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第7話 手にした光、乗れない日々

 素性を知らない少年にこのマシンを売るのは、傍から見ると酷なことに思えるかもしれないが、むしろその逆だと永島は考えていた。


 杉山の置かれた境遇は、中途半端にレーシングカートを続けられるものではない。

 このマシンを乗りこなせないのであれば、本人がもっと年齢を重ねた後に、趣味でカートに乗れば良いのだ。他の子供達のように、遊びや部活動の延長のようなレース活動をするような余裕は、杉山にはない。


 杉山がレースを続けて良いのか、その疑問にこのマシンは容赦なく答えを突きつけてくれる。

 少し話をしただけで頭の良さを感じさせるこの少年は、手に入れたカートを乗りこなせない程度の人間に、C1チャンピオンなど夢のまた夢だと自分で悟るであろう。


 もう一方で、万が一、杉山がクロを乗りこなせたなら、このマシンは大きな恩恵を与えてくれるはずだと、永島は期待もしていた。


 曲がりなりにも、海外メーカーが製造した、いわゆるワークススペックのマシンである。

 鉄製のフレームは、国際レース用のハイパワーなエンジン、そしてグリップ性能が極端に高いタイヤに耐えうる性能を持つ。


 カートのフレームは使えば使うほどに劣化していくものだが、上手く使えば、杉山の考えたカート計画の四年間を、一台のフレームで乗り切ることができるかもしれない。

 乏しい資金での活動となる杉山にとって、一台七十万円から百万円ほどするフレームを新たに購入する必要が無くなるのは、乗りにくさを差し引いても大きなメリットとなる。


 更に、永島にはドライバー育成について独自の考えがあった。

「苦労は早いうち、若いうちにしろ」というのが永島の口癖であった。


 レースを始めるときの環境は人それぞれ違うが、何も苦労せずに物を手に入れて、何でも他人が露払いをしてくれるなかでレースを始めると、速くなるために必要なことを学ぶ機会が奪われてしまうことが往々にしてある。

 揉まれて、苦しんでこそ、真に強いドライバーが生まれる。

 

 日本にC1の一つ下のカテゴリが生まれて五十年以上経つが、未だにC1でチャンピオン争いをするドライバーは生まれていない。

 それはなぜなのか。


 日本では、下のカテゴリで上位に入ったドライバーが単純にステップアップを果たすことがほとんどである。

 そのため、子供の頃から自動車メーカーのサポートを受けている者や、資金に余裕のある裕福な家庭に生まれた者といった、恵まれた体制でレースをするドライバーばかりが、結果的に生き残る。

 ゆえに、真に苦労をして鍛え上げられたドライバーが育たないのだ。


 C1の歴史に残る名だたる世界チャンピオンの多くが、若い時に苦労してステップアップをしたという逸話を持っている。

 日本人は、どれだけ負け続ければ、こんな単純なことに気づけるのか。永島は長くそう思い続けている。


 そんな持論のある永島の元でレーシングカートを始めた子供達は、ある程度の成績が出始めると、永島のチームを離れていくことが多かった。

 永島は、あえて苦労をさせようと、乗りにくいフレームや馬力の劣るエンジンを子供達に勧めるのだが、結果がすぐにでも欲しい親や子供本人が、それに耐えられなくなってしまい、他のチームに移ってしまうのだった。


 苦労をさせる点でも、クロは杉山に合っていると永島は思っていた。

 たとえ結果が出にくくても、それに不満を持つ親もおらず、乗りやすい高性能フレームを買う余裕も杉山にはない。


 杉山がどこまで応えてくれるかは分からないが、自分の信じる方法で指導ができることに、永島はいつしか期待を持っていた。


 結局、永島は十八万円で杉山にクロを売った。

 中古の100㏄エンジンを付けての価格だったので、相場からすると破格の値段であったが、需要のないカートの売却に、他のチーム員から不満が出ることはなかった。


 杉山は十八万円を払って資金が底をついたため、すぐにクロに乗ることはなかった。


 レーシングカートに乗るためには、ヘルメットやレーシングスーツなどの装備品のほか、点火プラグや駆動用のチェーンなどといった数多くの消耗部品や、コースの走行料も必要となる。


 杉山は、新聞配達店の店長を拝み倒して、朝刊の配達に加えて夕刊も配った。店長は、中学生の過重な労働を懸念して渋ったが、杉山の熱意に押し切られた。


 杉山は、週末にはコースに通い、朝から晩まで色々なコーナーで他のドライバーの走りを見続けた。

 誰に言われるでもなくストップウォッチを持参するようになり、各コーナーでひたすら区間タイムを計っていた。


 杉山は、新聞配達とコース通いですっかり真っ黒に日焼けし、少し頬がこけて精悍な顔つきになった。

 チーム員に顔見知りも増え、最初は挨拶だけだったが、次第に簡単な作業を手伝わせてもらえるようになっていった。

 

 そのうちに、杉山の事情を知った何人かのチーム員が、使っていないものを無償で提供したいと申し出たが、永島はそれを許さなかった。

 金額の多寡を問わず、自分の金で購入しなければ、その道具が持つ性能とも向き合えない。これもまた、永島の持論であった。


 杉山にとっては我慢の日々だったであろうと永島は思う。

 亡き父親と目指してきた自分のカートを手に入れているにも関わらず、走らせることができない日々。

 ただその日々が、杉山にレーサーとして必要なものを備えさせていったのは間違いない。


 コースでのマナーや立ち居振る舞い、先輩ドライバーやレース関係者との関わり方。

 そして何より、速いドライバーのカートの走らせ方を客観的に見る力。


 ドライバーという主役としてハンドルを握っていては気付けないことを、カラカラに乾いた砂地が水を吸うかのように、十四歳の少年は吸収していった。

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