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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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 ライムと約束をしたリンは、壊血病の予防のためにできることを考えていた。長期の航海にも耐え、比較的安価で、ビタミンCの豊富な食べ物。


 宿の台所を見て、ああでもない、こうでもないと、食材を眺めながら頭を悩ます。


「リンちゃん! そこにいると邪魔だよ、ちょっとどいて」

「あ、はい。おかみさん、すみません」


 夕食前の戦場と化した宿の台所で、リンはそそくさと奥の倉庫へと引っ込む。そこには、小麦や豆類、根菜類などが所狭しと積まれていた。


「……あれ?」


 そんな中、床にわさわさと生えている何かが見つかる。


「あっ! 豆もやし!」


 そこにあったのは、スライムの粘液跡に落ちた豆が発芽して、もやしになっている姿だった。

 

「リンちゃーん、大声出してどうしたんだい」

「なんでもないでーす!」


 厨房の方からかけられる声に慌てて返事をすると、リンは豆もやしの方へと走り寄った。


「これ、スライムが這った跡の粘液に豆が落ちて、それが培地になっているんだ……。そうだ、もやしは壊血病の予防に船で使われていたはず!」


 もやしを見たことをきっかけに、リンの脳裏にかつて見た異界の医術書の、壊血病予防に関する項目が蘇ってくる。


「豆もやしに、あと、発酵キャベツの塩漬けも! そうだ、それなら安価に作れるかもしれない!」


 思いついたリンは早速、スライム粘液培地で栽培する豆もやしの実験を始めようとする。


「おかみさん! このくらいの大きさの、陶器のお皿を貸してください! あと、保存食で発酵キャベツの塩漬けっていうのを思いついたんです。後で作ってみたいので、お夕食の時間が終わったら厨房を貸してくれませんか?」

「ええっ? 突然どうしたんだい。……まあ、別に構わないけどさ」


 よっこいせと、おかみは使っていない陶器の皿を棚の上から取り出し、リンに与えた。その皿は、長方形で指の第一関節分程度の深さがあり、ちょうどスライム粘液を溜め込んでおける構造となっている。


 豆をいくつかおかみからもらうと、リンは早速自室へと引っ込み、豆もやしの栽培実験を始めた。


 部屋に戻ったリンは、スライム達に声をかける。


「さあ、新しいお仕事だよ! プリン、ポルン!」


 小さい頃から一緒にいたスライム達を呼び出すと、ぽよぽよとは寝るスライムに、リンは優しく説明した。


「このお皿に粘液を出してもらいたいの。お皿の上で豆を育てるんだよ」


 スライム達は理解したのか、陶器の皿のそこに薄く透明な粘液を分泌した。


 スライム達は、普段クズ野菜や果物の皮などを食べる。その栄養分が粘液に溶け込んでいるのかもしれないと、リンは仮説を立てていた。

 スライム粘液に栄養があれば、植物を育成するのにも最適である。

 栄養豊富で、保水力が高く、蒸発しにくい粘液。


 それを使った豆もやし栽培の技術を確立できれば、船の中でも新鮮な野菜を食べることができるはずだ。


「よし、じゃあこの上に豆を置いて、っと」


 リンは小さな豆を粘液の上に等間隔で並べ、さらにその上から薄く水を注いだ。


「後は暗いところに置いて……」


 皿を部屋の隅の暗がりに置くと、リンは「よし! 完了!」と伸びをする。


「うまくいけば、数日で豆もやしができるはず……」


 夕食の時間が終わると、リンは約束通りに厨房に向かった。おかみが片付けを終えて一息ついているところだった。


「おかみさん! 厨房をお借りします」

「はいよ、発酵キャベツの塩漬けってやつかい? どんなもんか見せてもらおうかね」


 おかみが興味深そうに見守る中、リンはキャベツを細く刻み始めた。


「まずはキャベツを千切りにして、塩をまぶして……っと」


 リンは塩をまぶしたキャベツを大きな陶器の甕に詰め込み、重しを載せた。


「これを数週間置いておくと、乳酸発酵が起きて酸っぱくて美味しい保存食ができるんです! ……これなら、船での長期保存にも耐えられるはず」

「へぇ、面白いねぇ。そんな作り方があるのかい」


 おかみは感心したようにうなづいた。


「だけど、数週間かかるならこれは貿易船の人たちには食べてもらえないんじゃないのかい?」


 随分と回復した船員達は、そろそろ出航しようかと話し合っているところらしかった。


「そうですね。でも……私、これをこの自治区の名産品にできないかと思ってるんです。この港に寄れば『船幽霊の呪い』にかからないで済むようになる。そんな噂が広まれば、少しは自治区も豊かになるでしょう?」


 うさぎ獣人のおかみは、耳をかきながら「ふむ」と感心したように頷いた。


「わざわざこの自治区のことまで考えてくれているのかい。……キャベツなら塩害に強い品種があるから、栽培を増やすように言ってみるかね」


 この自治区は海辺に面している分、畑で農産物を作るのは難しい。塩害が起きてしまうからだ。

 だからその分、魚を獲って、近隣の街の農産物と交換することで生活を営んでいたが、差別の影響もあり不利な取引を余儀なくされていた。

 国境の街は、獣人国との戦争の影響も深く受けていたためである。


 だが、長距離航海する貿易船の面々は差別意識も比較的低い。

 それに、恐ろしい『船幽霊の呪い』を防げるとあれば、評判になるのは目に見えていた。


 この港は主に魚を撮るための漁港だが、貿易船の立ち寄る港になれば、その分栄えることも副次的な効果として望める。


 リンの提案は、二重三重に自治区に富をもたらすものだと言えた。

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