第25話 暗い覚悟
高間が孤独の中でもがいている間にも、シーズンは容赦なく進んでいく。
C2ジャパン最終戦鈴与大会を前に、チームジャニスでは、事前のチームミーティングが行なわれた。代表の竹谷、副代表の石本のほか三十名ほどが出席し、井上が進行を務め、高間も出席した。
大会スケジュールの確認から始まり、車両のセッティングについて話が及んだところで、竹谷が進行を止めて言った。
「おい、高間。前園でのセッティングの進め方を説明しろ」
引き抜きの席とは、言葉遣いも態度も違う。
高間は、前園メンテナンスでのやり方について、簡潔かつ要点を押さえた説明をした。
竹谷が高間を睨むような目で見ながら言う。
「ということは、セッティングはAIエンジニアとドライバーが中心でやっていたのか。お前は何をしていたんだ」
「自分は、チーム内の全体調整などをしていました」
高間の回答を聞いて、竹谷は呆れた表情をした。
「じゃあ、前園の戦力は落ちていないということか。お前を抜いた意味はないな。もういい。黙ってろ」
高間は竹谷の言葉を聞き、羞恥で顔が熱くなった。それと同時に、自分が引き抜かれた本当の意味を知った。
経験や総合力を買われたヘッドハンティングなどではなく、自分たちの足元を脅かし始めた前園メンテナンスを弱体化させるのが、竹谷の真の狙いだったのだ。
同じトミタ自動車のエンジンを使うチームに対して、そのような仕掛けをしてくるなどという考えは、高間の頭に欠片もなかった。
そして、高間が前園社長にジャニスへの移籍を伝えた際に、前園社長が『本当にいいのか』とだけ言ったのは、全てを悟っていたからだったのだと、高間はこの時、初めて気づいた。
ミーティングが続く中、高間は視線を上げることなく考えていた。
自分は、竹谷健助の勝利への恐ろしいまでの執念を知らず、副チーフエンジニアという餌に食いついてしまった。しかし、釣った魚はただの雑魚だったと、竹谷は今、気づいたに違いない。
釣る方も釣られる方も滑稽で、まさに茶番だと、高間は無意識に卑屈な笑みを浮かべていた。
しばらくしてミーティングは終わったが、誰も高間に声をかける者はいなかった。
C2ジャパン最終戦の公式練習3も、残すところ五分となった。各車が予選に向けて、タイムアタックを繰り返している。
高間は木曜から鈴与シティレーシングコースに入ったが、他のメンバーとは挨拶以外にまともな会話をしていない。副チーフエンジニアの肩書きがあるから、かろうじてピットに入ることを許されている状況だ。
何も仕事をしていないので、支給されたユニフォームは、真新しさを保っている。
ピットレーンに戻ってきた杉山の青い車が目の前を通ったとき、高間は思った。
杉山が前園メンテナンスに来ていなければ、自分はどうなっていただろう。
世良を雇うこともなく、エンジニアとして不安を感じることもなかったかもしれない。前園メンテナンスがC2に参戦することもなく、当然、ジャニスからの誘いもなかったであろう。
過ぎたことを仮定で考えても意味はない。それより、この先をどうするかだと高間は思った。
ほんの一か月ほどの孤立した日々によって、自分は大きく消耗した。このままでは、そう遠くない先にチームジャニスから敗走することになるであろう。
自分が今の状況を生き抜いていくには、何が必要か。
夢や希望。いや違う。
五十代の自分が心を奮い立たせるには、そんな安易なものではなく、もっと強烈な何かが必要だ。
居場所のないこの空間で、心を押しつぶされそうになった高間の胸の中に、はっきりと、ある二文字が浮かんだ。
復讐。
自分はこれから、チームジャニスの技術も、人も、組織も、全てを知り尽くす。たとえ何年かかろうともだ。それを頭の中に刻み込み、他のチームに移籍して、チームジャニスと竹谷を完膚なきまでに叩き潰す。
そんな考えは愚かかもしれない。
しかし復讐ならば、自分は迷うことなく全身全霊を賭けることができる。
ピットの端に立つ高間の目つきが、異様なほどに鋭くなった。
しかし、そんな高間の変化に気付く者は、誰もいなかった。




