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「おお! これは美味い! リンちゃん、本当にこの技術を俺たちに無償で教えてくれるのかい?」
ライムは、もやしと蒸した白身魚のマリネに、美味しそうに舌鼓を打っていた。
「はい。スライムを一匹船に載せていれば、粘液は恒常的に手に入りますし、スライム粘液で育てた豆もやしって、太くて立派なものが多いんです。もしかしたら栄養価も普通より高いかも……」
「おお、いいなそれは。それじゃあ、その技術を詳しく教えてくれ」
ライムは貿易船の上級航海士だった。ライムの指示で、船の料理を担当している船員達が集まり、リンの説明を聞いていく。
「こうやって、スライムの粘液をお皿に分泌させて溜めます。そこに豆を等間隔で並べて……」
「ふむふむ。これって豆の種類はどれがいいんだ?」
「保存性と栄養価の観点から、大豆がおすすめです」
船員達は熱心に話を聞き、適宜質問なども交えて勉強会は和やかに進む。
「それにしても、『船幽霊の呪い』が食べ物の偏りからくるものだったなんてなぁ……。栄養、って言うんだっけ? 俺もそれをちょっと勉強してみるよ」
「本当に、『船幽霊の呪い』では酷い目にあった。もう二度とごめんだ」
船員達は口々に言い、リンへと感謝する。リンは照れながらも、船員達へ発酵キャベツの塩漬けを宣伝する。
「豆もやしの他にも、発酵キャベツの塩漬けっていう保存食も作ってるんです! それも『船幽霊の呪い』に有効なビタミンCっていう栄養が含まれているから、いずれこの地で売りに出そうと思っているんだ。貿易船の寄港地として、ここの自治区を宣伝してくれないかなぁ?」
「へえ、発酵キャベツの塩漬けかぁ! 食ってみたいぜ。次来るときは、出来ているのを楽しみにしているよ。それに、他の船の連中にもここを宣伝しておくぜ。みんな船幽霊の呪いには困っていたからなぁ」
すっかり元気になった船員達は、リンが教育をしたスライムを一匹連れて、旅立っていった。
「リンちゃん、ありがとうな。この自治区が豊かになるようにってことまで考えてくれてさ。あんた、立派な医術師だよ」
ルドはしみじみと感心したように言う。
「そんな、私は大したことは……」
「いや、謙遜することないよ。……クレアちゃんだって、奴隷として売られたのは経済的に困窮しているからだ。この自治区が豊かになれば、奴隷商人のつけ入る隙も無くなる。リンちゃんは大勢の人を救ってるんだよ」
「あ……、そっか。奴隷商人の問題もあるんだった。この自治区、奴隷商人に売られる人が少なくなればいいですよね」
「そうだなぁ。誘拐されても、街の衛兵は対応してくれないし、誘拐に関しては自警団をやっているが、家族や自分自身で売ってしまう場合はなぁ」
ルドは悩ましげに言う。この獣人自治区は、魚と農作物の不利な取引条件によって貧しさを強いられているのだ。差別意識の比較的低い貿易船相手にビタミンCの豊富な食料を売ることができれば、少しは経済的苦境も改善するのではないかと思われた。
そんな話をしている中、貿易船の旅立ちの時が来る。
「リンちゃーん! ありがとなー!」
「発酵キャベツの塩漬け、楽しみにしてるぞー!」
「スライム培地の宣伝もしておくぜ! 後、調教済みのスライム、分けてくれてありがとなー!」
大型の貿易船の上から、船員達が手を振っている。ゆっくりと波に揺れながら、船は港を離れていった。
それからしばらくは、穏やかな日々が続いた。
「リンちゃん! うちの子が熱出してるんだ。診ておくれ」
「はーい!」
リンとクレアは獣人自治区の空き家に居を構え、診療所のようにして働くようになっていた。医術院だけでは食べていけないため、海での仕事も継続しているが。
だが、そんな中でも、獣人の自治区が火種の坩堝であることに変わりはない。
ある日のこと、獣人族の中でも独立過激派の若者が、不当に魚を買い叩く行商人との間で諍いを起こしてしまった。
「そんなこと言うなら、もう取引してやらねーぞッ! 俺以外はこんなところに来るやつなんかいねぇ。このまま飢えて死んじまえッ、獣風情が!」
「なんだと! ふざけるな! なんで俺たちばっかり、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」
猪獣人の青年が行商人に殴りかかろうとするのを、他の獣人達が止めている。リンもまた騒ぎに駆けつけていたが、手を出せずに見ていた。
その時、行商人は腰にぶら下げていた短剣に手を伸ばした。
「や、やめて!」
観衆から悲鳴のような声が上がる。行商人には手を出さずにいた獣人達も、咄嗟に行商人に手を伸ばし、短剣を奪い取って止める。
「おじさん、やめて! 猪獣人さんも、喧嘩したって意味がないよ!」
リンは二人の間に入り、過激化しそうな揉め事を止めようとする。
「嬢ちゃんには関係ない。ガキはすっこんでろ!」
「きゃっ」
行商人に突き飛ばされ、リンは尻餅をつく。
「リンさん!」
クレアが駆け寄り、リンがなんとか土埃を払いつつ立ち上がったその時。
自治区の広場に、物々しいほどに豪奢な貴族の乗るような馬車が入ってきた。
「な、なんだ?」




