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リンは、不意に思い出した。
長期航海の船乗りならば、栄養不足にもなる。栄養不足の中で発症する病気と言ったら……。
「壊血病……!」
船乗りなど、新鮮な野菜が手に入らない環境下で、ビタミンCが不足するとなる病気が壊血病である。
ビタミンCが不足すると、血管が脆くなり、あちこちから出血しやすくなる。そうして、痣ができたり、歯茎から出血したりすることもある。
何ヶ月間も航海し、偏った食生活しかできない船乗りに多い病気だと、異界の医術書で読んだ覚えがった。
「それなら! ルドさん、この『船乗りの呪い』治す方法がわかりました!」
「ええっ? どうしたらいいんだい。光魔法もあんまり効かないんだろう?」
「レモンです。レモンを絞ったジュースを飲ませれば、十日程度で良くなると思います」
リンは自身の発見に興奮しながら、ルドに申し立てた。しかし、ルドはその言葉に表情を曇らせる。
「レモンか……。そんな高価なものこの自治区には存在しないよ」
「そんな……。それなら、街で私が買ってきます!」
リンは早速とばかりに走って行こうとするが、それをルドが引き留めた。
「私財を投じて……。リンちゃん、そういうのは、あんまり良くないぜ。ちゃんと後で貿易船の船乗りに請求しな。断られたら、俺が間に入ってやるからよ」
「ありがとう、ルドおじさん!」
獣人自治区から一番近い街は、馬車で数刻ほどだった。比較的大きなその街ならば、高級食材である果物も売っているだろう。
リンとクレアは早速二人で乗合馬車に乗り、隣街へと赴く。活気のある市場の中の一角に、果物屋はあった。比較的贅沢品だけあって、身なりのいい客が多い。その中でリンとクレアの子供二人は目立っていた。
雑多に響く音の中、リンは果物屋へと駆け寄る。
「おじさん! レモンをありったけください!」
「ありったけ? レモンばっかり、そんなに買うのかい」
「はい! このお金で帰る分だけ、レモンをください」
「あいよ。……珍しいねぇ、そんなにレモンばっかり」
果物屋のおやじさんは、不思議そうに首を傾げながらも、麻袋いっぱいのレモンを詰め込んでリンに渡してくれた。そのレモンを、クレアと手分けして運ぶ。
リン達は急いで、一日二本だけ出ている乗合馬車の停留所へと向かい、とって返すように獣人の自治区へと向かった。
「ルドさーん! レモン、買ってきました! これを絞って、壊血病の人たちにあげてください」
本当なら果肉ごと与える方が手間もないが、歯茎から出血している状態ではレモンを食べさせるにも一苦労である。それに、飲みやすいように甘味料を加えるのも手ではあったが、そこまでお金はかけられなかった。
そのため、酸っぱいレモン果汁が船員達に与えられる。だが、それはそれで味は悪くないらしく、船員たちは喜んで贅沢品である果実汁を飲んでいた。
「本当にこれで船幽霊の呪いが治るのか?」
「治ります! 異界の医術書で学んだんです」
リンは内心不安を覚えながらも、表面上は自信満々に断言する。症状的には壊血病で間違いがないのだし、レモンがあれば治るはずだからだ。
そうして、寄港してきた貿易船の船乗り達を看病すること十日間、船員達は、見事に回復していた。
痣こそまだ残っているものの、倦怠感やふらつきは改善し、歯茎からも血が出なくなっている。
「ほ、本当に治った! あの船幽霊の呪いが治るなんて……!」
「またなったら、レモン果汁を飲んでくださいね」
感動する船員——ライムにリンがアドバイスをすると、しかしライムは表情を曇らせた。
「うーん。レモンかぁ。高価なんだよなぁ。今回の治療費は払わせてもらうけど、船に常備しておくには厳しいかもしれない」
「そうですかぁ……」
リンは、しょんぼりと落ち込む。壊血病なんて、発症しないに越したことはない。あらかじめ防ぐことができればいいのだが……。
そんなことをつらつらと考えていると、ふと、ヴィクターの言葉を思い出した。
『リン、病気は治すだけではなく、予防も大事なのですよ。予防医学も学んでいきましょうね』
そう言って、ともに異界の医術書を開いた日々を。
少し切なくなるけれど、そんなことを考えている場合ではない。なんとかして、船乗り達に壊血病を予防できるような方法を考えなければならない。それが、リンの目指す医術師の姿だからだ。
「壊血病……壊血病……えっと……」
「嬢ちゃん、いいよそんなに、俺たちみたいな海の荒くれもんのために頭をひねらなくて」
必死で壊血病についての知識を思い出すリンに対して、ライムは困ったように笑う。
船乗りは危険な仕事だ。それも長期航海の仕事ともなれば、命の危険も多大に伴う。必然、知識の必要な上級航海士以外は、他に行き場のない荒くれ者も多くいた。
「でも、壊血病はほっといたら死んじゃうよ! 絶対、予防したほうがいいもん。私、頑張って安いお金で予防する方法を考える。ライムおじさん、約束ね」
「えっ? ああ、ありがとう。こんな俺たちにそこまで親切にしてくれるのなんて嬢ちゃんくらいだよ。じゃあ、約束な」




