第27話 予選アタック、飛び散る火花
十月最終週の土曜日、十三時。
一時間後から始まる予選に向けて、チームジャニスのモーターホームでミーティングが始まった。出席者は、代表の竹谷、副代表の石本、チーフエンジニアの井上、そしてドライバーの水樹とハーパーだ。
午前中の公式練習を振り返ったあと、話題は予選の戦略に移った。
皆が手元の資料に目を通す。石本が口火を切る。
「注意すべきは、前園のところの杉山か。今回は仕上がっているようだな」
井上が続く。
「このままいけば倫也のポールポジションは間違いないと思いますが、念には念を、といきたいところです」
竹谷が顎をさすりながら、ハーパーの方を向く。
「コリンには、倫也を引っ張ってもらおうか。念のため」
コースの直線区間でハーパーが水樹の直前を走って空気抵抗を減らし、ストレートスピードを稼いでタイムを上げようという作戦だ。
日本語が堪能なハーパーが、しかめっ面を見せて言う。
「僕のタイムアタックが一回潰れちゃうよ」
水樹は腕を組んだまま、何も喋らない。
竹谷が笑みを浮かべながら言う。
「コリン、いくら出せばいい」
「来年の契約、だね」
ハーパーが即答し、ペロッと舌を出す。
ハーパーは長く日本でプロドライバーとして活動しており、チームジャニスでのC2参戦も三年目だ。水樹とハーパーは、チーム内では立場が同格のジョイントナンバーワンとして平等に扱われているが、今年は不運なクラッシュが重なり、ハーパーのランキングは低迷している。
水樹がチャンピオン争いをするレースではあるが、ハーパーとしては久々に上位を狙える位置であり、来年の契約に向けてアピールしたいところだった。
「倫也はどう思う」
井上からの問いに、水樹が答える。
「何もなければ僕のポールは確実ですけど、万全は期したいですね」
「じゃあ、コリン、ラストアタックの裏ストレートで。いいな」
コース終盤のストレートで水樹を引っ張れという井上の言葉に、ハーパーはしばらく考えたふりをして、大げさに頷いた。
その後、各ドライバーのアタックラップについて詳細が詰められ、話題が前園メンテナンスと杉山の話に移る。
「井上、高間から前園の新しい情報はないのか」
竹谷からの問いに、井上は真顔で答える。
「高間副チーフは、スパイをするタイプじゃありませんよ。追加情報は、なしです」
「真面目な男だねえ」
石本が嫌味くさい声色で言う。
「ただ、杉山はやはり速いですね」
井上の言葉に、水樹は不満げな表情を見せた。
「そこまで気にする相手じゃないですよ。僕はポールを取って勝つ。そして最年少チャンピオンでC1へ。ジャニスもタイトルを獲って万々歳で、コリンも来年残る、と」
水樹がふざけた口調で言ったが、内容はまさに、ここにいる全員が望むものだった。
張り詰めた空気が少し和らぎ、ミーティングは終了した。
部屋を出ようとした石本が、井上に言う。
「あれはいつ出すんだ」
井上は自信ありげな表情で、
「予選後すぐに提出します」
とだけ答え、その場を後にした。
十三時五十五分。
予選開始を五分後に控え、鈴与シティレーシングコースには、二万人もの観客が集まっていた。
最終戦までもつれたチャンピオン争い。観客の多くは、最年少チャンピオン候補の銀色の車に注目していた。
十四時。一時間の予選が始まった。
開始から四十五分は、各車がセッティングの確認を目的に流して走っていたが、例外が一台いた。杉山だ。
今や、前園メンテナンスの資金不足は、関係者だけでなくファンの間でも知られるところとなっていた。場内に響く実況アナウンスでは、節約のために走行時間を制限しているのではないかという解説が流れている。
予選終了十分前、それまで落ち着いていたピットが一斉に慌ただしくなり、各車が最初のアタックラップに入り始めた。杉山もようやくピットロードに姿を現す。
サーキットに二十台のフォーミュラーカーが出揃い、激しい音とともに一気に華やかな雰囲気になった。
各車が一回目のアタックを終え、トップは水樹で、二番手はハーパー。チームジャニスは盤石の様子だ。
杉山は、公式練習から続くストレートスピードの不足が解消されていなかったが、それでも五番手のタイムを出した。ピットで待機し続けていた割には、上々の順位であった。
予選残り三分。
各車二回目のアタックの際に、ホームストレートに設置された巨大モニターを見る観客から、どよめきが起こる。裏ストレートでハーパーの後ろにぴたりと水樹が付き、スリップストリームを使ってスピードを伸ばした。
裏ストレートの先にある140R、そしてその後の最終コーナーを抜けて、水樹がフィニッシュラインを通過した。コースレコード更新と実況が叫ぶ。場内の各所で拍手と歓声が沸き起こった。実に三年ぶりのレコード更新となった。
チームジャニスのピットにいる面々が握手を交わす。
そんな中、ピットレーンの端の、前園メンテナンスのピットからも歓声が上がった。杉山がラストアタックでタイムを上げ、三番手に飛び込んだのだ。杉山にとっては自己最高の予選順位であり、コース前半のセクターに至っては、僅差だが全体のトップタイムであった。
予選終了後、一位から三位のドライバーを対象に、記者会見が開かれた。
二位のハーパーは終始にこやかであったが、二人の若者は違った。
水樹は予選直後ということもあり、張り詰めた空気を感じさせた。
一方の杉山は、予選三位という好結果にも表情を緩ませることはなく、こちらも緊張感のある受け答えを見せた。
何より、水樹と杉山が互いを意識していることは明白で、記者会見が終わるまで、会話はおろか、視線が交わることすら一度もなかった。




