23 レミナ1
木人様がお見えになるまで残り一日を切っていた。9の月の最初の日、太陽が最も高く昇る時間に木人様は神霊樹へと到達される。太陽の光が一直線に神霊樹へと降り注ぐその時を、4年前と同じになるであろうその光景を思い出していた。
魔物もこの日はおとなしくなる。集落の防衛を気に病む必要もこの日は無縁だ。と、いうその考えは脆くも打ち砕かれた。
「――敵襲です!」
各集落の族長が集う待合室にその急報が届くと、まるで図ったかのように誰かがカップを落とし、音を立てて割れた。
「状況を報告せよ。」
「数は一、ゴーレムかゾンビに近い8mほどの巨大な肉の塊が近づいてきています。」
「方角は?」
「東の、木人の散歩道から集落を目指して西進しています。事前に木人様をお迎えする斥候隊が発見しました。」
「残りの斥候隊はどうしている。」
「距離を保って動向を見守っています。」
ちらり、と部屋の中を見渡す。各族長は落ち着き払っていて表情から何かを伺うことはできなかった。
「これは、いささかよろしくないですな。」
東の丘向こうの族長、サンル・ヴェント・オリン様が声をかけてくる。つい、お前の差し金か? と聞きたくなるのを飲み下す。直接確認するまでは断定できないが、報告の限りでは人造ゾンビの可能性が高い。ならば、誰が、という疑問が出るのは当然のことだった。だが、一番怪しいはずのヴェントは目の間で堂々としている。
「ご安心ください、集落には一歩も踏み入れさせません。」
「それは頼もしい。……ですが、あまり時間がないですな。」
「そうですね。手早く片付けないとなりますまい。私が陣頭指揮を執ります。待機している第一から第四までの部隊を即応させろ。」
伝令に命令を持たせて部屋から下がらせる。私も準備をしなければならない。
「皆様、それではしばらくお待ちください。」
「狼の称号を持つフィーレス族長代理のお手並みを拝見といたしましょう。」
妙に気に障る言い方をするヴェントに一礼をして、部屋を出た。
「レミナ。」
聞き覚えのある声に呼ばれて振り返った。
「父上、起きられても大丈夫ですか?」
部屋で臥せっていたはずの父上がそこにいた。
「……兵の走る音が聞こえてな。なにかあったのかの?」
「……木人の散歩道から見知らぬ敵が現れました。それを迎え撃たなければなりません。」
私の言葉に父上は目を見開いて驚いたようだ。
「またか……。それでどうする?」
「倒さねばならないでしょう。それも、フィーレスの軍力を示すために。」
「そうじゃな、そうするしかあるまい。」
父上はため息を吐き出した。なんの憂いもなければ、押しとどめて木人様が来るのを待つ、という手もある。しかしそうもいくまい。
「お前には迷惑をかけるな。……二年前も、今日も。」
「それは言わないお約束でしょう。」
「そうじゃったな。……わしも出るぞ。」
「しかし、お体が。」
「なあに、ただの風邪じゃよ。それに、血を滾らせると治りも早くなる。」
頼もしいような、危なっかしいようなその言葉に少し肩が軽くなったような気がする。
「ヴェントのやつが何を考えておるかも感じんとな。」
「まだ決まったわけではありますまい。」
「お前もそうおもっとるじゃろ?」
「それは……、言えませぬな。」
「なんじゃ、はっきりせんやつじゃのう。」
二の句が継げず黙ってしまう。それをみて父上はカラカラと笑った。
「なんだか様子が変じゃない?」
下の様子が慌ただしくなっているのを木の上で見ながら、ビニとバンに声をかける。
「木人様がこられたんじゃねーの。」
「でも、……ほら、」
広場を埋め尽くしていた人の波が引いていく。そしてそれと入れ違いに武装した兵士が広場に集まりだした。
「なんだか嫌な予感がする。」
「怖いこと言うなよ。」
あたしはバンの言葉を否定することができなかった。
「あっ! パトリアッカ様だ。それに、パッシート様も……」
「うそ、まじかよ。どれだ?」
「ほら、あの赤い兜がパトリアッカ様、その横の緑のマントがパッシート様。」
「お~あれか。俺、フィーレス族長代理とサンル王を見たんは初めてだわ。」
「俺も。」
「フィーレス族長代理の、彩狼に認められた証拠の傷はどこにあるんだ?」
「右頬にあるけど、兜をかぶってるから見えないよ。」
話しているうちに、下の準備が整ったようだ。パトリアッカ様は兵を率いて東へと移動されていった。
第一隊から第四隊、400名を率いて進軍を開始して40分ほどしてとこちらへ向かっていた斥候隊と合流することが出来た。
「目標は?」
「依然集落を目指して西進しています。木人の散歩道から外れる気配がありませんので、目標は神霊樹と思われます。」
「他に追従する影はないか。」
「ありません。完全に1体のみです。」
「よし、ここで迎え撃つ。第一隊・第二隊は横隊を三列に組め。第三隊は後方で魔術陣、第四隊は左右に展開し弓による援護だ。」
「まあ1体だけならそんなもんじゃろうな。……ちと、大げさすぎる気もするが。」
「敵の能力が未知数ですから。それに、もし魔物であった場合はサイズはあてになりますまい。」
「ゾンビかゴーレムなんじゃろう? いや、思い込みはいかんな。」
指示どおりに兵が陣形を組み上げていく。2分そこらで迎え撃つ準備が整い、しばしの静寂が森を包んだ。
「――来ました。」
斥候が目標を確認した合図の手を挙げ、一気に緊張感が満ちる。
……ズ、ズン
それに遅れて重い音が響いてくる。
右手を挙げる。
キリ……
矢を番える音が聞こえる。
……ズン、ズン
ジャラ……
最前列の兵が盾を並べて低く腰を構えた。
キリキリ、
弓を引き絞り、既に撃てる状態になった。あとは、撃つタイミングを指示するだけだ。
ズン、
「!」
その姿が露わになった。巨大な、肉片を纏った醜悪な物が現れた。乾いた風が巻き起こり、肉をはためかせている。風に乗って生臭い匂いがこちらまで漂ってきた。
「報告に合ったとおり、ゾンビかゴーレムの類いですな。」
父上に同意を求めるが、父上は敵をじっくりと観察していて返事はなかった。
姿を現した敵はこちらを確認してしばらく固まっていたが、その歩みを再開してこちらへと向かってくる。射撃を行うタイミングを図る。ぎりぎり2射を放てる最短距離を計算する。
もう、少しで。
手のひらを横にし、振りおろす準備をする。
兵の間でも緊張感が最大となり、後方で展開された魔力場と相まってビリビリと肌を震わせる。
敵がもう一歩を踏み出し、
「ツッ! はな」
「待て!!!」
号令をかき消すように父上が大声を出した。
「撃つな!! 今すぐ矢を離して下がれ! 陣形を解いて道を開けろ!」
「父上! いや王よ、何故止められます!」
「あれは、……あれは、木人様じゃ! 弓を引くことは許されん!」
父上の言葉の意味が一瞬理解できかった。
敵の姿をもう一度見る。あの肉の下に……、いや、肉がなければ。
4年前のその姿を思い浮かべ、目の前のそれに重ねていく。
「あ。」
ひどく間抜けな声を出して、遅れてやっと気がついた。




