第26話 対極の存在
やはり、杉山悟が来たか――
大型のトレーラーを改造したモーターホームにあるドライバー用の休憩室で、水樹倫也は公式練習3のタイムシートを見つめていた。
トップ二台はチームジャニス勢で、一位が水樹、二位はチームメイトのコリン・ハーパー。そのすぐ後ろ、三番手には杉山の名前があった。
今シーズンのC2ジャパンシリーズのセッションで、杉山が三番手につけたのは初めてだった。
水樹は、シリーズ二位で、この最終戦を迎えていた。一位との差は八ポイントあり、年間チャンピオンを獲るには、このレースでの勝利が絶対条件となる。
水樹にとって、今回の勝利はチャンピオン争いのために必要なものだったが、それ以上に勝たなければならない理由があった。
それは杉山の台頭だ。
水樹は昨シーズン、若干十八歳にしてC2への参戦を開始した。C4、C3を二年連続で制してのステップアップ。エントリーは名門チームジャニスからということもあり、C2一年目は注目を集める中で過ごした。
結果は二勝してシリーズ三位。
初年度としては上出来すぎる結果だった。
今シーズンも引き続き、チームジャニスから参戦となった。
チームジャニスはトミタ自動車系列のチームだが、同社が今年、創立百周年を迎えるにあたって、水樹の車両だけ、記念カラーの銀色をまとうことになった。
トミタ自動車の絶対的なエースとして、勝利を約束された体制の中で勝つ。水樹にとって、そんな役割を求められるシーズンとなった。
迎えた今シーズン、ここまでマシントラブルでのリタイヤはあったが、途中で勝利も挙げて、ポイントも順調に積み重ねていた。
そんな中、シーズンが進むにつれて、杉山が上位に食い込むようになってきていた。弱小チームでの杉山の躍進に、関係者の間で、「杉山は水樹よりも速いのではないか」という噂を耳にするようになった。
このレースは、杉山を抑え込んだうえで勝たなければ、その噂がさらに独り歩きをすることは間違いない。もし、杉山に敗れるようなことがあれば、トミタ自動車の自分への評価が、根底から覆される可能性もあるだろう。
それを防ぐためにも、今回のレースは完璧な展開で勝たなければならない。水樹はそう考えていた。
実は、水樹が杉山の影を気にして戦うという経験は、今回が初めてではなかった。
三年前、水樹と杉山は、レーシングカートの全日本選手権に出場していた。
水樹は最高峰クラス。杉山は一つ下のクラスで、直接戦うことはなかった。
水樹はその年にチャンピオンを獲ったが、シーズン中に、ある評判が立っていた。一つ下のクラスに、わざと中古タイヤで戦うドライバーがいて、その男が全日本カートで最速だというのだ。
水樹が、タイヤメーカーの関係者に事実を聞いたところ、一つ年上の杉山が、本人とショップの希望で中古タイヤを使っていると確認した。しかも、その自ら課した足枷によって、勝てるはずのレースを落としているというのだ。
当時十六歳の水樹は、それを聞いて、許せない行為だと思った。特に杉山本人がその戦い方を認めていることに、怒りさえ覚えた。
水樹はレース好きな父親の影響で、小学校入学前からレーシングカートに乗っていた。トミタ自動車に工作機械を納める大企業の社長であった父は、水樹が物心つく頃から常々、次の言葉を言っていた。
「できる限りの準備をして戦え。それが戦う相手への最低限の礼儀だ。」
水樹はその言葉を胸にレースを続けた。
中途半端な姿勢では相手に失礼だと思い、利用できるものは全て利用してきた。
父が持つ潤沢な資金とトミタ自動車とのコネクション。最高だと思えるチームへの度重なる移籍。常識外れともいえる量のスペアパーツを投入してのレース。
その姿勢は、移動や睡眠環境に対しても徹底しており、例えば宿泊が必要な時には、コンディションを考えて必ず立地の良い高級ホテルに泊まるほどだった。
水樹の父は、そういう姿勢こそが真のハングリー精神だと息子を称え、背中を押し続けた。
水樹のやり方を否定する声も周りから聞こえてきたが、水樹は自分の信念を胸に戦い、そして勝ち続けた。
水樹にとって、杉山がやっている行為は、レースで戦う相手を、そしてレース自体を冒涜しているとしか思えなかった。
そういう戦い方をしてまでレースで揉まれたいなら、自分のいる最高峰クラスに上がればいい。そうしない杉山を、水樹は軽蔑の目で見ていた。
そんな杉山に対するカート時代の感情は、時を経て同じC2クラスの土俵で戦う今も、消えてはいなかった。




