第17話 速さが正義
杉山は、テスト走行を重ねたC3一年目から、その速さを周囲に感じさせていた。
資金の関係から、杉山のマシンをメンテナンスするのは、永島の旧知の小さなガレージであった。
それでも、戦闘力の劣る旧型マシンで、最新型マシンをタイムで上回ることもあり、ヤングガンらしい切れのある走りで注目を集めた。
当初、活動資金は杉山が工場で働いた給料分しかなかったため走行機会は限られていたが、カートの頃からの知人や、飛び込み営業で何とか出資にこぎつけた地元企業などの小口スポンサーを集めることで、少しずつ走行機会を増やすと共に、翌年のシリーズ参戦に向けても真中は奔走していた。
そんな中で、真中は二度、杉山への信頼を失いそうになることがあった。
一度目は、大口のスポンサーを契約直前で失ったときであった。
真中には、自身の本業である輸入自動車販売の関係で、得意先との交友を深めるために利用するスナックがあった。
その店は、やり手の女性オーナーが経営する八店舗のなかの一店で、そのオーナーと偶然に同席した際に、レーシングドライバーのマネージャーをしていることが話題になった。
オーナーは三十代後半の車好きで、会社として広告費の支出先を探していたこともあり、杉山のスポンサーになることについて前向きな姿勢を示した。
オーナーは、五千万円ほどの支援を申し出て、見返りとして、車のサイドとノーズへの広告の掲示と、雑誌やネット広告へのマシンとドライバーの掲載、企業イベントへのチーム関係者の出席を求めた。
条件としては申し分のない内容であり、走行機会と翌年のシリーズ参戦の確保を目指して、真中は交渉を重ねた。
相手の気分を損ねることのないように気を遣い、時には深酒を強いられることもあったが、それにも耐えた。
交渉も大詰めとなり、あとは契約書にサインをするだけとなった。そのとき、杉山が先方と自分一人で話をしたいと希望し、真中はそれを承諾した。
最終交渉の席をホテルの一室に設けて、オーナーと杉山の二人を残し、真中は部屋を出た。
しばらくして、オーナーは怒りの表情で外に出てくるなり、真中に言った。
「失礼過ぎる。もうこの話は無しにして下さい」
帰ろうとするオーナーを何とか引き留めようと真中は試みたが、全く駄目であった。
真中が部屋に入ると、テーブル席に杉山が座っていた。真中は何を話したのか何度も尋ねたが、杉山は、
「自分の考えを伝えただけです。契約できなくなってすみません」
と、頭を下げながら繰り返した。
「ここまでの苦労を考えてくれ。そんな説明では納得できない」
と、真中が食い下がると、
「真中さんには苦労をかけていますが、これはあくまで僕のレース活動で、僕の人生なんです。真中さんが納得するかは関係ありません」
と、サーキット以外では珍しく見せる鋭い目つきで杉山は答えた。
その後も杉山は、何が理由で交渉決裂になったかを話すことはなかった。
一年後、そのオーナーから再び連絡があり、結果的には別会社名での小口スポンサー契約を結ぶことができた。だが、杉山が初めて見せた強い態度により、二人の間に少しの溝ができたのは事実であった。
二度目に真中が杉山への信頼を失いかけたのも、煮詰めていた交渉を反故にされたときだった。
その時の相手方は、国内大手自動車メーカーで、現在もC1にパワーユニットを供給している細田モーターであった。
レーシングカートでの関係者への評判と、テストで見せた非力な旧型C3マシンでの速さが、細田モーターのレース部門の担当者の目に止まり、シリーズ参戦時のエントリー費用とエンジンメンテナンス代金を負担してもらえるという、フォーミュラカーレーサーとしては無名に近い杉山にとって、かなり恵まれた支援内容だった。
細田モーターは、カートとフォーミュラのスクールを運営している関係上、子飼いと呼べる若手レーサーを数多く抱えているため、外様である杉山への支援は異例の出来事と言えた。
また、細田モーターとの関係性を築くことができれば、今後のステップアップに大きなプラスとなることは間違いなく、真中は期待に心を躍らせながら交渉に当たっていた。
だが、この細田モーターとの契約も、最後の細田モーターの役員と杉山のみの面談で破談となった。
細田モーターの関係者は、最後に真中に対して、
「こんな生意気な人間への支援はできない」
と、激しい語気で言葉を吐き捨て、交渉の場を去っていった。
真中は杉山から生意気さを感じたことなど一度もなく、事情を杉山に聞いたが、大口スポンサーの件の時と同じように、杉山は詳細を一切語らなかった。
細田モーターの件で、再び真中は杉山への信頼を失いかけたが、C3でのテスト走行の度に見せるその天性の速さが、それを食い止めた。
モータースポーツでの正義は、やはり速さである。その点で杉山は、自身の才能を知ってか知らずか、走る度にその正義を見せつけていた。
そのドライバーのマネージャーという立場は、真中にとっても魔性のような魅力があった。
その後も真中は、小口スポンサーを数多く集め、型落ち車両でメンテナンスは弱小のガレージのままであるが、C3の年間シリーズ参戦にこぎつけることができた。
エンジンについては、細田モーター製の物は交渉決裂の経緯から使えないため、ライバル社であるトミタ自動車製の中古を何とか手に入れて使用することになった。
そして杉山が十九歳になった年に、C3シリーズに参戦した。結果はシリーズ五位で、全十八戦のなかで二度優勝した。いずれも強い雨の降るレースであった。
レーシングカート時代から得意だった雨のレースのうち、特に豪雨となり、車体やエンジンの差が無くなったレースにおける勝利によって、関係者の杉山への評価は更に高まった。
その結果、紆余曲折はあったが、所属するメンテナンスガレージと共に、C2ジャパンへのステップアップを果たすことになった。
トミタ自動車系列のあるチームが、不祥事による資金難によって急遽撤退することになり、空いた枠を埋めざるを得ないなかでの昇格という、運も味方につけたステップアップであった。
そうして今、C2ジャパン参戦一年目の最終戦を迎えている。




