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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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「リン、買い食いは後にしましょう。自己免疫疾患の欄を調べたら、アルテリアお嬢様の病気の原因がわかるかもしれません」


 ヴィクターに言われ、リンも新たな手がかりの気配に目を輝かせる。


「じこめんえきしっかん……?」

「屋敷に戻って、一緒に医術書を読みながら説明しましょう」


 早速屋敷に戻った二人は、異界の医術書を開き、自己免疫疾患の欄を開く。

 ヴィクターは、免疫細胞という自分の体を外敵から守るための細胞が、誤って自分の細胞を攻撃してしまっている絵を指し示しながら、説明をしていく。

 

「自己免疫疾患とは、本来自分の体を守るべき免疫機構が、誤って自分の体を攻撃してしまう状態が起こっている疾患です。その結果として頭痛や発熱などのどんな疾患でも出うる症状を呈すのです」

「へぇ、さっきの衛兵さんみたいですね!」

「そしてあの痣……。自己免疫疾患の中でも、血管に炎症を起こす『血管炎』という病気が疑わしそうですね」


 ヴィクターは医術書を見ながら、推察を深めていく。


 血管炎は、血液を流す管に炎症が起こってしまう自己免疫疾患だ。その結果として、血管が破綻し、皮膚に痣が出てしまうことがある。

 そう考えると、アルテリアの多彩な症状も、一つの原因で説明がつきそうであった。


「ですが、あのカエルのような声が分かりません。なぜあのような声になってしまうのでしょう?」


 リンは一つ疑問に思い、ヴィクターに尋ねる。

 どれだけ調べても、自己免疫疾患の欄には嗄声(させい)の症状が記載されているものはない。


「ふむ……嗄声は嗄声で調べてみましょうか」


 嗄声をきたす病気には色々とある。声帯ポリープなどの声帯の病気、喉頭がんなどの喉の腫瘍。そして——。


反回神経麻痺(はんかいしんけいまひ)……。声を司る神経が、なんらかの要因によって麻痺してしまうことにより声が枯れる。原因は……大動脈瘤! これだ!」


 嗄声について調べていたヴィクターは、大動脈に瘤ができることにより、声を操る神経が圧迫されて麻痺する、『反回神経麻痺』という病態を突き止める。

 これならば、大動脈瘤をきたしている結果、神経が麻痺しているということだから、血管に問題が起きる血管炎と矛盾しない知見だ。


「それに、大動脈に瘤ができる血管炎で、あの年齢と考えると、——診断は、『高安動脈炎たかやすどうみゃくえん』」


 ヴィクターがそう呟いた瞬間、異界の医学書が光り輝いた。


「な、なんですか? これは!?」


 驚くリンに対して、ヴィクターは冷静だ。


「この現象は、私も正確には把握していませんが……。正しい診断に辿り着いた時、なんらかの魔力が働いて、この医術書は光り輝くのです」

「じゃあ!」

「ええ、診断は『高安動脈炎』で合っていると思いますよ」


 ですが……、とヴィクターは暗い声で呟く。


「治療薬がこの世界にはありません。異界の薬は、手に入りませんし……。どうにかして、『すてろいど』の作用を魔法などで再現できればいいのですが」

「でも、原因がわかっただけ一歩前進ではないですか?」

「そうですね。この情報は侯爵殿にも共有して、一緒に調べていただけるようにしましょう」


 そうして、その日の夜、夕食の席にてヴィクターとリンは、アルテリアの病気の原因がわかったことを伝えた。


「タカヤス動脈炎……そのようなものが……」

「ええ、血管の壁に炎症が起こって、それが全身に症状を呈している病気です。異界の医術書で診断の確認が取れたので、確かな診断だと思います」

「うむ。だが、どうしたらそのタカヤス動脈炎を治すことができるのだ?」

「それが問題なのです。異界の治療薬は手に入りませんから、なんとか治療法を再現する魔法など見つかればいいのですが……」


 少なくとも原因はわかったのだ。あとは治療法さえ見つかれば、と思うが、あいにく時間はあまりなさそうだった。

 それというのも、大動脈瘤ができている状態では、いつその瘤が破裂してしまうかわからず、非常に危険な状態なのだ。


「せめて大動脈の瘤だけでもなんとかしたいのですが……」

「ヴィクター様、ヴィクター様。それなら、異界の医術書にあった『かてーてる』治療をスライムでできないでしょうか?」


 悩ましげに眉根を寄せるヴィクターに、リンは勇気を出して自分の思いつきを提案してみた。

 今までずっと、萎縮して生きてきたリンにとっては、とても勇気のいる行いではあったが、これまでの旅でヴィクターの優しい性格に触れてきたリンは、きっと大丈夫だと思って声をあげたのだ。


「……それは! 確かに有効そうですが……。血管内が見えない状態でかてーてる治療を行うのは危険かもしれません。それにやはり、炎症を抑えるための治療を優先するべきでしょう」

「うーん。確かにそうですよね」


 二人の専門的な話に、侯爵は目を白黒させていたが、何やら治療に関して深刻な状態にあることは伝わったのか、ごくりと生唾を飲み込んだ。

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