9
大動脈瘤が破裂しかかった一件から半月ほど。
アルテリアは、その元気を取り戻していた。
「お父様! だからお外に行かせて欲しいと言っているのよ!」
「あんな大事になったあとなのだぞ! まだだめだ!」
元気いっぱいに親子喧嘩をしている姿を見て、リンはじんわりと胸があったかくなる。
それを成し遂げたのは、自分なのだ。それが誇らしい。
「リン、よくやりましたね。あなたが感覚共有の技能を目覚めさせていなければ、アルテリア様を救命することはできなかったでしょう」
「はい! ありがとうございます。ヴィクター先生」
リンはヴィクターのことを先生と呼ぶようになっていた。先生と生徒でもあり、医療における相棒でもある二人は徐々に絆を深めていた。
「ヴィクター様、リン様、本当にありがとうございました。ところで、お礼と言ってはなんですが、お二人は聖教会には興味がございませんか?」
「聖教会……ですか……」
ヴァスキュール家の執事が、聖教会への紹介を侯爵が考えていると伝えてくる。
聖教会は、多くの魔術医が所属しており、日夜治療活動に励んでいる。というのは名目で、実際には貴族や金持ちばかりを優先して、庶民にはなかなか手が届かないという評判もあった。
「一度顔を出しておくのもいいかもしれませんね。今回のように、新しい治療法を開発するのにもソラリス殿のお力もありましたし……」
「ほっほ、わしは聖教会、嫌いじゃがのう」
ヴィクター達と行動を共にするようになったソラリスは、鷹揚に笑いながらもはっきりと「嫌い」と口にした。一体聖教会でなにがあったのかはなにも話さないソラリスであるが、内部では色々と揉め事もあるのだろう。
「医術師としてやっていくならば、顔を繋いでおいてもいいとは思いますが……」
執事が食い下がると、それに対して「まあ顔を出して悪いとは言わないがの。ほっほ」とソラリスが返す。
「そうですね……聖教会、顔を繋いでおきましょうか」
「はい。それでは侯爵様にそのようにお伝えしておきます」
お礼は金銭的に十二分にもらっていたが、さらなる恩返しをしたがった侯爵は、方々へヴィクター達の評判を振りまいているようだった。
「随分と評判になっているようですね。なんだか実感がありませんが」
「長年治らなかった侯爵令嬢の奇病を治したわけですからね。さすがヴィクター先生です!」
「リンが感覚共有の技能を目覚めさせたからこそ救命できたのです。本当に、よくやりました」
いい子いい子とヴィクターはリンの頭を撫でる。リンはすっかり撫でられるのに慣れてしまって、村にいた時の空虚な日々を忘れかけていた。
あの、蔑んだ目で見られることとも無縁になっていた。
しかし、聖教会に赴いた時のこと。
「ふむ、アルテリア・ヴァスキュール嬢を救った功績で、聖教会の魔術医資格を与えてはどうかと紹介状があったが」
聖教会の応接間で、ヴァスキュール領における魔術医長という壮年男性と向かい合う。
「ふむ、ヴィクター殿、治癒術はどの程度扱えるのだ?」
「……私は、光魔法は扱えません。適性がなく……」
「なんだと? 光魔法を扱えもしないで医術師を名乗るとは」
魔術医長——ガルクアッドは鼻で笑って蔑みの目をヴィクター達に向ける。それはあの懐かしい、テイマーの村でリンが向けられていたのと同じ眼差しだった。
「お言葉ですが、医術は治癒術のみには限りません。実際、光魔法の治癒術ではアルテリア様の治療を行うことはできませんでした」
「っ、生意気な!」
ガルクアッドは冷たい蔑みの目でヴィクターを見やる。
「それにスライム使いの子供など……。それを医術とは認められるわけがない。論外だ」
「そう、ですか」
さほど衝撃を受けたわけでもない様子で、冷めた返答をヴィクターは返した。旧態依然とした聖教会の噂はソラリスから聞いていた。侯爵家からの紹介状があっても、魔術医として正式に登録されるのは難しいだろうと判断していた。
たとえ魔術医として認められれば医学において研究においても、臨床——実践において、有利に活動できるとしても、このような組織では所属しても冷遇されるだけかもしれない。
「ともかく、そなたらのような連中を魔術医として認められるわけがない」
けんもほろろに、ガルクアッドはヴィクター達を追い返した。
「聖教会……。相変わらずの組織のようですね……」
帰りの道中、ヴィクターは見たこともないほどの冷たい目をしていた。
「ヴィクター先生は、聖教会とは何か因縁があるのですか?」
「ええ、少しね」
ヴィクターはそう言ったきり、黙り込んだ。
それ以上は踏み込むこともできず、リン達は黙ったままヴァスキュール侯爵家への道を進む。アルテリアの病状も安定しており、そろそろ侯爵家での逗留生活も終了しようという時になっていた。
そんな折のことである。けんもほろろにヴィクター達を追い払った聖教会から、改めて呼び出しが発生した。




