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「この分量で、塩水を大量に作ってください!」
悪臭を遮るために布で口を覆ったヴィクターが、村人に指示を飛ばす。
「リン、出番ですよ。点滴をしましょう!」
「はい!」
「いや、スライムの数が足りないな。まずは『とりあーじ』をしましょうか」
トリアージとは、効率的に救命活動を行うために、重症度別に患者を分類する作業である。
まずは重症度が高いもの達から点滴を行い、経口補水ができるもの達には、作成した経口補水液を飲ませる。
まだ感染しておらず、看病にあたっているもの達も、疲労でやつれ果てている。そんな中での救命活動は、なかなかに厳しいものはあった。
「ほっほ。それではわしが光魔法の治癒術をかけさせてもらおうかのう」
そこへ、ソラリスが救護所となっている村の中央広場へと入ってきた。
ソラリスが杖を空中に掲げると、あたりを柔らかな光が包み込む。
「まさか……、範囲治癒!?」
ヴィクターが驚きの声を上げる。通常は、一人一人にしか掛けられない治癒術を、一斉に大勢に向かってかける。それは、聖教会の中でも上位の実力を持つ魔術医にしかできない所業のはずだった。
「ほっほ。術を使うのは久しぶりじゃのう。これで看病している者たちの免疫も強くなり、感染しにくくなったはずじゃ」
「我々にまで治癒術を……ありがとうございます」
看病を行っていた村人たちが、ソラリスに感謝の言葉を捧げる。
倒れている人々も、荒かった呼吸が少しばかり穏やかになる。
そうして、ヴィクター達は夜を徹して看病に励んでいた。
「あ、ありがとう……」
リンと同じ歳くらいの少年が、点滴を受けながら弱々しくお礼を口にする。
「頑張ってね」
「うん……。おれさあ、死ぬわけにはいかないんだ。父ちゃんが死んでから、母ちゃんが女手一つで育ててくれてて、おれ、早く大きくなって母ちゃんに楽させてやるんだ」
「そうなんだ。いい夢だね」
「おう……」
——けれど、少年を救命するには、リン達はあまりに遅すぎた。
もうすでに、少年の命の炎は点滴で救命することもできないほどに、弱まり切っていたのである。
リンは、たなびく煙の前に立ち尽くしていた。
衛生環境を良くするため、人手が足りなくても、無理して捻出してでも、火葬をきちんと行うようにとヴィクターが手配したその埋葬の場は、焼けこげた人肉の臭いが立ち込めていた。
遺体が入れられた穴の前で、号泣して泣き崩れる女がいる。
「あの子、お母さんを楽にしてあげるために生き延びるんだって、言ってた……」
「ええ……」
「なんで私、こんなに無力なんだろう」
村の死者は、リン達が到着してから急激に減ってはいた。だが、助けられない者もいる。
その中の一人が、あの少年だった。
「私、もっとすごくなりたい。もっともっと勉強して、人を助けられるようになりたい。こんな悲しいこと、減らしたい」
「リン……」
ヴィクターの手が、リンの頭をそっと撫でる。それは、必要とされる喜びだけで動いていたリンが、初めて自分の意思を見せた瞬間だった。
昼夜を徹しての救援活動は半月ほど続き、感染の爆発はようやく収束を見せた。
結局、半月の間、聖教会の魔術医は一人も訪れてこなかった。人手が足りず、ヴィクターたちが到着してからも繰り返し救援要請を行っていたが、音沙汰はなかったのだ。
だが、問題はそれだけでは終わらない。
「この川、やけに濁っておりますね。生活用水として使うにはあまりにも不適切だと思うのですが、今までずっとこうだったのでしょうか?」
雨が降ったわけでもないのに濁流とかしている川を見て、ヴィクターが疑問を呈する。
「え、ええ。以前はこんなではなかったのですが……。数ヶ月前から、川が汚染されるようになったんです。上流で何かあったのかと……」
「ふむ……」
ヴィクターは何事か考え込むように、顎に手をやった。
「ヴィクター先生、帰り際に上流域も見ていきますか?」
「そうですね。このまま生活用水が汚染されているようであれば、同じ問題が起こるかもしれません」
ただの医術師にすぎないヴィクター達に、どこまで川の汚染という大きな問題を解決できるかはわからない。ただ、あれほど必死で救命した村を見捨てることはできなかった。
「ほっほ。何かしら問題が起きているならば見に行かなければならないのぅ。……はてさて誰が何をやらかしているやら」
ソラリスは鷹揚に笑いながらも、何を察しているのか、目が笑っていなかった。
「本当に本当に、ありがとうございました。おかげさまで助かりました」
亡くなった村長の代理を務めている、村長の妻だったという女性が、静かな表情で頭を下げる。自身も夫を亡くしている身の上で、気丈に振る舞っていた。
「ええ。水質汚染の件も、調査に行ってきます。お力になれればいいのですが……」
「何から何まで、本当にありがとうございました」
村長代理の女性は、深々と頭を下げる。しかしそこへ、一人の男性が鬼のような形相でリンたちに迫ってきた。
「おい、お前たち! どうしてうちの妻のテンテキを後回しにした! そのせいで、妻は、妻は……!」
「ああ、あなたは……」
それは、トリアージによって後回しにされ、しかし結果として亡くなった女性の夫だった。
トリアージの必要性については繰り返し説明していたが、伝わってはいなかったようだ。
「お前たちが助けてくれなかったせいで……!」
「奥様のこと、心よりお悔やみ申し上げます。ですが、より多くの人を救うためには必要な処置でした」
冷静なヴィクターの言葉に、男はさらに激昂する。
リンはおろおろとしながら二人を見守っていた。
「やめなさい! トラヴィス。奥様の件は、この方達のせいではないわ。むしろ私たちの多くを救ってくれたのよ。いい加減に他人のせいにするのはやめなさい!」
村長代理の女性が厳しく叱責し、男は納得できない面持ちながらも、すごすごと引き下がる。
「本当に申し訳ありません。わざわざ疫病で危険なこの地域まで助けにきてくださったのに」
「いえ、お気になさらないでください」
そうして、ヴィクター達は水質汚染の原因調査をするため、上流の地域へと向かって行った。




