本当に天使みたいだね!」
リアはその言葉に少し驚き、それから楽しそうに笑った。
「まあ、ありがとう!」
レンは再び彼女の腕の中で、月の実を味わった。
本当に、今日はなんて不思議な一日なんだ。少し前まで、僕とケイルはこの見知らぬ森をさまよっていたのに、今はきれいなエルフの女の子に抱っこされて、大好きな食べ物まで食べさせてもらっている!
彼は幸せそうに月の実を頬張った。
そのとき――
「……ぐぅ」
ケイルのお腹が鳴った。
一瞬、空気が静かになった。
リアはケイルの背中を見て、にっこりと笑った。
「ケイルも月の実が欲しいの?」
「いや。腹は減っていない」
ケイルは何事もなかったかのように答えた。
「そう。わかったわ」
リアはうなずき、残った月の実を袋にしまおうとした。
しかし、その直後――
「……いや、少しなら食べてもいい」
ケイルが小さな声で言った。
リアは思わず吹き出した。
「もう! お腹が空いているなら、最初からそう言えばいいのに!」
彼女は笑いながら、ケイルにも月の実を渡した。
ケイルはそれを受け取った。
「……ありがとう」
その声はいつもより少しだけ小さかった。
レンは二人のやり取りを見て、心の中でつぶやいた。
さっきはお腹が空いていないって言っていたのに!
彼は笑いをこらえながら、再び月の実を食べた。
しばらく進むと、リアは腰の袋を整えた。
袋の口から、緑色の葉や細い茎のようなものが少し見えていた。
レンはそれに気づいた。
「リア、その袋には何が入っているの?」
「これ? 薬草よ。森で採ってきたの」
「薬草? それをどうするの?」
リアの表情が、少しだけ穏やかになった。
「おじいちゃんが体調を崩しているの。だから、少しでも役に立てばと思って薬草を集めていたのよ」
レンは彼女の言葉を聞いて、静かにうなずいた。
「そうなんだ……。おじいさん、早く元気になるといいね」
「ありがとう。私もそう願っているわ」
リアは優しく微笑んだ。
レンは、彼女が祖父のことをとても大切に思っているのだと感じた。
優しい人なんだな……。おじいさんが早く元気になるといいな。
その後も、ヴェルソルは森の中を進み続けた。
やがてリアは、前方にそびえる大きな木を指さした。
「あの大きな木が見える?」
「見える」
ケイルが答えた。
「あの木を過ぎたら右に曲がって。そこから石畳の道を進めばいいわ」
「わかった」
ケイルはリアの指示に従い、ヴェルソルの進む方向を変えた。
石畳の道に入ると、周囲の木々が少しずつまばらになっていった。
しばらく進んだところで、リアが再び口を開いた。
「このまままっすぐ進んで。村はもうすぐよ」
レンは彼女の腕の中から、前方を見つめた。
やがて、木々の向こうに小さな光が見え始めた。
一つ、また一つと光が増えていく。
近づくにつれて、木と石で造られた家々が姿を現した。窓からは温かな明かりが漏れ、どこからか人々の話し声も聞こえてきた。
レンは目を輝かせた。
あれが……エルフの村?
彼は興奮を抑えきれなかった。
しかし、すぐに以前の村での出来事が頭をよぎった。
自分の姿を見た人々が、恐怖に満ちた目で彼を見つめていたこと。
あのときの冷たい視線。
レンは少しだけ不安になった。
この村の人たちは……僕を見ても怖がらないだろうか?
彼はリアの腕の中で、小さく息を吐いた。
どうか、ここでは違いますように……。
ヴェルソルは村へと続く道を、ゆっくりと進んでいった。
四つの月が、彼らの頭上で静かに輝いていた。
つづく――
【作者よりお知らせ・次回予告アンケート】
レンとケイルがリアと一緒にエルフの村に到着しました。さて、村人たちは初めてレンを見たとき、どんな反応をするでしょうか? 以下の選択肢から予想して、ぜひコメント欄で教えてください!
【選択肢A】
彼をとても愛らしいと思い、リアに新しい可愛い友達について尋ね、食べ物と愛情を持って温かく迎えてくれる!
【選択肢B】
最初は村に危険な怪物が侵入したと勘違いして怯え、緊迫した雰囲気になってしまう。
【選択肢C】
研究や檻に入れるべき珍しい魔法生物だと思い込み、レンを捕まえようとする!
【選択肢D】
レンには全く気付かず、人間の不審な見た目をしたケイルの尋問だけに集中する!
皆さんの予想をコメント欄でお待ちしています!(「A」「B」「C」「D」のアルファベットで教えてね!)




