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「これが出来上がった針だ。こんだけありゃあ十分だろ」
針は成人男性の大きな手のひら大の箱にたっぷりと入っている。
「それでは、料金はこれで」
「おう、まいどあり!」
針箱を受け取ったら、カンシと合流して旅立つ。
「この馬車は随分と乗り心地が良いですねぇ」
ヴィクターの馬車は乗り心地が良く、カンシも随分と感心していた。
「それで、さる貴族家とはどちらのことか、お伺いしても?」
「ええ。ヴァスキュール侯爵家のアルテリア嬢です」
「ふむ。かしこまりました。どこまでお力になれるかは分かりませんが、力を尽くしましょう」
ヴィクターはカンシに向かって微笑む。女性的な美貌に、カンシは照れ臭くなったのか、少し頬を染めて目を逸らした。
旅路は平和に続き、ヴァスキュール侯爵領の領都へと辿り着く。
流石に侯爵領だけあって、領都は栄えており、石畳の街は綺麗に整備されていた。
たどり着いた侯爵邸は、石造りの立派な家だ。
「おお、カンシ! 久しいな。そちらのお客様は?」
出迎えた使用人は、カンシの姿に驚いた顔をすると、客人であるリン達を見た。
「こちらは医術師の方だ。アルテリアお嬢様のことを診ていただこうと思ってな」
「おお、それはそれは。では、ご案内いたします!」
そのアルテリアお嬢様というのは随分と慕われているらしく、使用人は医術師とわかると表情を明るくした。
屋敷の奥の部屋へ案内されると、女の子らしい内装に整えられた部屋で、寝台に横たわった少女がいた。
「アルテリアお嬢様、医術師様をお連れいたしました」
「あら、そう」
アルテリアは、諦念が滲みきった瞳で、リン達を出迎える。その声はカエルのように嗄れていた。
「医術師様、わざわざご足労いただきありがとうございます。ですが、今まで私の病を治せた方はいません。どうせ無駄な努力になるでしょうから、帰っていただいてもよろしいのよ」
アルテリアは投げやりな声で言う。その体は痩せ細っており、体にはところどころ醜い痣が浮かんでいた。年頃のお嬢様としては気持ちも荒むであろう有様だ。
「お嬢様、そのようなことはおっしゃらずに」
「だってお父様が連れてこられる医術師様だって、何もできなかったじゃない! それどころか、光魔法の治癒術を受けたら症状が悪化したのよ!」
「それは……、ですが聖教会の正当な魔術医様の治癒術です。きっと何かの間違いで……」
「そんなことないわ! 毎回悪化したのだもの。私もう、治療を受けるのも嫌よ!」
光魔法の治癒術で悪化する、奇病。
それがアルテリアを苛んでいる病だった。
「私たちは聖教会の魔術医とはまた異なる医術を用います。どうか診させていただけませんか?」
「嫌よ! 出ていってちょうだい!」
アルテリアは頑なで、リン達は部屋から追い出されてしまう。
「どうしたものですかね。……詳細な問診もできませんし、それに、光魔法で悪化する奇病とは……」
この国には、魔法による治癒術が普及している。とは言っても、聖教会がその技術を独占しており、特権階級のようにはなっているが。
その治癒術は、体を活性化し、病を治癒の方向へと向かわせる、特別な魔法だった。
聖教会による特別な魔法を使っても悪化してしまう病など、いったいどうしたらいいのか、とリンは途方に暮れる。
「ともかく、原因を探りましょう。病の原因がわかれば、治療法も見えてくるはずです」
その日は、ヴァスキュール侯爵邸の客間に部屋を借りて、泊まることになった。
「娘がすまんな。魔術医による治療で症状が悪化してから荒れるようになって、すっかり医術師嫌いになっているのだ」
招かれた夕食の席で、親である侯爵が眉を下げる。愛娘の惨状に、すっかり心を痛めているようだった。
「あのような声になってしまい、気持ちも荒れているようでな」
「あの声になったのは、いつ頃からなのですか?」
「確か、三ヶ月ほど前だったか……」
「三ヶ月前から……。やはり感冒では説明のつかない症状ですね」
「感染症で三ヶ月も喉が枯れているというのもおかしな話ですもんね」
うーん、とヴィクターとリンは頭を悩ませる。
「やはりわからぬか……」
がっかりしたように侯爵は言うが、ヴィクターは諦めてはいない。
「できる限り力を尽くさせていただきます。調べる時間をいただきたく」
「うむ」
翌日のことである。二人は朝から異界の医術書を見て、病の原因について調べていた。
だが、頭痛に発熱、めまいなどは、当てはまる疾患が膨大にある。何が原因と絞り込むのはあまりにも困難だった。
「少し、気分転換がてら外にでも出かけましょうか」
「そう、ですね」
アルテリアのことは気がかりだったが、根を詰めていても何もわからないのでは意味がない。少し頭を柔軟にするべく、二人はヴァスキュール領の観光に乗り出した。
「ふわぁ。こんなに大きな街、来るのは初めてです」
ずっとテイマーの村で育ち、スライムしかテイムできないため冒険にも出られなかったリンは、都会的なヴァスキュール領都の後継に感嘆のため息が止まらない。
「屋台で買い食いでもして食べ歩きしますか?」
「はい!」
二人は大通りの屋台に向かって繰り出す。混雑がひどいため、人の波を避けるようにして歩いていった。
「おい! 止まれ!」
するとそこへ、衛兵の怒号が響く。誰のことだろうと一瞬戸惑い、足を止めると、素朴な雰囲気の青年の元へ衛兵が駆け寄った。
「お前、この近辺で発生したスリの犯人と特徴が似ているな。詰所まで同行してもらおうか」
「な、なんですか! そんな。俺はスリだなんてしてません!」
「犯人は皆そう言うんだ! さあ、ついてこい」
リン達の視線の前で、そんな会話が繰り広げられる。ヴィクターは眉を顰めると、「あちらへ行きましょうか」と騒動を厭うようにリンの手を引いた。
「センパーイ! スリの犯人、捕まったと連絡が来ました!」
だが、立ち去ろうとしたリン達の目の前に、さらなる衛兵が現れた。どうやらスリの犯人はすでに捕まっており、目の前の素朴な青年は危うく誤認逮捕されるところだったらしい。
「む、そうか。誤解だったようだ、すまなんだ」
衛兵は素直に謝り、青年は解放される。
「誤認逮捕だなんて、怖いですね。街を守る衛兵さんが、無実の市民を攻撃してしまうだなんて」
「……! リン、それです! それですよ!」
リンの言葉に、突然ハッとなったヴィクターは、大きな声をあげた。
「……? どういうことですか?」
「本来は街を守るべき衛兵が無辜の民を攻撃してしまう。……本来体を守るべき免疫器官が、自分の細胞を攻撃してしまう……。アルテリア様の病態は、『自己免疫疾患』かもしれません!」




