22 ラーサ1
集落がこの数日間、慌ただしくなっているような気がする。お祭りの準備に追われているせいなのかな、それに行きかう人の表情がみんな強張っているように見えるのも気になる。
「お母さん、お母さん、なんだかいつもより変じゃない?」
「どうしたの、ラーサ。」
お母さんが洗物をやめてこちらへ向かってくる。
「なんだかみんな緊張してない? いつものお祭りと何か違うの?」
「ラーサは知らなかったの? ……そうか、2年前は中止になっていたから知らないのも無理は無いわね。」
「なんなの? 早く教えてよ。」
「ああ、ごめんね。今回はお祭りをする前に大事なことをしなければいけないの。」
「大事なこと?」
「2年に一度、神霊樹が活性化する日が来る。」
神霊樹? 森の中で一際背の高いあの木に何が起こるんだろう。普段は守人さんたちがついているからあまり近寄れない。
「そしてその日には、私たち森族にとって大事なお客様が見えられるの。」
「誰が来るの?」
「本でも読んだでしょう。私たち森族をこの地へ導いたとされる、木人様よ。」
「木人様が来るの?」
本で読んだことがある、大きな樹の精霊。
「あたしもごあいさつできるかな。」
「それは、ちょっと難しいかもね。お姿を拝見する事はできるけど、多くの人が詰めかけるからどうしても後ろの方になっちゃうしね。」
「え~、そんなー」
「そんなことよりも、ラーサのお祭り用の衣装合わせをしないと。ちょっと立ちなさい。」
立ち上がると、お母さんに服を脱がされた。お母さんはあたしに何枚か服を当てて、「これにしようかしら、それとも……、」と呟いている。でもあたしはそんなことよりも木人様のことで頭がいっぱいだった。
あたしたち子供は催し物の時の席順はいつも最後尾だ。今回もそうなってしまうんじゃないだろうか。そんなの嫌だな。あたしも木人様とお話してみたい。
「ロッダならなにかいい方法知ってないかな。」
「なに? ロッダってあの丘向こうの子じゃないの。」
しまった。
あたしの呟きをお母さんは耳聡く聞き漏らさなかったようだ。
「いつの間に仲良くなったのよ。」
「おとといから……」
「丘向こうの人たちは少し危ないからね。あまり近づくんじゃないよ。」
「なんでみんなそう言うの? ロッダはいろんなことを知ってるから一緒に遊ぶと面白いんだよ。」
「子供は知らなくてもいいんだよ、お母さんの言うことを聞きなさい。」
大人はいつもそう言う。丘向こうの大人たちとこっちの大人たちは仲が悪い。でもあたしたちにはそんなことは関係ない。今日もロッダたちと遊ぶ約束をしている。その時に今日のことを話そう。ロッダは何でも知っているから。
「ね~、お母さん、まだ終わらないの?」
「もう少しよ、じっとしていなさい。」
お母さんはあたしの髪の毛をいじりだした。こうなるとお母さんは時間がかかる。背中をお母さんに預けて、あたしは髪をすくお母さんの手を感じていた。
「おせーぞ、ラーサ。」
「ごめんね。お母さんに捕まってたの。それよりも聞いた? もうすぐ木人様がお見えになるらしいよ。」
「おめえ、そんなことも知らなかったのか?」
「おくれてんなぁ。」
ロッダたちはあたしを馬鹿にしたように鼻で笑った。
「知らなかったんだからしょうがないじゃない。ロッダたちはお会いしたことあるの?」
「う、いや、俺たちも会ったことはねーよ。ただ、俺たちが中央に来たのはそのためもあるからな。」
「会えるの? ……いいなあ。あたしは後ろで見るだけって言われたの。」
「近くで会えるのはロッダだけだよ。付き添いの俺たちはラーサとおんなじ後ろのほうだ。」
「んだな。」
バンの言葉にビニも頷いて同意している。
「ロッダはなんで近くで会えるの?」
「そりゃあ、俺はオリンの族長の後継者だからな。」
「へー。」
「そこは驚けよ……」
「そんなことよりも、木人様にもっと近くでお会いできないかな。」
「そりゃ無理だろ。ロッダの付き添いできた俺たちでさえだめなんだぜ。」
「えー。」
「諦めろよ。」
「だって初めてお会いできるのに、後ろからなんて……」
「…………」
バンとビニは最初から諦めてしまっている。ロッダは少し考え込んでいた。
「ロッダ、何か無い?」
「……そうだな、流石に無理だと思うけど、」
ロッダでも駄目なのか、がっかりしてため息をついてしまう。
「ハァ、そっか~……。」
「ん~、今日は予定を変えて会場に行ってみるか。」
「え?」
「どうするんだ?」
「どうするの?」
ロッダの言葉に私たちは戸惑ってしまう。ロッダは今日、底なし沼の深さを調べるって張り切っていたのに。
「会場に行けば木人様に会える……、は無理でも近くで見るくらいのことは思いつくかもしれないぜ。そっちのほうも面白そうだしな。」
「お、いいな。」
「さんせー。」
「……いいの?」
「ラーサたってのお願いだし、ちょっとはいいところを見せないとな。」
ロッダはちょっと照れたように頭を掻いている。
「さ、行ってみようぜ。」
私たちは連れ立って神霊樹のある広場へと向かっていった。
ほんとうに、何かいい方法が思い浮かぶかな?
神霊樹の周りでは大人たちが忙しそうに動いていた。やぐらを組んだり、テントを張ったり、旗を吊るしたり。みんな忙しそうで私たちには眼もくれない。
「どっか、隠れるようなところ無いかな。お前らも探してみろよ。」
最初からロッダは正攻法は諦めているみたいだ。隠れる……、決まりごとを破る。ばれたら大人たちに怒られる。お母さんもすごく起こられるに違いない。ちょっと気が引けてくる。
「ばれなきゃいいんだよ。」
そうロッダはそう言って、広場をうろうろしてどこか隠れる場所を探している。
あたしはあんまり気乗りしなかったけど、広場を眺めて観察していた。
「くっそ~、いいところ見つからねーな。おまえら、なにかないか?」
「中央の台の下とかどうかな?」
「今からもぐりこむなら良いかもしれねーけど、何日潜り込んどくつもりだ。直前に潜り込むには目立ちすぎるわ。」
「神霊樹の上に登るとか。裏から登れば目立たないかも。」
「触ったら魂が奪われるって言うぞ。ビニから触れよ。」
「……バンからどうぞ。」
「ここは次期族長に任せるわ。」
「却下だ、却下。それにあそこは守人もいるしな。」
ロッダたちはあまり良い考えは浮かばないらしい。
「ラーサはなにか思いついたか。」
「え~、そうだね。」
何も思いついていないけど、何かを言わないといけない。慌てて広場を見る。
「……? そういえば、神霊樹の東側に守人が多い気がするけどなんでだろう。」
「そりゃ、東から木人様が来るからだろう。」
「西側には人いないけど。」
「そりゃ、木人様はもと来た道を帰るからな。ラーサは何も知らねーんだな。」
「うぅ。」
「ちゃんと勉強してんのか?」
「いいじゃない。」
あまりまじめに勉強してないとは言えない。
「ああ、そうか。西側は人が少ないんだ。そっちに行ってみようぜ。」
ロッダは何か思いついたようだ。
西側に来ると人はほとんどいなかった。
「このあたりでいいか。この木を登ってみようぜ。」
ロッダは登りやすそうな木を選んで登り始めた。私も木登りが得意だ。あっという間に見えなくなったロッダを追いかけて私も登る。
枝の上に来るとロッダが待っていた。
「どうするの?」
「まあ、ビニとバンを待とうぜ。」
バンとビニも待ってロッダは枝を伝って隣の木へと移動を始めた。
「こうして枝を伝って東の木の上に行けばいいじゃないか。」
「なるほどね。」
東の木の上まで来て下を見渡す。大人たちが大勢見える。少し距離はあるけど、それでも下で人の列の隙間から見るよりはだいぶいい。
「本番もこうしてみればいいぜ。俺は下にいないといけないけどな。ビニ、バン、ラーサが落ちないように見張れよ。」
「おう。」
「まかしとけって。」
「あたしより、二人のほうが危なっかしくない?」
正直なところ、二人よりあたしのほうが木登りがうまい。心配されるのはなんだか違う気がする。
「ラーサは慌てるとすぐ失敗するかならな。木人様の姿をみてびっくりして手を滑らすかもしれないだろ?」
ロッダは笑ってそう言った。
「む~。」
からかわれて少し腹が立つ。そっぽを向くついでにもう一度下を見る。
もうすぐ、木人様がここに来るのか。
神霊樹が空色に淡く瞬いているのを見ながら、その時を想像していた。




