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「でも、この装置が医術にどう関係するんですか?」
ヴィクターの優しげな雰囲気が質問しやすくて、リンは好奇心の赴くままに尋ねてみる。
「生き物には、血液というものが流れているでしょう? その血液を補う液を作って、血管という血液の流れる管に流し込むのです。それに、お薬を直接体に流し込むこともできるのですよ」
「お薬を?」
「ええ。そうすると——少し難しいのですが、お薬の効果の発現が迅速だったり、肝臓で分解されるのを避けたりすることができるんですよ」
うぅん、とリンは唸る。やっぱりヴィクターの話は少し難しくて、リンには理解が及ばなかった。
けれど、スライムが役に立つということはわかった。
テイマーの村で、テイムしても意味がない雑魚魔物として扱われていたスライムが、医術に有用だというのはつくづく嬉しい話だ。
リンは難しくても理解したいと、さらなる話をヴィクターにねだった。
「この点滴の構造はこの絵の通りに、液体を入れる袋と、それを通す管、そして血管に刺す針が必要になります。その針は、これから行くドワーフの国で作ってもらおうと思っています」
「ドワーフの国……!」
幼い頃に母から寝物語で聞いたことがある。鍛治の得意なドワーフ達の国。山の中の洞窟に居を構え、人間よりも小さな体躯を持つ種族は、童話の中の世界のように美しい国を作っていると聞く。
「楽しみですか?」
「はい!」
ヴィクターは、はしゃぐリンに優しく微笑む。
「少し遠いので大変ですが、ゆっくり旅をしましょう」
優しいヴィクターと、無口だが親切な御者のウッド。そして初めての旅にワクワクとするリンの一行は、穏やかに旅を続けていった。
そして——。
「ふわあ。ここがドワーフの国……!」
リンの口はぽかんと開いてしまう。
ごつごつとした岩肌の覗く山裾で、あちこちに洞穴が開いており、その内外を忙しなくドワーフが行き来する。
石造りの小さな建物もあり、そこの煙突からは絶えず煙が立ち上っている。鍛治を行っているのだろう。
「では、ドワーフの鍛治師の元へ参りましょうか」
「はい!」
ヴィクターの案内で、ドワーフの中でも特別細かい細工が得意だという鍛治師の元へと向かう。
「ゼナス殿の工房はこちらですか」
「ああ、そうだがよ。人族が何の用だ?」
「筒状の針を作っていただきたいのです、このような」
ヴィクターは医術書の絵を指し示す。
「あぁ? 筒状の針だぁ? 随分とけったいなもんを欲しがるなぁ」
髭もじゃ姿のドワーフが、うろんげにヴィクターを見やる。
「医術に必要なものなのです。二日酔いにも使えますよ」
「おお! そりゃあいい!」
酒飲みで有名なドワーフ族は、一転して笑顔を浮かべる。
ヴィクターはゼナス相手に、絵を示しながら細かい仕様について説明していく。
「ほうほう。……へぇ、面白いじゃねぇか。腕がなりそうだな」
ゼナスはにやりと笑うと、肩をぶんと回す。
「任せろ。明後日には試作品を出してやる」
ゼナスに依頼を出した後は、ドワーフの国にある人族用の宿屋へと向かう。ドワーフ仕様の小さな家の中で、煉瓦建てのその家だけが大きくて、それが少し不思議な感じがする。
宿屋はそれなりに繁盛していた。
「まずは食堂に寄りましょうか」
「はい。美味しそうな匂いがしていて、楽しみです!」
食堂からは、香ばしく焼き上げた肉の香りや、シチューのまろやかな香りが漂ってきている。まだ夕方だが、すでにエールを飲んでどんちゃん騒ぎしている旅人達もいる。
「では、この宿屋のおすすめのセットをお願いします。リンは?」
「私も同じものを」
配膳されたのは、とろとろに煮込まれたすじ肉の煮込みに、こんがりと焼かれた黒パン、そして野菜のスープだった。
「ん、おいしいです!」
リンは母を亡くしてからというもの、スライムの採ってくる果実や、時折比較的親切な村人から渡されるカビの生えたパンなどばかり食べて生きてきた。
そんなリンにとって、宿屋の素朴な料理の数々もご馳走だ。
料理に舌鼓を打ちつつ、あっという間に食べ終えてしまったリンは、宿屋の部屋に下がるとすぐに寝ついてしまった。
そうして試作品が出来上がるまで待っての、翌々日。
「わぁ、細い!」
「そうだろうそうだろう。これほど細い針を細工できるのは、ドワーフと言えど一流のみだ」
「この針を量産して欲しいのですが、できますか?」
「任せろ、にいちゃん。俺は一流職人のゼナスだぜ」
「では、三日後に取りにきます。それまでに作れるだけ作ってください」
商談が終わり、宿屋へ戻る。だが、これまでの喧騒とは違い、嫌なざわめきが宿の食堂を包んでいた。
「どうしたんですか?」
「それがよ、人族の旅人が誤ってドワーフ用の酒を飲んじまってひっくり返ったんだ。人間には強すぎるってのによ」
宿屋の親父さんが、ヴィクターの問いかけに説明をする。
「私は医術師です。その方のところへ案内してください」
ヴィクターは厳しい表情になって、宿屋の親父さんにそう告げた。
「リン、初めての仕事になるかもしれません」
「……はい!」




