会いたい気持ち
彼女と連絡を取り合わなくなってから二週間近く経つ。
これと言って用事がある訳でもないし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、ライブから立て続けに会えていたから、少し寂しい。
最後に焼き鳥屋で会った時、大変そうだったからその影響もあるんだろう。
八月半ば、周りはちらほらと夏休みを取り始め、社内を行き交う人もまばらだ。
落ち着いた仕事量を適度に片付けながら、そろそろ連絡してみるか、とぼんやり考える。
「あ、ま、ね、ちゃーん!」
能天気な同期の声が頭に刺さる。
「うるさい。あと、名前呼びやめろ」
「えー、いーじゃん、かわいーじゃん、あまねちゃん」
俺の名前は、《周》とかいて《あまね》と読む。
その珍しさから営業として、覚えてもらえるメリットもあれば、こうやって揶揄されるデメリットもある。
「ねーねー、最近付き合い悪くない?」
「そんな事ないだろ」
「もうすぐ世間はお盆休みだよ〜飲みに行こうよ〜」
「嫌だよ、こんな時こそひとりでゆっくりしたい」
ほーう、と何やらニヤニヤしながら俺を見る。
「何だよ」
「いや、俺、見ちゃったんだよね〜」
嫌な予感がする。
「ちょっと前にお前がおんっ…」
反射的に口を塞ぐ。
ニヤリと笑う同期の口元を手のひらに感じる。気持ち悪い。
「飲みに、行くよね?」
***
何でかもうすぐ異動になるあいつもついてきて、結局、俺と同期、あいつの三人で飲みに行くこととなった。
会社の近くのチェーン店。ガヤガヤした店内の端っこで、同期が興奮気味に話す。
「いや、だってさ!全っ然、女っ気ないお前がさ!女の子と一緒にいたら気になるじゃん!しかも普段見ないようなやさしい顔しちゃってさー」
「ええ!主任、彼女できたんですか!?」
詳しく!と詰め寄る二人に、いや、お前俺のこと好きだったんじゃないの、とか思いつつも、かいつまんで現状を話す。
「何だその流れ、ドラマかよ」
「てか、結局、ライブ行ってんじゃないですか〜」
いいな〜とか、ズルい〜とか言いながら、グビグビ酒を飲んで、それぞれが好き勝手に話す。ただの酒の肴になることはわかっていたけれど、それでも少し、誰かに話したいくらいには、彼女に会えない時間が辛かったのかもしれない。
ふたりのダル絡みを交わしながら、帰るタイミングを見計らっていると、テーブルに置いたスマホが鳴った。
光る画面に現れたのは彼女の名前で、隠すようにスマホを手に取る。
「お、もしかして〜?」
「彼女さんですか〜?」
「まだ彼女じゃねえし」
まだ、だって〜、やらし〜と笑う二人の声を後に席を立つ。
『お疲れ様です。少し久しぶりだね。来週から一般的にはお盆休みだけど、高畑くんは?』
返信を考えて、途中でやめる。
店の外まで出て、電話を掛けた。
三コール目くらいで彼女が出る。
「わ、は、はい!」
彼女の慌てた声の後ろで、ザワザワとした音が聞こえる。きっと帰り道だろう。
「ごめん、忙しかった?」
何食わぬ顔で聞く。
「ううん、大丈夫。どうしたの?急に」
声が聞きたくなって、とは流石に言えないよな。
「いや、ちょっと面倒な飲みに巻き込まれてて。中抜けの言い訳に」
ごめん、と笑うと、彼女も、なるほど、と笑った。
「帰り道?」
「うん、これから電車乗るとこ」
「遅くまでお疲れ様」
「いやいや。あ、そうだ、この間相談してたやつ、無事に進んだよ」
高畑くんのおかげ、と苗字で俺の名前を呼ぶ。嬉しいけど、もどかしい。
下の名前で呼んで欲しいのは、同期なんかじゃないのに。
「そっか、よかった」
「ありがとう」
「もうすぐ電車来るかな?」
「そうだねえ」
「俺も早く帰りてえ」
くすくすと彼女が笑う。
これ以上続ける会話もないしな、と終話に向かおうとした時だった。
「…そんなに面倒だったら抜けてくる?一緒にご飯でもどうかな?」
お礼も兼ねてさ、とちょっと気恥ずかしそうに提案する彼女に、心が弾む。
「えー、いいの?行く行くー」
なるべく軽く返事をする。
彼女は笑いながら、そんなに嫌な飲み会だったの?って。そういう事にしたけれど、違うよ、君に会えるのが嬉しいんだよ。
落ち合う駅を決めて、じゃあ後ほど、と電話を切る。
困った、かなり嬉しい。
席に戻ると、おっそいよ〜と文句を言う同期に、野暮用ができたと金を押し付け、鞄を持って後にする。
え、マジで帰るの?と動揺する同期と、ポカンとするあいつを置いて店を出た。
改札を小走りで抜けて、ドアが閉まる直前の電車に飛び込んだ。
周囲の人にじろじろ見られ、社内アナウンスでは怒られる。
平静を装い、鞄を抱えてドアに寄りかかる。
小窓に反射で写った自分の顔が、いつもより幾分、幼く見えた。
***
久しぶりに彼に連絡をしたら、電話が来て、ご飯に行くことになった。
待ち合わせの駅で降りて、構内のトイレで軽く化粧を直す。
さっきまで仕事で疲れきってていた心が、今は少し早くトクトクと脈打つ。感情の揺れ動きって、不思議だ。
一〇分と待たずに彼がやってくる。
前回よりもラフな感じに見えたのは、もう既にアルコールが入っているからだろうか。
適当なお店を見つけて、中に入る。
もう既に夏休み気分の金曜日はどこも混んでいて、何軒か回った後、カウンターなら空いてますよ、と小洒落た創作居酒屋に入れた。
グラスを重ねて乾杯する。
「急にごめんね」
「いや、助かったよ。同期と部下にダル絡みされてさー」
「何それ。ダル絡みされる何かしたの?」
「あー、なんか、付き合い悪い、的な?」
毎日飲んでるイメージあるけど、と言うと、それもお仕事です、と言い切る。
営業マンってほんとタフだよなあ。
「そう言えば、無事に解決したって?」
「あ、うん、そう。高畑くんの言う通りだったよ〜そのお蔭で残業続きだったけど」
「受注できそう?」
「うーん、実際に先方さんに会ったことないから何とも。でも、印象には残れると思う」
「そっか」
よかった、と笑う彼に、あ、と面倒事を思い出す。
「でも、なんか、それから営業くんに懐かれちゃってさ〜」
きっかけとなった打ち合わせの後、課長が営業部に取りあってくれて、山岸くんは無事に独り立ちした。
というか、前任者の仕事を増やして結果的に手を離させたんだけど。
その裏で手を引いていたのが私と言うことが山岸くんにバレ、めちゃくちゃに感謝され、それからというもの、社内で会う回数が増えた気がする。
特にわかりやすくアプローチをしてくる訳ではないが、毎回のように差し入れをくれたり、正直ちょっと面倒くさい。
ふうん?と興味なさげに彼はハイボールを口に運ぶ。
「あれ?今日はビールじゃないんだ」
「さっき飲んできたから、腹いっぱいで」
そっか〜なんて、明るく言って愚痴を流した。
「あ、そうだ、お盆休み」
彼がスマホを片手に話し出す。
「うちの会社、お盆に取らなくても良くて、いつもちょっと時期ずらして取ってるんだ」
どこも混むし、高いし、と彼は続ける。
「だから、来週も普通に仕事だよ。何かあった?」
私よりも長身の彼が、目線を合わせて問いかけてくれる。
その仕草に、ドキッとした。カウンターだから、いつもより距離が近い。
「あ、いや、私も同じ感じで」
緊張を悟られないように、料理に手を伸ばす。
「でも、やっぱりお盆だから仕事あんまりなくて、大体定時で上がれるんだよね。だから、その…」
じっと見つめる瞳に、じんわりと汗ばむのがわかった。
なるべく自然に、そう自分に言い聞かせながら言葉を繋ぐ。
「もし予定なければ、一緒にご飯でもどうかなって」
ドキドキしながら伝えると、ほぼ即答のタイミングで答えが返ってきた。
「うん、行きたい」
彼が柔らかく笑う。それだけで心臓が飛び跳ねる。
ああ、ダメだ。完全に落ちてる。
こないだまでは毎週会うことに少し抵抗を感じていたのに、ちょっと会えなかっただけで、笑ってもらっただけでこれだ。
「どっか行きたいとこある?」
彼の質問に、待ってました、とばかりにスマホを取り出して、調べたお店を紹介する。
「あのね、夏休みだから、せっかくだしビアガーデンに行きたくて」
でもってちょっと大人というか高級志向のところが良くてさ、とホテル系列のお店や、デパートの屋上でやっているものを次々と彼に見せる。
ここはビールの種類が多くてオクトーバーフェストみたいな感じなんだよ、とか、こっちはキラキラカクテルが多くて〜と興奮気味スマホを見せながらに話す。
ふうん?と彼が覗き込むと、前髪がさらりと触れた。反射的に身体を引く。
「あ、ご、ごめん、なんか興奮しちゃって」
「いいよー、全然」
ニコニコと楽しそうな彼に、こういうの慣れてるんだろうな、と思う。
長身で顔もそこそこ、若くして役職あり、なんて、そんな高物件、なかなかいない。
モテるんだろうなあ、と思うと、心の奥がモヤっとした。
「どした?」
急に黙った私に心配そうに声を掛ける。
「ううん!何でも!あ、えっと、どこがよかった?」
「俺はどこでも、正直違いがあんまりわからん」
「あ、そっか…」
「佐々木さんが一番行きたいなって思ったのはどこ?」
そこにしようよ、と彼は優しい口調で言う。
「あ、ここなんだけど…」
該当店舗のページを開いて彼にスマホごと渡す。
「個室が良くて…でも、ちょっとお高いのと、その、かなり…」
カップル感が強いのだ。
もちろん、女子会でも可、な感じなんだけど、付き合ってもいない男女ふたりで行くにはなかなかに勇気がいる。
さらっとページを読み進め、彼は一言、ここでいいんじゃない?と言った。




