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バッカナーレ  作者: 1さん
二人目
14/33

14 名無し1 (食虫表現あり)

 草をかき分けながら歩みを進める。想像していたより、はるかに歩きやすい。地球では人並みしか山歩きの経験を持っていなかったが、それでもこれはおかしいと感じるくらいに歩きやすかった。

 道などが存在しているような様子はなく、時々背の高い草や倒木に阻まれることはあるものの、致命的に迂回を強いられるような難所が全く見当たらないのだ。


 ただ、地脈の上をなぞって歩いているだけなのに。


 登山道や獣道といった人や動物が通ることを前提にされた道は、基本的にすべて足場がしっかりしていて土は踏み固められている。場合によっては邪魔な草や石などがわざわざ取り除かれていることもあるだろう。だが、一歩その道を踏み外せばその理屈は通用しない。

 足を取る小石や、むき出しの木の根、それに堆積たいせきした落ち葉がなだらかな坂や、落とし穴のようなくぼみを隠して待ちかまえてすらいる。枝と草の間に蜘蛛の巣が幾重いくえにも重ねられ、害はないものの体に巻きつけば精神を減退させる。

 そうした自然の罠のようなものが一切なく、ちょっとしたアスレチックのような平坦な地面を歩いているだけですんでいる。風か水の通り道ということも考えたが、昇ったり降ったり水が流れるには起伏が多く、風は穏やかで荒々しくすべてを吹き飛ばす風は来る様子がないとそれも否定されてしまう。


 まあ、どうでもいいか。

 歩きにくいなら森に入ったことを後悔していたかもしれないが、歩きやすい分には困ることはない。むしろ助かるくらいだ。


 森に入ってからもうずいぶん時間が経過している。追手が来そうな雰囲気もないので、そこいらの腰かけるに丁度良い石を見つけてそこに座りこむ。

 はぁー。

 自然と大きなため息が出てしまった。全身を強化しながら歩いているとはいえ、山歩きはこたえる。動きを止めると体の中から一気に熱が漏れ出てくる。じとじとと全身が汗にまみれて気持ち悪い。

 汗で肌に服が張り付いている様子を見下ろして、はたと気がつく。

 全身が血まみれだった。しかも血糊はカラカラに渇いてどす黒くなっている。

 まずい、かな。

 急いで服を脱いで、下着も脱いで、すっぽんぽんになる。ちょっと恥ずかしいけど見る人もいないので別に構わないだろう。

 服を地面に置いて返り血の部分を、普通の汚れと見分けがつき辛かったので逆に綺麗なところだけ切り抜いていく。そうして切り抜いた布と下着に掘り返した土をかぶせていく。

 汚れた布は地面に穴を掘って埋めてしまう。


 あー、やだなー。

 地面を掘り返して土塊を作って行く。それらを両手でほぐして中から出てきた虫たちをはじいていく。

 ミミズがたくさんいるなー。蟻やダンゴムシみたいのもいるや。ていっ、ていっ、

 ぴしぴしと虫を除けていき、完全に土だけになったそれを体に擦り付けていく。

 やっていることは、匂い消しだ。すっかり忘れていたが、この森は獣が多い、はずなのだ。馬車の中では狼も見た。

 あまり詳しくはないが、それら獣の嗅覚というのは人間より数倍も強いらしい。素人考えなので意味があるかは疑わしいが、こうやって土をこすりつけて少しでも匂いがごまかせれば、いいなぁ、と願っている。


 髪も切ろうか。邪魔だし。

 右からばっさりと髪を落としていく。

 どこかで引っかかりでもしたら面倒だ。少し勿体ないけれど、生きていればまたそのうちに伸びるだろう。あいや、待てよ。

 半分切り落として思い出す。

 髪の毛は紐にもなるんだっけ……。多少は残しておこうか。

 バランスと取るように左の髪の毛も落として、一番後ろの髪だけ残すことにする。

 髪を揃えたら、頭にも土を刷り込んでいく。

 ぬりぬり、ぺたぺた、じゃりじゃり。

 あー、まあこんなもんかな。

 間違いなく、素っ裸、泥まみれ。昨日までのお嬢様生活から変わり過ぎだな。

 思わず苦笑してしまうが、なんだかそれがやけに空しい。


 手の中のナイフを見る。今でもありありと思い出すことが出来る。盛り上がった肉の鮮やかさ、男の絶望の表情。

 ザッ。

 無理やり思考を中断させてナイフにも土をかぶせる。こいつも血に塗れていたな。サビが怖いけど、匂いを取っておこう。

 しっかりと土を揉みこんだら、布で刃をぬぐって、しっかりと布を巻きつけていく。


 じゃりじゃりと音のする下着もつければ準備は出来たと言って良いだろう。



 喉、渇いたな。

 魔法で水を作り出す。元から水・食料は魔法に頼るつもりだった。でなければサバイバルは無謀でしかないだろう。

 空中に作り出した水球に、手を突っ込んで汚れを洗い流していく。それと同時に口元も洗って準備を整える。新しく水球を作り、両手ですくい上げて飲み下した。


 ゴクリ。


 ……不味い。

 なんだこれ? なんでこんなに不味いんだ?

 渋いような、舌に吸いつくような不味さに、思わずげんなりしてしまう。


 水が悪いのかな? なら、コーラ!

 コーラを念じて魔法を使ってみる、…………が、水が出てくる。


 ゴクリ。


 不味い。


 ジンジャエール!

 水が出てくる。

 ゴクリ。

 不味い。


 牛乳! レモネード! 砂糖水!

 水が出てくる。

 ゴクリ。

 不味い。


 くそ! 役に立たねえ。

 魔法に期待しすぎていたのか、ことごとく失敗してしまう。


 なんとなく嫌な予感はしている。飲み物一つでこれなら、食料はどうなってしまうのか?


 …………パン。

 森の中でうな重作り出す気概だったのだが、嫌な予感がするので控えめに別の物を作り出してみる。


 ベシャ!

 白い吐しゃ物のようなすごく臭い物がでてくる。


 …………うわぁ……

 せめて臭くなければ舐めてみようかと思えた。だがこれでは毒物の可能性すらある。とにかく口にしたくない。


 米! 小麦! トウモロコシ! じゃがいも!

 白い吐しゃ物。白い吐しゃ物。白い吐しゃ物。白い吐しゃ物。



 ぐふ。


 ぐー。


 なんだか急にお腹がすいてきた。食べる物が無いと分かったせいだろうか。

 ぐるりと森の中を見渡して、果物でもなっていないかと探してみる。だがそんな都合のよい物は見当たらない。

 がくり、と顔を落とした視界に入ってきたのは、先ほど指で飛ばしたミミズがうごめいている姿だった。



 ……いやいや。


 …………いやいやいや。


 始まってもいないのに女として終わってしまうのではないだろうか。うーん、うーん。プライドを取るか、本能に従うか……。


 だが、やらねばならないだろう。こういったことは、体力のあるうちにしかできない。獣に追われたり、長雨に打たれたり、思い通りにならないことが必ず今後ある。

 ならば、食えるうちに、食って備えなければなるまい。


 俺は苦虫を噛み潰したような表情を、ああ、これは今後言葉通りになるのか……、を浮かべながらミミズを拾い上げた。




 やった! 今日はごちそうだ!


 葉っぱの上をうねうねと動いている緑色の芋虫を見つける。こいつは身が小さいが食べている葉っぱが良いのか、あぶるとエビのようなじわりとした甘さが舌に絡み付く。厄介な毒毛を持っていないから、そのままおいしく頂けることも高評価だ。乏しい現在の食生活を、優しく癒してくれる。


 ヒュッ、――パシッ。


 視界の隅で飛び跳ねたバッタを捕まえる。逃がすものか。

 こいつは、まあ、あんまり味がしない。だけどパリパリとした触感がなかなか面白く癖になる。ミミズよりかはかなりましなので主食に据えたいところだが、残念ながら数が少ない。本当に、残念だ。

 捕まえたバッタと芋虫を服の切れはしで作った袋の中へ放り込んでおく。


 ん、もう日が傾きだしたか。野営の準備をせねば。

 森は太陽が枝葉に隠されているせいでいつも薄暗い。だけどそれにも慣れた。しかも最近は空間にある光の量と体内時計で、大体の時間が分かってしまう。なんだかんだと環境に慣れるものだ。

 今の時刻は正午から2時間ほどたったくらいのはずだ。もう移動はやめてミミズ掘りに精を出さないといけない。掘れば掘るほど出てくるミミズだが、一日三食分の量を集めるのはそれなりに辛い。食べ盛りだしなあ。食べても食べても、お腹が空いてしまう。

 がざがざと這いつくばって地面を漁っていく。木の根っこの隅に白いキノコが生えているのを見つけるがこれはスルー。こいつには以前ひどい目にあわされた。ダンゴムシと仲良くコサックダンスする幻覚を見るのはもうこりごりだ。



 集めたミミズを魔法でじりじりと焼き上げる。生食はしない。なぜなら寄生虫や病原菌に当たってしまうのが怖いからだ。中までしっかりと火を通して、焼き上がったものから片っ端からに口へ放り込んでいく。ぼりぼりと咀嚼そしゃくをしてごくりと飲み込んだ。


 まずい。泥臭い。

 しかしこの森の中で1月以上も生きながらえさせてくれる、実にありがたい生物だ。文句はそう言えない。


 ボリボリ、

 ボリボリ……


 げっぷ。


 野菜も取らないとな!

 けっこうそこいらに生えているヨモギっぽい植物の新芽を食べていく。

 

 モシャモシャ、

 モシャモシャ……

 

 まずい。にがい。


 今日は口直しができるだけましだな。〆としよう。

 バッタと芋虫もちゃんと炙る。


 バリバリ、

 モキュモキュ。

 

 あ~。芋虫がおいしいわぁ~。このために生きていると言いきってもいいくらいだわ。明日も見つかるといいなあ。もっといいのは果物見つかるのだけど、日当たりが悪すぎてほとんど自生してないんだよな。



 もうお腹も良くなった。あとのミミズは焼き上げて袋へ放り込んでおく。こいつは明日の朝食と昼食だ。


 あれもやっておくか。ミミズ団子を作ろう。

 残ったミミズを縦に裂いて中を水洗いする。魔法で作った石臼でごりごりとすりつぶしていく。味付けはない。そんないいものは存在しない。すりつぶした肉を丸めて焼き上げる。

 団子の完成だ。

 そいつを持って、今日の寝床からたっぷり20mは離れて、開けた場所の石の上に置いておく。


 こいつでおしまい。丁度日も落ちそうだ。おやすみ。

 土の上にごろんと寝転がって目をつぶった。土の堅い感触も、ちくちくする小石の感触も慣れたものだ。ものの数分で俺は寝入った。



 太陽が昇ると同時に目が覚める。人体の神秘というべきか、日が差し込むととたんに意識が覚醒するようになった。早寝早起きが大分体に染みついてきたってもんだ。


 起きて一番に、肉団子を見に行く。石の上にあったはずのそれは、ちゃんと消えていた。



 監視されている事に気がついたのは10日前ほどからだろうか。

森に入ってから、地脈の上を歩き続け、歩き続け、行けども行けども森しかなかった。


 初日はお遊び気分で楽しんでいた。


 それから5日くらい経って相当焦った。慣れない森の生活、足りない食料、まずい食い物、見えない野生動物への恐怖。木に登ってしがみついて寝ると体力もあまり回復しない。


 4日くらい経って諦めて土の上で寝るようになった。襲われたら襲われたらでもうしょうがない。諦めてエサになるだけだ。


 7日くらい経って、移動もせずに魔法の練習していた時に気がついた。


 遠くに、木々の隙間の遠くから、青い狼がこっちを見ていた。

 ぶるってその日はまた木の上で寝た。


 次の日、狼って木登り出来た気がする、と思い立って諦めて土の上で寝た。

 狼は襲ってこなかった。ただこっちを見ているだけだった。まあ私は肉付けも悪いからたいしておいしそうでもないしね。


 そう考えたらたいして怖くもなくなった。

 移動しても狼はついてくるようだった。そこで思いついた。餌付けできないだろうか、と。


 しかし手持ちの材料はミミズしかなかった。こんなにクソ不味いもので餌付けが出来るだろうか。いや無理だ。だから団子にしてみた。


 団子を置いて遠くから監視する。

 意外にも狼は団子に興味を持ったようだった。うろうろと周囲を回り、ふんふんと鼻を鳴らして団子を観察している。


 食え、食ってみろー!

 バク。

 食った! ……硬直しているな。……うわ、嫌そうな顔している。


 っぺ。

 吐き出された。

 狼は怒りの形相を浮かべてこちらを見た。


 ダッシュで逃げました。

 1日中夜通し逃げました。

 でも狼はついてきていました。

 機嫌を損ねて殺されるかと思いましたがなんとか許されたようです。


 最初の団子は泥抜きもしていなかったからね。俺が食っているものとそう変わらない不味さだったのだろう。次はしっかり洗って、内臓も抜き出して団子を作りました。これならどうでしょうか。


 団子を置いて遠くから監視する。

 狼も懲りていないようでまた現れたが、最初からすごく嫌そうな顔をしていた。よっぽど前回が悪かったらしい。


 ハァ~。っと溜息をついて狼は団子を口にした。狼でも溜息するんだな。

 嫌そうな顔をして、少し固まった後、ごくりと飲み込んだ。

 おお、食べてくれたぞ。

 ハァ~。っとまた溜息をついて狼は去って行った。なんだかお世辞で食べてくれたみたいだ。


 しかし! これなら吐き出すほどではないらしい! これで餌付けしてみよう!

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