第16話 1通の手紙、戦う希望
杉山から手紙をもらうのは初めてであった。
三つ折りの便箋を開き、その丁寧な字を真中はゆっくりと読んだ。
真中透様 美琴様
大変なご事情とうかがいましたので、お手紙にて失礼します。同封する写真の車を買おうと思っています。つきましては、お二人に自分のマネージャーをお願いしたいと思っていますが、いかがでしょうか。
杉山悟
写真には、一台のC3マシンが写っていた。濃い青色の車体であった。
仕事柄、市販車のことは詳しい真中だったが、レースに使う車については、さっぱりだった。
また、杉山が言うマネージャーが何を求めているかの詳細も分からなかった。
それでも、杉山からの手紙は、暗い現状に風を吹き込んでくれたように真中は感じた。
真中は、美琴の病状を永島には伝えていた。
きっと杉山は、永島に促されて、電話やメールではなく、手紙でこのことを伝えてくれたのであろう。
何より真中が嬉しかったのは、真中だけではなく、美琴にもマネージャーを依頼してくれたことだった。
真中は輸入自動車を取り扱う会社で働いていることもあり、英語と少しのイタリア語を使うことができる。社会人として仕事のノウハウもあるので、いくらかは杉山の力になれるであろう。
だが、美琴は違う。
レースのことは多少知っているが、アルバイトの経験すらないただの高校生でしかない。美琴をマネージャーにしても、杉山にとってのメリットなどないことは明白だった。
きっと杉山は、この写真に写るフォーミュラカーの側にマネージャーとして行けるという未来を示すことで、美琴に困難へ立ち向かう活力を与えようとしているのだ。
レースが好きな人間は、レースに関する記事を読むだけで心が躍り、本物のレースカーを見るだけで興奮する。
子供の頃から美琴を見ていて、そして永島のショップに集まるチーム員と関わってきたことで、真中はそれを理解していた。
レースに全てを捧げている杉山も当然、そのことを分かっているはずだ。
苦労人である杉山は、暗闇の中に差す一筋の光が持つ力を分かっていると、その上でシャイな彼らしく手紙で伝えてきたのだと、真中は理解した。
杉山からの手紙が届いた日の夕方、真中は美琴の病室を訪れ、無言で手紙を渡した。
「なになに、何なの」
手紙を受け取った美琴は、一言も喋らない真中を怪訝に思った様子だったが、封筒の差出人の名前を見て、真剣な表情になった。
封筒から中身を取り出した美琴は、まず写真をじっと見つめ、その後に便箋を読んだ。
全て読み終えて、真中に向かって寂しそうに、小さく微笑みながら言った。
「これって、同情かな」
少しの沈黙の後、真中は答えた。
「いや。杉山君なりに示したんだと思う。美琴への友情を」
「あいつはさ、本当に口下手だよね。手紙も同じ」
美琴が、目に浮かんだ涙を右手の親指でぬぐった。
「父さんはそういうところも気に入っているし、この依頼を受けようと思う。美琴はどうする」
「やってもいいけど、あいつの役に立てるかな。手術もあるし」
「ドライバーの気持ちを父さんは分からないけど、美琴は分かるだろ。それに父さんには普段の仕事もあるから、美琴が手伝ってくれると助かる」
「なんか、杉山と父さんに上手く担がれている気がする」
美琴はさっきと違い、明るい表情で微笑んだ。
「あとさ、この写真を送ってくるのはズルイよね。この車の近くにいたいに決まってるじゃん」
うーん、とわざとらしく悩んだふりをして、
「私やるよ」
と美琴は言った。
封筒と便箋をサイドテーブルの引き出しにしまい、写真をしみじみと眺め続けている。
微笑むというよりは、ニヤけているという表現が正しい表情だ。
こんな明るさを見せたのは、いつ以来だろう。
最初の手術に続いて、今回も杉山が力を与えてくれた。
その日の夜、いつか杉山に恩を返さなくてはいけないと、真中と妻は明るい兆しに胸を少しだけ弾ませながら話をした。
だが、その明るい日々は長くは続かなかった。
杉山からの手紙が届いてから十日後に、美琴は手術を受けた。今回は七時間に及ぶ手術であったが、右足の膝下に中等度の麻痺が残ってしまった。
腫瘍は取り切れており、脊髄に新たな傷を受けた訳でもなく、医師も首をかしげる原因不明の麻痺であった。
更にその後の化学療法、特に抗がん剤による治療において、副作用が強く出てしまった。
嘔吐と食欲不振による体重減少により、元々は五十二キロあった体重が、三十九キロになってしまった。
加えて、全身の脱毛も著しくあり、まるで別人のようになっていく娘の姿を目の当たりにして、真中も食事が喉を通らず、眠れない日々を過ごした。
真中と妻は、美琴が生まれてから、その愛らしい姿を見て、数えきれない程の幸せを感じてきた。
しかし、全身の毛が抜け、げっそりと痩せ細ってしまった娘の姿を見て、このような苦しさを娘に与えた運命を憎んだ。
そんな病状でも、美琴は弱音を吐くことはなかった。代わりに、苦しい時には、杉山から送られてきた写真の入った写真立てを胸に抱きしめ、時にはそのままの姿で眠りにつくこともあった。
そんな美琴の闘病は、約二年に及んだ。
その間に、杉山は写真の青いC3マシンを購入し、一年目は練習走行のみ、二年目にはレースに参戦した。
残念ながら、美琴はそのC3マシンに触れることはなかったが、真中は自分の仕事と掛け持ちで、マネージャー業に勤しんだ。
最初は、カートの頃と同じように、各所への手配だけをしていたが、杉山への世間の注目度が上がるにつれ、メディアやスポンサーなどへの対応の窓口を担うようになっていった。
自身の仕事や美琴の闘病の支援に加えてのマネージャー業であり、真中は多忙を極めたが、苦しむ娘の力になれない自分の無力さを忘れさせてくれるという意味では、ありがたい忙しさであった。




