第8話 衝撃の初走行
そうして四か月が経ち、日中もすっかり肌寒くなっていた十一月のある週末、杉山が初めてレーシングカートに乗る日が来た。
永島と数名のチーム員が見守るなか、真新しい白色のヘルメットと、同じく白一色のレーシングスーツを身に着けた杉山が、よく磨かれた黒いマシンに乗り込む。
朝の静けさのなか、純白と漆黒が生み出すコントラストは、周りにいた人間に、荘厳なオーラを感じさせた。
エンジンをかけたマシンがピットロードをゆっくりと走り出す。他に走行しているカートはいない。
コースインした途端、杉山はアクセル全開で一コーナーに飛び込んでいった。中古のエンジンなので、新品のような慣らし走行は不要だった。
初めて乗るマシンであるにも関わらず、杉山は一周目のすべてのコーナーで、一切の迷いなく完璧な走りを見せた。
冷え切ったタイヤは十分なグリップ力を発生していなかったが、絶妙なスライド量で各コーナーを駆け抜ける。
杉山の走りを見ていた者達は、その一周を、息をするのも忘れて見つめていた。
度肝を抜くとは、まさにああいうことを言うのだと、永島はあの一周を思い浮かべる度にそう思う。
タイヤやエンジンが適正な温度に温まるなか、二周目以降も杉山はスピードを上げ、五周目には非公式のコースレコードタイムを記録し、永島からの指示通り、十周目にピットに戻ってきた。
C1で世界チャンピオンになりたいです──
杉山が言ったその言葉を思い出し、それが夢物語ではなく、起こりうる現実かもしれないと感じた時に、永島の体は大きく震えた。
六十年あまりの人生のなかで、初めてのことだった。
この子をC1に行ける人間に育て上げよう。それが長くカートに関わってきた自分に訪れた使命なのかもしれない。
還暦を過ぎた男にそう思わせるだけのインパクトが、杉山の走りにはあった。
それから翌年の春まで、杉山は練習走行を重ねた。
本来であれば先輩のチーム員から走りのアドバイスを受けたりする時期であったが、そうしたことはなかった。杉山のほうが圧倒的に速く、他のチーム員は助言のしようがなかったのだ。
逆に杉山のほうが色々と聞かれることが多く、そのことは、自分の走りを言語化する訓練となり、車の状況を他者と相談してセッティングを進めるための良いトレーニングにもなった。
永島は様々な課題を杉山に与えていった。
トレッドと呼ばれる左右のタイヤの幅を必要以上に広くしたり狭くしたり、使い物にならないほど摩耗したタイヤを使わせてみたり、規定以上の重りを載せてみたり、大雨のなかを晴れ用のタイヤで走らせてみたりと、一般的にはあまりやらない方法で杉山を鍛えた。
そんな中でも杉山は不満ひとつ言わずに走り、永島の期待を超える走りを続けた。二人は、その過程を心から楽しんでいた。
ただ、カートに乗っている時とは裏腹に、一日の走行を終えて帰るとき、杉山の表情は生気を失っているように見えた。
永島から深く尋ねることはなかったが、その表情から、杉山にとって伯父一家との生活がとても苦しいものであることは、容易に想像ができた。
それでも、杉山がそのことについて愚痴をこぼすことは一度もなかった。




