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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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1

 テイマーの村に生まれて、スライムしかテイムできない欠陥品の少女は、どのような扱いを受けるだろうか?


 蔑まれる? 虐げられる?


 いいや、そんなふうに存在を認識されることさえもない。

 村の若者達からは虐げられることもあるが、スライムしかテイムできないテイマーの少女、リン・ラクトゲルは、村の大人達から完全に存在を無視されていた。


 無色透明。完全に存在しないものとして扱われることの苦しみが、リンの心を日々蝕んでいた。それでもリンが完全に絶望しないでいられたのは、スライムがリンのそばに寄り添っていたからである。


 スライムは、リンにとっては一言で形容できない存在だった。スライムしかテイムできないせいで、村の中での立場はない。けれど、スライムだけはテイムできるおかげで完全な孤独にはならずに済んでいる。


「おい、邪魔だ、どけ!」

 

 リンが村の井戸で水を汲み、えっちらおっちら運んでいると、テイムモンスターのフォレストウルフを連れた村の青年から、突然突き飛ばされた。

 せっかく汲んだ水が、地面にぶちまけられる。


「あっ!」

「ちんたら歩いているんじゃねーよ、村の恥晒しがよ!」

「はい……すみません……」


 恥晒しと罵られても、汲んだ水をぶちまける羽目になっても、逆らうことはできない。リンはそんな立場にはなかった。

 青年は倒れたリンを無視して、そのまま去っていく。


 再び水を汲みに、重い体で起き上がる。


 水がぶちまけられた地面の上に倒れたせいで、髪は泥だらけになっていた。

 

「はぁ……」


 リンが自分のテイマーとしての才能の無さに落ち込んでいると、ぽよんぽよん、ぷるるんとスライムたちがやってくる。


「プリンにポルン、励ましてくれるの? ありがとう」


 ぽよぽよと揺れるスライムたちを撫でつつ、水を汲み終えたリンは小さな家の壁にくてりと背を預ける。

 この家にはリンしか住んでいない。

 父は物心つく前からおらず、母は随分昔に亡くなってしまった。


 孤独なリンは、一人住まいの家の中で、丸くなった。


 友達もいない。やることもない。スライムの採ってきた果物や木の実を食べるだけの日々。


 そんな虚しい日常に、ある日変化が起きた。


「おい! リン、いるか! おい!」


 どんどん、とリンの家の戸が叩かれる。

 扉を開けると、村長の息子がそこに立っていた。


「な、なんですか? 何か用ですか?」


 普段は完全に存在を無視されているのに、わざわざ家まで訪ねてくるとは何事だろうと、リンは訝しんだ。

 何か粗相をしてしまったのでなければいいが、と不安げな面持ちのリンに、村長の息子は外へ出ろ、と顎をしゃくる。


「ついてこい」


 それだけを言って背を向ける村長の息子に、慌てて着いていく。


 立派な村長の家には、今までリンは入ったことがないけれど、村長の息子は入れと指示をした。


 緊張しながら玄関に足を踏み入れる。来客用の部屋に連れて行かれて、戸惑いながらドアを開けると、そこには村長と、やけに洗練された都会的な男性が座っていた。

 美しい長い銀髪に、切れ長の瞳。こんなに綺麗な男の人は見たことがなくて、リンはぼうっと見惚れてしまう。


「この方が、スライム使いの少女ですか?」

「は、はぁ。ヴィクター様はこんな娘をお求めで?」

「えぇ、もちろん、村の仲間の方を連れていくのです、その分支援はさせていただきますよ」


 じゃらり、と机の上に、重い貨幣の音をさせた布袋が置かれる。

 村長の目はそれに釘付けになった。


「リン! こっちへこい! お前はこれからこの方に付き従って旅をするのだ」

「えっ、えっと、どういうことですか?」


 事態を把握できないリンは、戸惑いながら村長に問いかける。

 それに対して、村長ではなく、ヴィクターと呼ばれた男が答えた。


「私はヴィクター・グレイモア。医術師として旅をしています。私の医術にスライムの力が必要なので、スライム使いに旅に着いてきてほしいのです」

「リン! 着いて行きなさい。お前のような無能のテイマーが求められることなど、そうそうないのだぞ」


 村長の言い分はともかく、リンは、初めて他人から必要とされたことに、じんわりとした喜びを覚えていた。

 戸惑いはある。知らない人と旅に出るだなんて、まだ十三歳のリンには、不安だらけだ。

 それでも、必要としてくれるなら、とリンはこう答えた。


「わかりました。行きます」

「ありがたい。どのようなお仕事をお願いするかについては、道中で説明いたしましょう。さあ、リン。荷物をまとめてください。共に出発しましょう」


 ヴィクターは優しげに微笑み、リンに手を差し伸べる。

 今まで無色透明だったリンが、この世界で色づいた瞬間だった。


 少ない荷物をまとめて、友達のスライム達を連れて、ヴィクターの元へ戻る。

 そこには立派な馬車と共に、ヴィクターが待っていた。


「こ、こんな立派な馬車に乗るんですか?」

「ええ、この馬車の中で、お仕事の説明をしますね、リン」


 ヴィクターは馬車に荷物を乗せるようリンに促し、馬車に乗り込む。


 ふかふかの椅子はリンが今まで一度も座ったことがないようなもので、それだけでも緊張してしまう。


「さて、ではあなたにどのような仕事をしてもらうか、説明しましょうか」


 そう言ってヴィクターは、懐から何かの本を取り出した。


「これは異界の医術書です。この医術書を読み解き、私はこの世界の医術を発展させようとしています」


 曰く、その本には、この世界の医術とは異なる、大幅に発展した知識が記されているのだという。言語魔法に長けたヴィクターは、その異界の言葉で書かれた医術書を読み解き、治療に応用しているのだそうだ。


「そして、ここに記されている『点滴』という技術を、私は再現したいのです。この世界の技術ではこの『点滴』の管を作ることが叶いません。ですが、スライムならあるいは……」


 示されたのは、異界の医術書の一ページ。謎の袋と、そこにつながる管の精巧な絵だった。


「これをスライムで作ることはできませんか?」

「え? ええと、頼めば作れるとは思いますが……」


 まかせろ、というように、スライムがぽよんと跳ねた。

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