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体育館で公開処刑された地味系JKの私、本当は本物の聖女だったので、これ幸いと家を出ます。今までお世話になりました、もう二度と帰りません。  作者: 楠木 悠衣


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第5話 やさしい人たち

答えられなかった。


海風が、ひゅう、と廊下を抜けていく。


わたしの袖口が揺れた。


東雲さんは、まだわたしの手首を見ている。


そこに残った、指の形の痣。


昨日までなら、隠すのが当たり前だった。


見つかったら怒られると思っていたし、心配される資格なんて自分にはないと思っていた。


だから。


どう反応すればいいのか、わからない。


「……すみません」


気づけば、そう言っていた。


東雲さんの眉が、ぴくりと動く。


「なんでお前が謝る」


低い声だった。


怒鳴っているわけじゃない。


でも、鋭かった。


わたしは言葉に詰まる。


観月さんが、小さく息を吐いた。


「白瀬さん」


静かな声。


「こちらへ」


促されるまま、わたしは歩き出す。


東雲さんは何も言わなかった。


ただ、すれ違う瞬間。


「……あの家、やっぱり腐ってんな」


ぼそり、と吐き捨てるみたいに言った。


その声音に含まれていた感情を、わたしはうまく読み取れなかった。


怒り。


軽蔑。


それとも――。


検査室は、思っていたより普通の部屋だった。


もっとこう、SF映画みたいな場所を想像していたのだけれど、実際は大学の研究室みたいな雰囲気だ。


白い机。


大きなモニター。


壁一面の機械。


それから。


「わぁ……」


部屋の中央に置かれていた透明な球体に、思わず声が漏れた。


人ひとり抱えられそうなくらい大きい。


水晶みたいに透き通っていて、中で淡い光がゆらゆら揺れている。


「これは?」


「霊子観測球です」


白衣姿の女性が答えた。


眼鏡をかけた、小柄な人だった。


髪はぼさぼさで、白衣のポケットからはペンが何本も飛び出している。


「技術開発局主任研究員、天城です」


「は、はじめまして」


「はじめまして。いやぁ、ついに会えた……」


天城さんは、わたしの周りをぐるぐる歩き始めた。


なんだか猫みたいだ。


「すごいな……生の真聖女だ……」


「天城」


観月さんが低く呼ぶ。


「近い」


「あ、すみません。興奮すると距離感が死ぬタイプなので」


自覚はあるらしい。


天城さんは咳払いをして、姿勢を正した。


「えー、では検査を始めます。と言っても簡単です。この観測球に手を置いて、力を流してください」


「力……」


困る。


そんな曖昧なことを言われても。


「ど、どうやれば」


すると天城さんは、きょとんとした。


「感覚でこう、ぶわっと」


「わかりません……」


「えっ」


「えっ」


部屋が静まり返る。


天城さんが観月さんを見る。


観月さんが額を押さえる。


「……そうか。白瀬さんは訓練経験がないんだったな」


「あっ、はい……」


「白瀬家はいったい何をしていたんだ……」


観月さんが珍しく本気で頭を抱えていた。


そんなに変なことなのだろうか。


でも考えてみれば、宵子は小さいころから毎日訓練していた。


結界形成。


浄化術式。


霊子制御。


難しそうな言葉をたくさん使っていたのを覚えている。


わたしは、隣の部屋で掃除をしていた。


「……あの」


わたしは、おそるおそる聞いた。


「力って、勝手に出ちゃだめなんですよね?」


三人が、同時にこちらを見た。


「え?」


「だって、ずっと抑えてたので……出したら怒られるものかと」


沈黙。


天城さんの目が、だんだん見開かれていく。


「観月室長」


「なんだ」


「ちょっといいですか」


「なんだ」


「私、今すぐ白瀬家に隕石落としたくなってきました」


「落ち着け」


「でも倫理観がですね」


「落ち着け」


観月さんが二回言った。


天城さんは「すぅぅ……」と深呼吸している。


わたしは完全に置いていかれていた。


「……えっと?」


「白瀬さん」


観月さんが、できるだけ穏やかな声を出そうとしていた。


「聖力は、本来、呼吸に近いものです」


「呼吸」


「意識的に止め続けるほうが異常なんです」


異常。


その言葉に、胸が少しざわつく。


「でも、お母さんが……」


そこまで言って、口を閉じる。


観月さんの視線が、やわらかくなった。


「お母様に、止められていたんですね」


わたしは小さく頷く。


「……絶対に見せちゃだめって」


観月さんは、しばらく黙っていた。


天城さんも何も言わない。


部屋の機械音だけが、静かに響いている。


やがて観月さんは、ゆっくり口を開いた。


「その理由は、いずれ調べます」


静かな声だった。


「ですが少なくとも、ここでは無理に抑えなくていい」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が、じんわり熱くなった。


無理に、抑えなくていい。


そんなこと、初めて言われた。


「……はい」


わたしは、透明な球体へ近づく。


おそるおそる、手を置いた。


ひんやりしていた。


「そのまま、深呼吸してください」


天城さんが言う。


わたしは息を吸う。


吐く。


すると。


ぽう、と。


球体の中に、小さな光が灯った。


「おお……」


天城さんが呟く。


光は、ゆっくり広がっていく。


やさしい色だった。


春の日向みたいな。


あたたかい光。


それが球体いっぱいに満ちた、その瞬間。


――ビシッ。


嫌な音がした。


「あ」


球体に、ひびが入る。


次の瞬間。


ぱきん、と。


観測球が、真っ二つに割れた。


沈黙。


しーん、と部屋が静まり返る。


白い光の粒だけが、空中をふわふわ漂っていた。


「…………」


「…………」


「…………」


わたしは、割れた球体を見る。


それから、自分の手を見る。


えっと。


これ。


「……弁償、でしょうか」


ぽつり、と言った瞬間。


天城さんが、ばっと机に突っ伏した。


「無理無理無理無理!!」


「天城」


「観測球が耐えられない聖力量とか聞いてない!! 理論値超えてる!!」


「落ち着け」


「これ国家予算案件です!!」


大騒ぎだった。


観月さんは深いため息をついている。


わたしだけが、状況についていけていなかった。


ただ。


割れた球体の欠片が、光を受けてきらきらしているのを見ながら。


わたしは、少しだけ思っていた。


ああ。


ここには。


怒鳴る人が、いないんだな、と。

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