第12話 娘と同い年の少年
C2ジャパン最終戦の公式練習セッション2が開始された。
各車がピットロードからコースに出ていくなか、杉山悟はコックピットの中で目を瞑り、両手を小さく動かしながらイメージトレーニングをしている。
杉山の車両の左後ろに、真中透は腕を組んで立っていた。頭には無線用の黒いヘッドセットを付けている。
真中は杉山個人のマネージャーであり、無線でのやり取りに加わることはない。
だが、レース展開に応じて杉山への細やかなサポートを行うため、時折交わされるチームと杉山の会話に耳を傾けている。
真中が杉山のマネージャーを始めたのは約二年前からだが、二人の出会いは今から六年前に遡る。当時の杉山はまだ中学二年生であった。
真中には、美琴という杉山と同い年の娘がいる。
真中が輸入自動車の販売会社で働いていた影響か、美琴は小さな頃から車が好きだった。
小学生だった美琴は、どこで知ったのか分からないが、レーシングカートを始めたいと言い出した。
職業柄モータースポーツに抵抗がなかった真中はそれに賛成し、レース好きな同僚から永島のショップを紹介してもらった。
小学四年生からカートを始めた美琴はその後もレースを続け、中学二年生には地方選手権にも出場し、時折、表彰台を獲得するほどに上達していた。
その年に、美琴と同い年の少年がショップに出入りするようになっていた。
それが杉山だった。
倉庫にあったクロという愛称のカートを売りつけられた子として、ショップに通うチーム員の間では評判であった。
真中が初めて杉山に出会ったのは、永島が所有するコースのピットだった。
美琴の練習の手伝いに来ていた真中に、杉山から挨拶をしてきた。
聞けば、美琴と同じ中学二年生とのことだったが、年齢よりも落ち着いた雰囲気と、丁寧な言葉遣いが印象に残った。
その後、美琴と真中がコースに来ると、常に杉山はそこにいた。
だが、不思議とカートに乗ることはなかった。
聞けば、資金がないのでアルバイトをして貯めていると、杉山は照れ笑いを浮かべた。
永島にそれとなく事情を聞くと、両親がいないがレースをやりたがっているとのことであった。
苦労している子供だと、真中は思った。
その後も何度となくコースで顔を合わせているうちに、真中は杉山に好印象を持つようになっていた。
コースの様々な場所で、他人の走りを真剣に見つめる姿。同い年の美琴とは、まともに会話ができないシャイな一面。
チーム員の誰もが杉山を好意的な目で見守っていた。
杉山が初めてカートに乗った日、真中と美琴もコースに居合わせていた。
杉山が走った最初の十周は、誰が名付けたかは定かではないが『衝撃の十周』と呼ばれ、チーム員の間でいつしか語り草となった。
それほど圧巻の走りであった。
翌年に杉山はレースを始めたが、美琴とは参戦するクラスが違っていたので関わりはそれほどなかった。
しかしその翌年に杉山が地方選手権に参戦してからは、関係が次第に深まった。
地方選手権は概ね都道府県単位でシリーズが開催され、各コースを転戦し、その総合順位を争う。
杉山と美琴が同じシリーズに参戦することになり、真中が杉山の宿泊の手配を行ったり、現場への移動を共にするうちに、真中家と杉山の距離は近づいていった。
真中は杉山という若者に魅力を感じていた。
若い割には落ち着いた雰囲気や口下手で朴訥な性格もそうだが、杉山に独特のオーラをまとわせている一番の理由は、その速さにあった。
永島が他のチーム員には見せない姿勢で杉山を育てようとしていることに、チーム員の誰も不満を持たないほど、杉山には誰の目にも明らかな速さがあった。
地方選手権のレースで杉山は中団を走ることが多く、美琴と順位を争うこともあった。
シリーズが始まった当初、美琴は杉山をライバル視していた。自分よりも経験年数の浅いドライバーに負けるのは、どんなレベルのカテゴリーであっても、プライドが許さないものだ。
その美琴のプライドは、ある出来事によって無残に打ち砕かれることになる。




