26 名無し7
下がざわめいた気がするが、聞こえなかったことにする。
登って、登って、時々休憩してまた登って、
「――あっ。」
周りの木から伸びている枝葉を突破している最中に声が聞こえてきた。少し驚いて幹をつかみ損ねそうになったがなんとか踏ん張る。
まさかこんなところで声を聴くとは思わなかった。
辺りを見渡して声の主を探してみると、ほんの数メートル先の枝に子供が3人いた。
「ばっ、か、ラーサが声出すから気づかれたじゃんか。」
「だって、つい出たんだもん。」
「ひいぃ、こっち見てるぜ。……喰われるんじゃないか。」
なぜかひどく怯えられている。何故だ、……いや登るスピードが速すぎたか。人には無理そうな速度だったしな。
「……こんにちわ。」
とりあえず挨拶してみる。
「お、おい、言葉しゃべったぜ。ビニ、相手しろよ。」
「俺かよ!? ……俺はあんまりおいしくないです、勘弁してください。ラーサのせいなんだから、ラーサが相手するべきだろ。」
「……あたし? え~、えっと、こんばんわ。」
「まだ暗くないよ。」
もうどうリアクションをすればいいのか。
「え、え、え、じゃあ、こんばんわ、じゃない、こんにちわ。」
「……こんにちわ。」
「こんにちわ。……ねぇ、これからどうすればいいの?」
「知るかよ、とりあえず自己紹介か?」
「ああ、そのあたりじゃね。」
「ねえ、あなたたち、こんなところで何してるの?」
話が進みそうにないので無理やり主導権を奪うことにした。
「え、あたしたちは、……言っちゃっていいの?」
「いいんじゃないか? 機嫌を損ねさすなよ。」
「え~と、木人様が来られると聞いてこっそりここから覗いて見てたの。」
「木人様? それってなに?」
「あなたが出てきた肉のお化けの方よ。」
「ばっか、その言い方は木人様に失礼になっちゃうだろう。」
「じゃあどう言うの?」
「そうだな、肉の、肉っぽいお方?」
「なるほどね~。」
木人様ってトレントのことか。しかし、ひどく誤解を与えてしまっているようだ。
「木人様が肉っぽいのは俺のせいだよ。あれは肉を巻き付けてるだけで、下はもっと樹木っぽいよ。」
「そうなんだ。ご本に書かれている姿と違ったから変だとは思ったんだ。」
「俺も俺も。」
「俺も~。」
なんだか頭の緩そうな子供たちだ。しかし落ち着いてはきたようだ。
これはチャンスか?
下の偉そうな人たちと話す前に警戒の緩そうな子供から情報を得ておくのは悪くない気がする。このままご機嫌をとっていろいろと聞き出そうか。
「……ねえ、あなた、」
悪いことを考えていると、女の子が意を決したかのように息をのんだ。
「なにかな?」
「あなたって、精霊か妖精なの?」
「いや、違うよ。なんでそう思ったの。」
「だって、木人様と仲良さそうだし、神霊樹に触れても平気そうだし、ならもしかして、」
「お、おい、ラーサ、やめとけよ。」
「……悪魔だったりするの?」
ハッハ、
少し笑いが漏れてしまう。そんな俺を子供たちは不思議そうに見つめた。
子供たちのいる枝に手を伸ばして飛び移る。強化された身体能力の前では失敗なんかしない。悠々と子供たちの前に来ると、男の子二人は後ずさりをした。女の子はしっかりと俺を見ている。
「悪魔って肉体があるの?」
「……無いと思う、けど。」
「だったら悪魔と思った根拠はなに?」
そういうつもりはなかったが、少し詰問するような口調になってしまった。しかし女の子は気にしなかったようだ。
「真っ黒だから。」
「え?」
「真っ黒だから。……暗黒は不吉な色だから、」
「あなたたちだって黒いじゃない。」
「あたしたちは月夜の闇だから、悪魔の黒は虚無の暗黒っていうし。」
「そんなに黒い?」
改めて自分の姿を見下ろす。……確かに黒い、いや汚い。
「これは汚れだから、ほら。」
指で肌をこすると腐った垢と泥が取れて白い肌が見えてくる。
「本当だ。なら悪魔じゃないのね。」
「へー。」
「ほー。」
後ろにいた男の子も白い肌を見に来る。
「……っていうか、めっちゃ臭くね?」
「え?」
「今まであんまり臭わなかったけど、なんか地肌が見えてから、……やっべ、くっせ、くっさー!」
「え?」
「くせー、くせ~~。」
「え?」
臭い臭いと連呼されてなんだか恥ずかしくなってくる。
「ほんと、臭いね、どうにかしたら?」
女の子にも言われてしまった。むしろ女の子に言われたからさらにダメージが大きいというか。
「え~、どうしろと。」
「水場を教えてあげるよ。ついて来て。」
「ありがとうございます……。」
臭い臭いと男の子に囃し立てられながら、女の子について枝を渡り始める。
あの木を登るのはまた今度だな……。
「ここだよ。」
連れられた先は小さな石造りの洗い場だった。
「きれいだ――」小川から水を引いて作られたそこはこじんまりとしていて可愛らしい。
手を水に伸ばそうとして、
「ちょっと、そのまま水に触ったら汚れてしまうじゃない。桶にくんでからにしてよね。……いや、それでも水が汚れるかも。なら、ほら。」
「え、俺たちかよ。」
「やだよ、めんどくさい。」
「男の子同士なんだから、洗ってあげなさいよ。水場を汚すと後が大変なんだし協力しなさい。」
「あ~、いや、一人でもできるよ。水さえ汲んでもらえれば。」
流石にそこまでしてもらうほどではない。というかそもそも水は魔法で作れた。まあ地脈から離れてしまっているし、好意を無駄にするのも忍びない。言うほどではないか。
「なに? 恥ずかしがってんの?」
「いや、恥ずかしというか……、ああ、そういえば女の子だった。」
「え?」
「え?」
「ウソだろ?」
「いや、ほんとほんと。俺……じゃない私は女なの。うん、そうでした。」
「え~……。」
なんだか嘘くさい目で見られてしまっている。
「ほんとにぃ? 言っちゃ悪いけど、女の子っぽくないわよ。」
「う、」
「女の子なら、もっと身だしなみに気を使うものよ。そんなに汚らしくて平気なんて信じられない。」
「返す言葉もございません。」
「まあ、ラーサに言われちゃおしまいだな。」
「んだな。」
「ちょっとあんたたち、どういうことよ!」
「うお、やべ。冗談だよ、冗談。」
「はあ、まったく。まあいいわ。あんたたちはちょっと離れてなさいよ。」
「へーへー。」
「わかりましたよ。」
「覗くんじゃないわよ。」
「んなことしねーよ、」
男の子たちは水場から離れてどこかへ行ってしまう。その間に女の子は水を汲んで準備を整えていった。
「ほら、その汚いの脱ぎなさいよ。」
「えー、どうしても?」
「それだけ汚れてると見えないところを自分で洗うのは難しいわよ。……あたしもお母さんによく洗ってもらうから。」
「うーん、仕方がないか。」
有無を言わせない迫力に押されてしまい、抵抗する気がなえていく。諦めて女の子の成すがままにされることにした。
「あら、本当に女の子だったのね。」
「そう言っただろ?」
「だって、言葉遣いとか……雰囲気とか、どう見ても女の子っぽくないんだもの。」
丸裸にされて頭から水を流されなれながら女の子をじっと見る。それを見つめ返されて、少しの間見つめあった。
「ねえあなた。」
気まずくなりそうになったころに声をかけられた。
「名前はなんていうの? わたしはラーサって言うの。」
知っている、さっきの二人にそう呼ばれてたから。
「あなたは?」
「名前、名前か。」
どう名乗るべきなのだろうか。こちらの名前にはもう失ったと考えるべきだろうか。
「ムラクモ。」
口からついて出たのは地球の名前だった。
「……変わった名前ね。ムラクモね。よろしくね。」
その響きを聴いて、胸の奥からこみ上げるものがあった。
「ムラクモ、どうしたの?」
「いや、少しね。久しぶりに名前で呼ばれたから戸惑ってしまって。」
「ふーん。」
ラーサは気にした様子もなく、水をかけながらヘチマのようなもので俺の体を洗っていった。頭から滴る水に紛れて、滲んだ涙が落ちていった。もう呼ばれることがないと思っていた名前が、まだ自分自身にとって大切なものだったのだと気が付かされた。
初めてその時、元の場所へ帰りたいと思った。
「ん、なにこの髪の毛?」
頭に巻きついた髪の毛を剥がしながらラーサはそう呟いた。」
「なんで真ん中だけ長いの? しっぽみたい。」
「あー、それは、……なんとなくそうなったの。」
「変なの。」
「切ろうか。」
ナイフは手元にある。糸代わりに伸ばしていた髪の毛だが、もう必要ないだろう。
「まって、――へー、あなたの髪って太陽の色をしているのね。」
「珍しいかな。」
「このへんならね。人族にはそこそこいるって聞くけど。」
頭にシャンプーのような粘り気のある液体をつけられて洗われる。
「きれいな色ね、透き通るみたい。切るのはもったいないと思うわ。」
「そうかな。」
「そうよ。」
「そうなんだ。」
「それにしても、」
だいぶ洗われてきれいになってきた。すすぎの水を頭からかけられて終わりが近づいている。
「ムラクモって、もしかして、人族?」
「――そうだよ。」
答えるのに少し悩んでしまった。
「そうなの。」
「あれ、それだけ?」
森族は排他的と聞いていたので少し拍子抜けしてしまう。
「それだけって?」
「いや、森族は人族をあまり好まないって聞いていたから。」
「あたしはそうでもないから。でも、丘向こうの人たちは人族をあんまり好きじゃないってよく聞くかな。」
「それって森に道を作った話と関係がある?」
「よく知ってるね。……でもあんまり関係ないかな。もともと好きじゃなかったらしいし。ただ、」
「ただ?」
「道を作ったせいで丘向こうの人たちとあたしたちの集落はよけい仲が悪くなったってお母さんが言ってた。」
ラーサは少し目を伏せて黙ってしまう。あまり好きな話ではなかったらしい。不躾な話題を振ってしまったことに後悔する。
「さ、これでいいわ。」
どうやら終わったようだ。
「ありがとう。」
「お礼なんていいわよ。でも、こうなると服がないわね。」
ラーサは俺の着ていた布のようなものを一瞥して嫌な顔をする。
「お……私は気にしないよ。」
「あたしが気にするのよ。そうね、あたしが昔着ていた服をあげるから少し待ってて。」
いうが早いかラーサは走り去っていた。反論する間もない。
少ししてラーサが戻ってくると手には青い服が握られていた。
「その青い服ってここの人たちみんなが着ていやつだね。」
「まー、普段着だからねー。でもこの色以外にもお祭り用の衣装とか学校用の制服もあるのよ。」
下着一式と服を渡されていそいそと着替える。構造は普通のワンピースと変わらなかったので手間取らなかった。
「うんうん、よろしい。よく似合ってるわ。」
「いろいろとありがとう。」
「……………」
あらためてラーサからじろじろと見られる。
「どうしたの?」
「う~ん、聞かないほうがいいかと思ったけど、やっぱり聞くわ。」
なにを? とは声が出てこなかった。ラーサの言葉の続きを待つ。
ラーサはためらいがちに口を開いた。
「それで、ムラクモは何をしにここへ来たの?」
「それは……」
聞かれることを想定していないわけではなかった。それでも言いよどんでしまう。
「私も聞きたいくらいなんだ。私は、これからどうすればいいんだろう。」
とりあえず元の広場の上の枝へとラーサ、ビニ、バンの三人と戻ってきた。ビニとバンはラーサから紹介された。その二人は俺が人族とわかると驚いてこちらへと声をかけてこなくなった。時折二人でコソコソと内緒話をされるとなんだか身が狭く感じる。
結局ラーサへはここにきた目的を話せなかった。ラーサもなにか察したのかそれ以上聞いてくることはなかったのがありがたい。
「ここの人たちは何を待っているんだ?」
下を見下ろしながらそんな疑問が出てきた。
「木人様と神霊樹の"語らい"が終わるのを待ってるの。そのあとに木人様が知恵を授けてくれるの。」
「"語らい"? この大きな樹は生きているの?」
「さあ。お母さんがそう言ってたから、そうなんじゃないの。」
あまり詳しくは知らないようだ。
『娘よ。』
突然重低音が下から響いて来て、
「きゃっ!」
それにラーサがひどく驚いてバランスを崩した。咄嗟に手が出てラーサの手をつかむことに成功する。しかし体重が足りないのか踏ん張りが足りず。
「ラーサ、枝につかまって!」
二人とも落ちるのは最悪だ。ラーサのバランスを取るために全身を使って押し上げ、その代わりに俺は完全にバランスを崩して下へと落ちていった。
運よく足から下に落ちている。これならうまく着地できるかもしれない。体内に残った魔力で全身を強化していく。なあに、熊に吹き飛ばされたのに比べれば大したことない、はず。
数分にも思えるような数秒の自由落下の後、ズドンと音を響かせて着地する。地面が柔らかかったのか十数センチ地面に突き刺さった。足の裏からしびれが這い上がってくる。
やはりどうも、人間をやめてしまっているとしか思えない。ふつう、この高さから落ちたら死ねる。それが足がしびれただけで済んでしまうとは。いや、この世界の人間はやたらと耐久力が高いのかもしれない。
しびれが治まって顔を上げると、遠巻きに兵士が弓をつがえてこちらを狙っていた。




