第15話 最終戦の悲劇
C2ジャパン最終戦の公式練習2が開始から十五分を過ぎた頃、杉山のマシンに新しいタイヤが取り付けられた。
タイヤを温めるケブラー製のウォーマーはまだ外されていないが、そう遠くない時間に車がピットを出ていくだろう。
そんな光景を眺めながら、真中はヘッドセットから流れる無線に耳を傾けつつ、杉山が最後にカートレースを走った日を思い浮かべていた。
杉山が参戦した全日本カート選手権の最終戦は、雨模様の一日だった。雨の日は、車のメンテナンスやセッティングの項目が増える。
美琴も真中も朝から忙しく動き回っていた。
杉山は予選までトップを快走していたが、決勝レースの一コーナーで、他車に巻き込まれる形でクラッシュした。
杉山の車が、会場に響き渡るほどの鈍い音と共にタイヤバリアへ激突した直後、真中と数名のチーム員がその現場に向かって走った。
杉山は左足を血に染めてはいたが、自力でマシンから離れていた。
杉山のマシンは、一目で二度と使えないことが分かるほどに損傷していた。
杉山がヘルメットを脱いで永島と話し始めたのを見たのと同時に、美琴がその場にいないことに真中は気付いた。
ピットの方を見ると、雨の中、美琴は身動き一つせずにこちらをずっと見ている。
杉山のクラッシュが大きなものだったので、驚いて立ちすくんでいるのだろう。十七歳といってもまだ子供だなと思いながら、真中は小走りにピットへ戻った。
美琴は顔面蒼白で、今にも泣きだしそうな目をしていた。
真中が近寄ると、美琴は、生まれてから見せたことのないくらい悲しい表情で言った。
「お父さん、右足が痺れて動かない」
サーキットでのその後のことを、真中はあまり覚えていない。
ただ、雨が強く降り続いたことだけは記憶に残っている。
痺れの原因は、脊髄腫瘍の再発であった。
しかも今回は悪性で、発症した部位も良くなく、前回よりも手術のリスクが高い上に、術後に抗がん剤などの化学療法も必要となるものだった。
診断結果を聞き、真中親子は三人でさめざめと泣いた。
美琴が何をしたというのだという気持ちで、真中の胸は張り裂けそうであった。
代われるなら代わってやりたいと、真中と妻は何度祈ったか分からなかった。
美琴は自分の身に起きたことを、次第に受け入れていった。
だが、それと引き換えに、美琴は日に日に感情を失っていった。何をしていても、無表情で過ごすことがほとんどになった。
真中と妻は、美琴の前では明るく振舞い続けたが、自宅に帰ると二人とも塞ぎ込んだ。
家族三人にとって深い暗闇のような日々が続くなか、美琴の手術の日が決まった。
今回、美琴が手術を拒否することはなかったが、前回よりも手術の難易度も後遺症のリスクも高くなることや、術後の化学療法も長く苦しいものになるとの医師の説明を受け、美琴から生きようとする力が失われていっているように、真中には見えていた。
深い絶望の淵に立つ我が子を勇気づけようとする言葉も空回りするばかりで、真中は自身の親としての力の無さに落ち込むばかりであった。
そんな時、杉山から一通の手紙が届いた。
封筒の中には、手書きの便箋と一枚の写真が入っていた。




