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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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3

 食堂の片隅に、旅装束に身を包んだ、黒髪の男性が横たえられていた。


「意識がないですね。……痛み刺激にも反応なし、か。リン、説明していた点滴の形にスライムを変形させることはできますか?」

「は、はい。やります!」


 ヴィクターの指示で、スライムを点滴の袋と管の形に変形させる。


「親父さん、塩水をいただけますか? 濃度はこのくらいで」


 ヴィクターは小さな紙片に量を書きつけると、宿屋の親父さんに依頼する。


「リン、昨日説明したルート確保をしますよ」


 ヴィクターは、倒れた男性の腕を縛り上げ、血管を怒張させる。

 試作品の針に、生活魔法である『清浄』の魔法を掛けて清潔にすると、スライムの管に接続した針を、そっと浮き出た血管に刺入した。

 すると、スライムの管の中を、赤い血液が上っていく。血管の中に針が入った証だ。


「よし、逆血が来た」


 ヴィクターは男性の腕を縛っていた紐を解くと、金属製の針だけを抜き、スライムの管の先端を血管の中に留置した。


「塩水、できましたぜ!」

「ありがたい。それでは、リン、これをスライムの袋の中に入れて、少しずつ血管の中に送り出すことはできますか?」

「は、はい!」


 リンは、言われた通りに塩水を少しずつ男性の体の中に送り込んでいく。


「ここから先は、時間が解決していくのを待つばかりです」


 ヴィクターはそう呟き、男性の傍に座り込む。


 しばらく待っていると、不規則に呼吸していた男性の息が徐々に規則的なものへと変わり、意識の状態も、皮膚をつねると反応する程度にまで回復してきていた。


「いい調子ですね」


 そうして、空が白み始める頃、ついに男性は目を覚ました。


「うわぁ、人族がドワーフの酒を飲んで助かるなんて、奇跡だぜ!」

「ドワーフの酒は人族にはキツすぎるからなぁ」

「ここは……」


 事態を見物しながら夜通し飲んでいた旅人達が盛り上がる。起き上がった男性は、その喧騒にいったい何事かと不思議そうな顔であたりを見回していた。


「お客さんは、間違ってドワーフの酒を飲んでしまったんですぜ。それを助けたのがこちらの医術師様でさぁ」


 宿屋の親父さんが、旅人の男性に説明する。


「私は大したことはしていませんよ」


 ヴィクターは謙遜するが、旅人の男性は感激したようにヴィクターの手を取った。


「ドワーフの酒を飲んでしまって助かるだなんて、なんと感謝をしていいものか。あなた様は聖教会の魔術医様ですか?」

「いえ、野良の医術師ですよ」

「ですが、これほどの腕前を持っておられるとは! 実は私は、腕の良いお医者様を探しているのです。私が勤めるさる貴族の家のご令嬢が難病でして、それを癒す秘薬がないものかと旅をしておるのです」

「ふむ、なるほど。詳しくお聞かせください」


 ヴィクターは、リンを伴って近くのテーブルに腰掛けると、少しまだ顔色の悪い旅人の男性から話を聞く体勢となった。


「私はカンシと申します。私の勤める貴族家のお嬢様が、一年前から原因不明の病に冒されておりまして」

「症状は?」

「頭痛に発熱、めまい。それに……、数ヶ月前から、カエルが潰れたような奇妙な声になってしまっているのです。年頃のご令嬢が、可哀想で可哀想で」

「ふむ、聞いているだけでは絞りきれませんね。カエルの潰れような声とは……奇妙な」

「ええ、本当に奇妙な病なのです」


 旅人の男性と、注文してあった針が完成したらともにその貴族家に赴くことを約束して、その日は別れた。


 白み始めた空の下。ほぼ徹夜で男性に点滴を行っていたリンは、疲れて食堂の椅子に座ったままうとうととしてしまう。


「リン……リン?」


 遠くで呼びかけるヴィクターの声がする。起き上がらなくてはと思うものの、体に力が入らない。


「仕方ありませんね」


 ヴィクターは苦笑すると、船を漕いでいるリンの体を抱き上げた。


「さあ、部屋に戻りましょうか」


 ヴィクターはリンの部屋に入ると、そっと寝台にその身を横たえる。


「おやすみ」


 翌日、針の完成を待つ間、リンはヴィクターから医術の指導を受ける。リンもまた医術師として修行をすることになったのだ。


「出ているのは非特異的な症状ですが、嗄声(させい)……声の枯れと言うのが気になります。喉の感染症などであれば、数ヶ月も続くのはおかしいですから」

「なるほど……」

「実際に見てみなければ判断はつきませんがね」


 そんな話をしながら、人体の構造などの基礎的な部分から、ヴィクターに教わっていく。ヴィクターの持つ異界の医術書は魔法の本で、無限に等しいほどのページを持っていた。


「不思議なご本ですねぇ」


 ペラペラとページを捲ると、解剖学のページから、症候学のページまで、様々な知見が書いてある。


「このご本はどこで手に入れられたのですか?」

「それは……秘密です」


 ヴィクターは困ったように微笑んだ。それを聞いて、リンは気になりつつもおとなしく引き下がる。


 そうして勉強をして過ごすうち、約束の針を受け取る日がやってきた。

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