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訪れたルドの家は、木造の質素な家で、中からは薬草を煮詰めたような匂いがした。
土間を通り過ぎ、奥の部屋へ行くと、藁の敷き詰められた寝台の上に、毛布に包まれた少年が横たわっていた。
「彼がミール君ですか?」
「そうだ、息子のミールだ」
ルドのガラガラとした声が、部屋の中に響く。
頭を痛そうに抑えながら起き上がった少年は、ぼんやりと焦点の定まらない眼でリン達を見つめた。
「だれ……?」
「自称医術師さんだ。お前の熱を診てくれるってよ」
苦笑いしながら言うルドをよそに、リンは寝台のそばに膝立ちになって、ミールの診察を進めていく。
「聴診しますねー。うーん、肺の音は綺麗だな。お口を開けてくださーい。……あれ、扁桃に膿がついてる」
それは、以前に見た溶連菌感染症の特徴だった。
「溶連菌感染症だ……。でも……抗菌魔法薬がないっ。光魔法の治癒術をかけるしかないかぁ」
「ええっ? お嬢ちゃん、光魔法が使えるのかい?」
「以前師事していた先生が、元聖教会の魔術医だったんです。その人に習ったんですよ」
ソラリスのことだ。
リンはソラリスに教わった通り、慎重に光魔法の治癒術を行使した。
柔らかな光の粒がキラキラと輝き、ミールの体を包み込む。すると、荒かった呼吸が少しゆったりとなり、ひそめられていた眉が緩む。
「わ、なんか楽になった。あったかい」
「熱に伴う悪寒も少し楽になったと思うよ」
喜ぶミールと裏腹に、ルドは顔を青ざめさせていた。
「じょ、嬢ちゃん。まさかこんなにちゃんと治療ができると思わなかったんだ。俺、光魔法の治癒術に払えるような金銭の手持ちはないぞっ!?」
「ルドさん、いいですよ。困ってる人を助けるために医術師をやっているんです。報酬は……そうだな、お魚をしばらく食べさせてもらえませんか?」
「そんなことでいいのか?」
ルドは、朗らかに笑うリンに戸惑ったように問いかける。
聖教会は高額な治療費を要求することで有名だ。光魔法の治癒術といえば、ルド達が向こう三ヶ月は食べていけるほどの金銭を要求するのが相場と言えた。
「はい。私たち、お宿に泊まっているので、ご飯代が浮くのは助かるんです」
「わかった、しばらくうちで夕食を食ってくといい!」
リンの気前の良さに、ルドは感謝に堪えないという様子で目を潤ませていた。
苦しそうにしていた息子が、楽に呼吸しているのだ。何食わぬ顔で今日一日港で働いていたが、我が子が苦しんでいて平気でいられるはずもない。
それからは、リンにささやかな体調不良を相談する人も増えてきた。
とは言っても、出来ることは少ない。魔法薬師のファーマもおらず、スライムができるのは点滴とカテーテル治療くらい。大抵の病気は、対症療法的に光魔法をかけて済ませることが多かった。
あるいは、この国で異界のような医術が発展しなかったのは光魔法が便利すぎたのもあるのかもしれない。
しかし、ある日のことである。また、光魔法の通用しない患者たちが発生したのだ。
「頼む! この港で休ませてくれ! 船員たちが大変なんだ!」
それは貿易船だった。ある日突然、自治区の漁港に停泊したかと思うと、血相を変えて船員が降りてきた。
その船員は、口から血が滲んでいる。
「な、なんだぁ? 何事だ!?」
港で働いていたルドとリン達は驚きに声を失う。
船員は、血が滲んだ口から口角泡を飛ばして漁港の面々に助けを求めてきた。
その体はあざだらけで、足元がフラフラとおぼつかない。
「貿易船の連中が大変なんだ。なんかみんなあちこちから血が滲んでよ」
「『船幽霊の呪い』か?」
ルドが問いかけると、降りてきた船員はガクガクと首を縦に振った。
「そうだ! 船幽霊の呪いだ! 船幽霊がうちの貿易船に出たんだ!」
その言葉に、リンは首を傾げる。
「船幽霊の呪い、って、何?」
ルドは、慌ただしく抱えていた荷物を片付けながら、その問いに答えた。
「船幽霊の呪いってのはな、長期航海している船乗りが全身あざだらけになって、歯茎から血が出るようになる呪いだよ。座礁した船幽霊の恨みが原因なんじゃないかって言われてる……」
恐ろしげに、ルドは囁いた。ぶるり、と体格のいいその身を震わせる。
リンにとっては眉唾なのではないかという話だったが、船乗りや漁港の人たちはみんな、船幽霊の呪いを信じているようだった。
「病気、なんじゃないかなぁ。エボラ出血熱とかじゃないといいけど……」
異界の医術書で習った疫病の名前を挙げる。船の上で突発的に稀な疫病が発生するというのも考えづらいため、おそらく違うとは思うが、と思いながらも、リンは貿易船の面々の救護を手伝った。
ついでに、光魔法の治癒術も試してみる。
「ねぇ、おじさん。この船幽霊の呪いって、病気な気もするから、光魔法の治癒術を試してみてもいい?」
「お、おお! お嬢ちゃん、光魔法が使えるのか! それは助かる。光魔法は船幽霊の呪いに少しは有効だって聞いてるんだ」
光魔法の治癒術は、体力を回復させ、免疫を活性化させる程度の効果である。感染症などには有効だが、果たして『船幽霊の呪い』に対してはどうだろうか——。
「お、おお! 体の重だるさが楽になった」
船員は感動したように答えるが、じわりと歯茎から滲む血には変化がない。
——うーん。呪いなんかじゃなく病気だと思うんだけどな。だって、長期航海している船乗りだけが受ける呪いって、変だもん。
考え込みながらも、船の船員達の救護を忙しなく手伝いながら、リンは簡易救護室とかした漁港の建物の中を歩き回った。
——感染症なら、広まったら大変だもの、マスクをしなくっちゃね。
リンは感染症であることに備えて、布で鼻と口を覆った。そして、次々に船員達に光魔法をかけていきながら、診察を進める。
まだ、ソラリスのようには範囲治癒術は使えないので、一人一人、丁寧に診ていく形だ。
「上気道症状はなし。発熱もしてない。本当に血が滲んでいるだけなんだなぁ。なんだろう、この病気。感染症っぽくもないし、なんか変。……まさか、本当に呪いじゃないよね」
「リンさん、大丈夫ですか?」
「あ、クレアちゃん、ありがとう」
ぶつぶつと呟きながら考え込んでいるとクレアがリンに絞った濡れタオルを渡した。それで汗を拭きながら、リンはクレアに話をしつつ、頭の中を整理する。
「長期航海の船乗りだけがかかる呪いって、やっぱり変だよね? 船幽霊の呪いなら、船乗りはみんながかからないと変だと思うし……。あっ!」




