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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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「我々を認めないとおっしゃった聖教会がなんのご用で?」


 ヴィクターは、普段の穏やかな物腰からは想像もつかないほど棘のある口調で、聖教会のヴァスキュール領魔術医長、ガルクアッドに問いかけた。


 呼び出しを受けたのは、今朝未明。

 突然聖教会より、ヴァスキュール侯爵邸へ使者が現れたのである。


 呼び出されて赴いてみれば、円卓の会議室へと案内され、そこにはずらりと聖教会の重鎮がずらりと並んでいた。


「隣のリバーサイド男爵領にて赤痢の流行が発生した。そして、我々ヴァスキュールの魔術医へと、応援要請が届いた。ついては、そなたらにリバーサイド男爵領における赤痢の対応をしてもらいたい。さすればその功績を以て、我が聖教会の魔術医として認めてやろう」


 あまりの言い分に、リンは愕然とした。

 結局のところ、感染症の流行地域へ行きたくないから、外部委託してしまえという話なのは誰が見ても明らかだったからだ。

 よそ者のリン達であれば、切り捨てても問題がない。たとえ救援に赴いた先で、赤痢に感染し死んだとしても、聖教会は痛くも痒くもない。

 だが——。


「言われなくても、そのような事態が発生しているのであれば人々を助けに行きますよ」


 ヴィクターは不快そうに、それでいて決然とした面持ちで宣言した。


「ふむ。見上げた心構えだ。それでは、急ぎリバーサイド男爵領へ向かうがいい」


 聖教会からの帰り道、ヴィクターは不愉快そうに眉根を寄せていたが、ふと眉間の皺を緩めると、リンを見下ろした。


「リン。勝手に行くと決めてしまってすみません。あなたはまだ幼く、大人よりも体力がない。感染すれば大変でしょう。ついてこなくても大丈夫ですよ」


 ヴィクターのその言い分に、リンは反発した。

 

「いいえ! 行きます! ……必要としてくれている人がいるなら」


 リンは、今までずっといらない子扱いをされてきた。村では存在を無視され、虐げられてきた。そんなリンが、必要とされる居場所を手に入れたのは、ヴィクターがいればこそである。

 ヴィクターが誰かに必要とされてそこに赴くのであれば、リンもまた、自分にできることをするために、そこへ着いていきたかった。


「行ってしまうのか、ヴィクター殿」


 事態をヴァスキュール侯爵に説明すると、心配そうな顔をされる。二人は侯爵に、散々よくしてもらった。急いで立ち去らなければならないことが心苦しくはあったが、侯爵は気にするなと言ってくれた。


「ほっほ。わしも行きますぞい。感染症である赤痢であれば、免疫系を活性化する光魔法の治癒術も有効ですからのう」


 ソラリスは話を聞くと、いつもの如く飄々とした笑顔でそう言った。


 赤痢の流行地域は、ある意味戦場である。救援に行って、命を取られる危険性だって、ないとは言えなかった。それでも、老人であるソラリスは行くという。

 その姿を見ていると、リンは聖教会の、お尻の重い魔術医達に対する不快感が尚更深まるのだった。


「何か必要な物資はあるか」

「では、塩と砂糖をありったけ」

「塩と砂糖? ああ、わかった」


 物資を受け取ると、いつもの馬車でリバーサイド男爵領に向けて出発する。


 リバーサイド男爵領は、水源である川の程近くに存在する街だ。その分、水源が汚染されれば、赤痢の爆発的な流行が発生しうる。

 そして比較的貧しく、住民達は慎ましやかな暮らしをしている。だからこそ疫病には弱いと言えた。


 馬車の中、緊張した面持ちでリンは座っている。


「リン、怖いですか」

「怖くないと言ったら嘘になります。それでも、私を必要としてくれる人がいるのなら、助けに行きたいです」


 表情こそ硬いが、決然とした声音でリンは答えた。

 リンには徐々に、医術師としての自覚が芽生え始めていた。


 そうしてたどり着いたリバーサイド男爵領は、ひどい有様だった。


「ヴィクター先生! 街道の脇に人が倒れています!」


 草むらに人影がぽつぽつあるのを見て、リンが助けようと声を上げる。


「いえ、あれは……」


 ヴィクターが口ごもると、ソラリスがその言葉の跡を継いだ。


「あれは遺体じゃのう。埋葬が間に合わず、そこらに放り出しているのじゃろう」

「そんな……!」


 埋葬もされずに野晒しになっている遺体の数々に、リンは言葉を失う。


 たどり着いた感染爆発を起こしている村は、川の程近くにある中規模の村だった。


 村の中に入るにつれて、ひどい悪臭が鼻をつく。それは単に不潔からくるような臭いではない。病の、死の臭いであった。


「あ、あなた達は……? この村は今病気が蔓延していて、入らない方がいいですよ」


 近くを通りがかった比較的元気そうな農民が、ヴィクター達に忠告をする。


「私たちは医術師です。救援に参りました」

「医術師!? あれだけ聖教会に連絡をしても音沙汰なかったのに、ようやく来てくれたのですか!」


 農民の男性に頼み、村の救護所に案内してもらう。


 そこもまた、ひどい有様だった。


 げっそりとやつれ果てた人々が、藁を編んだだけの敷物の上に転がされ、呻き声をあげている。


「水、水をくれ……」

「誰か、助けて……」


 水に口をつけた人が、そのまま嘔吐をする。


「まずいですね……経口保水ができなくなっている。重症だ」

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