第21話 人間かAIか
世良は、レース先進国である欧州の情報を多く集めていた。
それに影響されてか、今まで前園メンテナンスで行っていた車のセッティング方法を、大きく変更したいと高間に願い出たのだ。
前園メンテナンスでは従来から、チーフエンジニアの高間がドライバーからのインプレッションを聞き、ドライバーの好みに合わせて車両のセッティングを進めていくというやり方をしていた。
それに対して世良は、車に多くのセンサーを取り付け、そのデータをAIに分析させて最適なセッティングを導き出し、ドライバーがそれに合わせるべきだと主張した。
一見、ドライバー優先か、AI優先か、という選択にも見えるが、高間は違う見方をしていた。
世良の求めるやり方では、高間の持つ経験や、ドライバーの意思をくみ取るといったスキルが、ほぼ不要となってしまう。
チーフエンジニアを務めて長くなるが、自分の存在意義というものに、高間は初めて直面した。
高間は、C3のシーズンインが近いのでリスクを取れないことを理由に、世良の申し出を却下した。もちろん、自分が不要になることへの不安は、心の奥底に隠していた。
世良は全く納得せず、高間に食い下がった。もしやらせてもらえないのなら、他チームに移籍してでも試したいと世良は言う。
既にチーム運営や情報の管理にはAIを活用していたので、今、世良に抜けられては困る状況だった。
高間は折衷案として、シーズン前のテストで両方のセッティング方法を試し、タイムが良かった方のやり方を採用することでどうかと伝え、世良も納得した。
三月に行われるC3のテストで、二つのセッティング方法が試されることになった。杉山には詳細を伝えない、いわゆるブラインドテストとして実施することとなった。
テスト前半は従来通り、杉山の感想を高間が聞き取り、車に調整を加えては走るという作業を繰り返した。タイムは良好で、順位も十六台中八位だった。
テスト後半は、前半の走行データから、最適なセッティングをAIが算出し、その通りに車を調整した。
いつもなら、高間がセット内容を杉山に伝えてスタートするが、代わりに世良が出てきたので、杉山は戸惑っていた。
しかし、杉山は、各コーナーでのアクセルやブレーキ操作などについて世良から指示を聞いた段階で、比較テストだということに薄々気付いている様子だった。
世良とAIが生み出したセッティングで杉山がピットを離れたとき、高間は異様な緊張感を覚えた。
杉山は二周目に、早くもベストタイムを更新した。高間は、全身から力が抜けると同時に強い羞恥を感じた。今すぐにでもピットを出ていきたかったが、チーフエンジニアの肩書きがそれを許さなかった。
周りのメカニック達からは同情的な視線を感じたが、そんな中でも世良だけは一心にパソコンを見つめ続けていた。
杉山は最終的に、テスト前半のタイムを一秒近く短縮し、順位も三つ上げて五位となった。
テスト後、高間から杉山に、今回のテストの詳細について説明をした。
杉山からは、テスト後半のセッティングの方が乗りにくかったが、速いタイムが出る方が良いので、世良のやり方で進めたいと希望があり、チームとしては世良のやり方を採用することになった。
それからは、杉山の車の実質的なチーフエンジニアは、世良が担うことになった。
杉山は世良のプレハブに以前にも増して頻繁に通うようになり、車のセッティングや走らせ方、レース戦略、体調管理までも相談している様子であった。
世良から高間には、適宜、報告があったが、今まで自分のチームのトップドライバーに関する調整を一手に請け負っていた高間からすると、自分が長年積み上げてきた居場所が奪われるような気分であった。




